[演劇] 小野晃太朗『口火』 アトリエ春風舎

[演劇] 小野晃太朗『口火』 アトリエ春風舎 12月8日

(写真上は、科学者の姉[毛利悟巳]と作家の妹[金定和沙]、壁の黒いシミは、油田から染み出してきた原油の跡、これは本作の重要な主題。写真下は、出版編集者[桂川明日哥]と科学者[堀夏子]、探究者たちはもがくように苦しみながら探究しているが、その姿自体が美しい)

小野晃太朗は初見だが、とてもいい作品だ。太田省吾『水の駅』は、もがくように生きている人間が、そこにそのように存在するだけで美しいことを提示したが、『口火』も、もがくように苦しみながら探究している作家や科学者が、それだけで美しいことを提示している。創造者すなわち価値を生み出す者たち、作家、芸術家、科学者たちは言葉で苦しんでおり、そして彼らが苦しむ姿は美しい・・、これが『口火』の主題である。智や芸術の神はアテナやミューズであったから、『口火』に登場する4人が女性である必然性もあるのかもしれない。創造者は思考を通じて創造し、思考は言葉によって可能になる。だから、『口火』の4人の女性たちも、言葉の問題で苦しんでいる。言葉は、口が動いてしゃべるか、指が動いて書くか、このどちらかによってしか存在しない。つまり、心が肉体を通して現実化し、肉体の外部に物質化したものが言葉である。言葉は、口や指の延長であり、人と人を結び付けるが、同時に引き離すものでもある。たとえば「指」は、愛する者を「この人!」と個体指示することもできるが、同時に、「指で差す」ことは「指で刺す」こと、相手を攻撃することでもある(写真↓は4人の女性の指)

>なんかあったの?/疲れてしまった。/ん。/怒ることに疲れてしまった。/そう。/思うことを伝える言葉よりも先に、相手を傷つける言葉が先に出てきてしまう。/・・・仲良くしたいわけではない、適切な言葉を使いたい。わたしが選んだ、私の言葉で。/うん。・・[姉と妹は不器用なハグをする。お互い背中を同時に3回叩く]/・・・言葉にすることで本当になる。そんな気がする。/呪いみたいな。/呪いだと思うよ、言葉は。/・・・あれは大昔の人々の夢だ。自分ができなかったことを、次の人に引っ掛けるたすきみたいなものだ。/幽霊ってこと?/それに近いな。/幽霊って無念を訴えるだけのものじゃないの。/言葉のある時代になってからは。/え。/言葉のない幽霊たちは、感情や衝動に訴える。これが厄介でね。私たちは何度も埋めて、燃やし、感情に負けないような考えを作ってきた。ところが奴らは黒い水となって地上に染み出してきた。///・・この対話がいかにコンテンポラリーな主題であるかは、たとえばイーロン・マスクツイッターを買収し、アカウントの凍結を解除した途端にヘイトスピーチが大量に増えたことからも分かる。言葉が呪いになっていること、これは現代の一番の問題だ。また、/一つ盗めば盗作、百も盗めば独創性、そういうことですか。/・・・という主題も、言語は過去からの継承と蓄積からなっているから、とても重要なテーマだ。(写真↓の床や壁のシミは言葉以前の呪い)

本作は、非常に深い対話劇になっているが、やや話題を詰め込みすぎて、話が次々に流れ過ぎる。たとえば、/なに読んでるの?/性別が変化しながら300年を過ごす詩人の話。/へえ、面白そう。/珍しいね。/なにが?/物語に興味示すの。/そう?/うん。/・・・おそらくこれはヴァージニア・ウルフ『オーランドー』のことだろうが、ジェンダーの問題だけでも大テーマなのだから、ちょっと言ってみた、というのではまずい。本来ならばもっと掘り下げるべきところだ。しかし、それはともかく、本作の対話はことごとく、現代の我々にとって最も切実な問題群になっている。創造者たちが4人とも女性であるのもいい。女2 はこう言う、/今、世の中で起きていることの殆どが、人間同士の問題になってきている人間同士の問題には実体がない、物を巡って争っていた時代は終わり、理由で争う時代が来て、手段で争う時代がきた・・[戯曲43頁]/おそらくこれが、本作の一番の主題だろう。

4人の俳優の動画がありました。

桂川明日哥さんはTwitterを使っています: 「金定さん( @kanesadawooo )によるめっちゃええ動画です。 本日初日。 #イサカライティング https://t.co/wIQ7IGHN0Z」 / Twitter