今日のうた(142) 2月ぶん

[今日のうた] 2月ぶん

 

山眠る命あるもの眠らしめ (大谷和三「朝日俳壇」1月29日、大串章選、「「眠らしめ」が大らかで佳い。冬になるとさまざまな生き物が冬眠する」と選者評) 1

 

カーテンの波しずかなり冬日和 (山田知明東京新聞俳壇」1月29日、石田郷子選、「カーテンのひだを波と見た詩心。水面のゆるやかな光が連想され、冬の日差しの明るさが思われた」、と選者評) 2

 

入口を君は探していたんだね僕は出口を探していたんだ (牧野弘志「朝日歌壇」1月29日永田和宏選、僕と君はどういう関係なのか、老人と若者、上司と部下、いや二人とも同い年の青年であってもよいだろう、いろいろな状況が想像できる面白い歌だ) 3

 

春さきどりしたい私にマネキンは身ぐるみ剥がされまだ立っている (有村奈都「東京新聞歌壇」1月29日、東直子選、「自分が試着するためにマネキンが「身ぐるみ剥がされ」たことにうしろめたさを感じた。「春さきどり」というファッション用語がシニカルに響く」と選者評) 4

 

星のかけらといわれるぼくがいつどこでかなしみなどを背負ったのだろう (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、「ぼく」だけでなく人間はみな「星のかけら」のはずだ、「ぼくたち」がみな「かなしみなどを背負って」いるのはなぜなのだろう) 5

 

非凡なる人のごとくにふるまへる/後(のち)のさびしさは/何にかたぐへむ (啄木『一握の砂』1910、啄木は最後まで自分に自信を持てなかったのか、この歌は「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ/花を買ひ来て/妻としたしむ」等とともに、歌集中の「我を愛する歌」の部にある) 6

 

髪五尺ときなば水にやはらかき少女(をとめ)ごごろは秘めて放たじ (与謝野晶子『みだれ髪』1901、俵万智の「チョコレート語訳」では、「たっぷりと湯に浮く髪のやわらかき乙女ごろは誰にもみせぬ」と、温泉などに浸かっているのか、自分の肉体を大胆に詠んでいる晶子らしい) 7

 

聖書よみてひとり泣くといふ人の子の涙は百合の露に比すべく (山川登美子、1900、歌誌「小天地」第1巻第1号、「某の君に答へたる」と前書、晶子とともに鉄幹を愛した登美子だが、父の命令で山川駐七郎との結婚が決まったときの歌、「某の君」=鉄幹への別れの歌だろう) 8

 

ゆふさりてランプともせばひと時は心静まりて何もせず居り (斎藤茂吉1905、この歌は茂吉の初期の歌で、『赤光』の冒頭から17首目にある、当時は茂吉22歳、一高を卒業し東大医学部に入学、この歌の「何もせず居り」のように、日常生活の何気ない感情が実に深く詠まれている) 9

 

楂古聿(チョコレート)嗅ぎて君待つ雪の夜は湯沸(サモワル)の湯気も静こころなし (北原白秋『桐の花』1913、後朝の朝を詠んだ彼の代表作「君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」の隣にある歌、どちらも「香り」が性的なものの象徴となっている) 10

 

寒の闇にさえざえともるビルの灯のひとつ消えしわがこころのごとし (上田三四二 1959『雉』、三四二の歌には、街灯、家の窓、夜汽車の窓など、夜の闇の中の光を詠んだものが幾つもある、彼自身が、自分の人生を暗闇の中で生きているような感じで生きていたからか、小さな光が嬉しいのだろう) 11

 

その匂ひ桃より白し水仙花 (芭蕉1691、字義的には、水仙の気品ある純白さを讃えているが、裏の意味がある挨拶句、「白雪」という号をもつ弟子の俳人の子である少年二人に「桃先」「桃後」という号を芭蕉が与えたとき、芭蕉自身の号「桃青」と比べてみせた、ちょうど水仙が咲いていたのだろう) 15

 

灰捨てて白梅うるむ垣根かな (野沢凡兆『猿蓑』、「白梅が咲いている垣根の下に、火鉢の灰白色の灰を捨てたら、灰が舞い上がって、梅の花が一瞬さらに白くうるんだみたいだ」、灰の灰白色との対比によって梅の白さが浮かび上がるという、シャープな色彩感が凡兆らしい) 16

 

水よりも氷の月はうるみけり (上島鬼貫、鬼貫1661~1738は伊丹出身の俳人で、芭蕉とも交渉があった、平明洒脱な句風の人、この句も、「水に映った月よりも氷に映った月の方が「うるんで」見える」と、さらっと詠んだ) 17

 

梅咲きぬどれがむめやらうめぢややら (蕪村、「むめ」と書くべきか「うめ」と書くべきか、本居宣長上田秋成の論争が当時あったが、どっちでもいいじゃん、というのが蕪村の立場なのか) 18

 

門(かど)々の下駄の泥より春立ちぬ (一茶1810、「どこの家の前にいる人たちの下駄にも、みな泥が付いている、道の氷が解けたのだ、春が来たんだ」、江戸での句、農村ではない) 19

 

かりそめの情けは仇よ春寒し (虚子1938、「かりそめの情け」という語がいい、自分にかけた「情け」なのかもしれない、いかにも虚子らしいおおらかな句) 20

 

暖房に闇守(も)る水夫(かこ)の瞳(め)を感ず (橋本多佳子1937『海燕』、「北風を航く」と前書、大きな客船に乗っている作者、暖房の効いた客室から夜の甲板を見ているのだが、水夫の眼差しを感じたのだろう、寒い甲板で働く水夫に感謝の気持ちが生じた) 21

 

二ン月や鋸(のこ)使ひては地(つち)に置き (誓子『遠星1945、「土に置き」がいい、暖かくなったので、室内ではなく戸外で作業をしているのだろう、こんなふうにして「春」はやってくる』) 22

 

人目守(も)る君がまにまに我れさへに早く起きつつ裳の裾濡れぬ (よみ人しらず『万葉集』巻11、「人目を気にして、いつも貴方は早々と帰るわ、でも今日は、貴方といっしょに私も外までついてっちゃった、そしたら朝露の草で、裳の裾も濡れちゃった」、恋人との後朝の朝、嬉しそうなのがいい) 23

 

恋しくはしたにを思へ紫のねずりの衣(ころも)色に出づなゆめ (よみ人しらず『古今集』巻13、「した」は心中の意、「恋しくてたまらない、でもそれを心の中だけに置いておかなければいけない、あのねずりの衣の紫の美しい色が目立つように、外にちょっとでも出したら人に知られてしまう」) 24

 

あらはにも見ゆるものかな玉簾(たまだれ)の見透かし顔は誰もかくるな (和泉式部『家集』、「あら、簾一枚隔てても、顔がこんなにはっきり見えちゃうのね、簾の向こう側にいる方にお願いだから、そちらから見えるこの顔が和泉だって言わないでね」、ここにいるのが知られたくない女心) 25

 

恋ひ死なむことぞはかなき渡り河逢ふ瀬ありとは聞かぬものゆえ (大宰大弐重家『千載集』巻12、「三途の川には恋人同士が逢える瀬なんかないという、だからたとえ僕が恋死にしたって、貴女ともう逢うことはできないんだ、ああ、恋死にしても無駄だとは!」) 26

 

今よりは逢はじとすれや白妙のわが衣手のかわく時なき (よみ人しらず『新古今』巻15、「貴方は、もうこれからは私に逢うまいと思っているのじゃないかしら、だって、今晩も貴方が来ないので、私の涙にぬれた袖はとうとう乾かないままになってしまったわ」) 27

 

かくとだにいはかき沼のみをつくし知るひとなみに朽つる袖かな (式子内親王『家集』、「こんなに恋こがれていても、私はそれを貴方に言わないから、岩柿沼の澪標[航路標示]のように知られないまま、我が身が尽きるように袖が涙で朽ちてしまうのね」) 28