[今日のうた] 2月

[今日のうた] 2月

 

梅が香や見ぬ世の人に御意(ぎょい)を得る (芭蕉、「梅の上品な香が馥郁(ふくいく)と漂っている、遠い昔の雅びな貴人にお目にかかったような、幸せな気分になる」) 1

 

風が吹く梅のつぼみはしつかりと (上島鬼貫、梅の硬い蕾は「しっかりと」枝に固着したまま、少しずつふくらんで、白や赤の細い筋が見えてくる、それがいかにも梅らしい) 2

 

謦(しわぶき)の軒端ににつと梅の花 (河合乙州、「寒い日、家の中からコンコンと咳をする音がする、あっ、でも軒先には、にっこり微笑むような梅の花が咲いているよ」、咳と「につと」微笑む梅の花との対比がいい、作者1657-1720は芭蕉の弟子) 3

 

白梅(はくばい)や墨(すみ)芳(かうば)しき鴻臚館 (蕪村、鴻臚館は大宰府に設けられた外国使節の迎賓館、「唐の賓客を招いて詩文の会が始まった、美しく咲いた白い梅に、唐の高雅な黒い墨の香りが漂っている」、白い梅と黒い墨の対比) 4

 

月よ梅よ酢のこんにやくのとけふも過ぎぬ (一茶、「酢のこんにゃくのと」=「なんだかんだと」、一茶は、貧しい暮らしで、花鳥諷詠とは無縁の日も多かったのだろう) 5

 

障子明(あ)けよ上野の雪を一目見ん (子規1896、すぐ前の句に「雪の家に寐て居ると思ふ許りにて」とある、寝たきりの子規は自分で障子が開けられない、でも雪を見たくてたまらない) 6

 

暁の夢かとぞ思ふ朧(おぼろ)かな (漱石1896、昨日は上野の子規庵の句だったが、これは漱石が1月3日の子規庵句会で詠んだ句、まだ寒いはずだが、俳句の気分は早春か) 7

 

秀才の不治の病や冬薔薇(そうび) (室生犀星1908、私生児だった犀星は両親を知らず、生後すぐ養子に出され、中学も中退させられて裁判所の給仕や書記だったので、高学歴はない、これは19歳の句だが、「秀才」とは自分のことだろうか、深い屈折を感じさせる) 8

 

芽ぶく木々暮れて枯木と異ならず (山口誓子1943『激浪』、「枯木と異ならず」がユニーク、いかにも誓子らしい感性の句) 9

 

水仙のりゝと真白し身のほとり (橋本多佳子1944、「身のほとり」とあるから、水仙は、身体に対してそれなりに高い位置にあるるのだろう、人間に出合うように思いがけず水仙に出合った喜び) 10

 

橘(たちばな)の古婆(こば)の放髪(はなり)が思うなむ心うつくしいで我(あ)れは行(い)かな(よみ人しらず『万葉集』巻14、「橘の古婆に住むお下(さ)げのかわいい少女、その君が僕を好きなんだって、あぁいとしいいとしい、さあ、逢いにいくよ」) 11

 

吉野川岩波たかくゆく水のはやくぞ人を思ひそめてし (紀貫之古今集』巻11、「吉野川の水は、岩を打ってはあんなに高く、あんなにはやく流れていく、いや僕だって負けないくらいはやくから、君のことを想っていたよ」) 12

 

言はましをわれが手馴れの駒ならば人に従ふあゆみすなとも (和泉式部『家集』、「[あら、馬に乗った私の恋人が、私の前を素通り] もしあの馬が私の馬なら、「そんなに主人の言うままに歩かずに、ここで停まりなさい」と言いたいわ、恋人は別の女に呼ばれてそちらへ行くのかも) 13

 

はかなくぞのちの世までと契りけるまだきにだにも変る心を (惟宗広言『千載集』巻15、「あぁ、虚しい、貴女とは後の世まで一緒にと契り合ったのに、まさかこんなに早く心変りするなんて」、よくあること) 14

 

袖の上に垣根の梅は訪づれて枕に消ゆるうたた寝の夢 (式子内親王『家集』、「垣根の梅の香りが、私の袖にやってきたのね、その香りでうたた寝から目覚めたとおもったら、夢の中で逢っていた貴方も消えてしまった」) 15

 

春の夜の夢に逢ひつ見つれば思ひ絶えにし人ぞ待たるる (伊勢『新古今』巻15、「春の夜の夢で、長い間逢えずに、もうあきらめていた貴方と逢った、来てほしいわ、待っています」) 16

 

白鳥の胸ひらくごと白菜に深く刃を刺すある晴れた日に (古谷眞利子「東京新聞歌壇」2.16 東直子選、「切り開く白菜を白鳥になぞらえた比喩に説得力がある。オペラ《蝶々夫人》の歌も思いださせる「ある晴れた日に」が、無意識下の残酷性を象徴する」と選評) 17

 

黒塗りに隠された文字六人が未だ欠けてる学術会議 (岡本秀美「朝日歌壇」2.16 永田和宏佐佐木幸綱共選、先進国の科学アカデミーはすべて、ピア・レヴューの原則が確立しており、政府が人選に関与することなどない、歴史の叡智をあえて無視する日本政府) 18

 

凍滝(いてだき)の音を封じて光りけり (森木史子「朝日俳壇」2.16 長谷川櫂大串章共選、「凍滝の無音の迫力。「封じて/光りけり」が力強く胸にひびく」と大串評) 19

 

鯛焼を頬張つて目の潤(うる)むひと (中澤清「東京新聞俳壇」2.16小澤實選、「鯛焼を食べさせたら、目をうるませているひとがいる。鯛焼に悲しい記憶が結びついているのかもしれない」と選評。」幼い頃、鯛焼きを食べた時を思い出したのだろう) 20

 

国境を知らぬ草の実こぼれ合い (井上信子、1940年『巻雲』に掲載、軍国主義を風刺した句で、作者の代表作、彼女は1937年に検挙されており、軍国主義と戦った気骨ある川柳作家) 21

 

キリストの握りこぼした闇を追う (高木夢二郎1935年頃の句、高木1895-1974は北海道の過疎地を転じながら小学校教員を40年間務めた人、社会の不正義を怒る川柳をたくさん詠んだ) 22

 

白足袋(しろたび)の眼に地下足袋(じかたび)は不逞なり (石原青竜刀1898-1979、「白足袋」とは首相の吉田茂のこと、吉田は労働者のストを激怒して、国会で「不逞のやから」と発言した、その直後の句、作者は『赤旗』紙の川柳選者だった人) 23

 

踊ってるのでないメリヤス脱いでるの (根岸川柳1888-1977、1955頃の句、老人(=自分)がメリヤスのももひきを脱いでいる、大きくよろめいたのか、たしかに「踊ってる」ように見える。作者は新聞記者出身で、東京川柳会を主催、諧謔の精神に富む川柳をたくさん詠んだ) 24

 

本棚のかすかな埃(ほこり)日脚伸ぶ (徳原伸吉「毎日俳壇」2.24 片山由美子選、「春が確実に近づいていることを感じる日々。うっすらつもりかけたほこりに気がつくのもそんな季節の明るさゆえだろう」と選評) 25

 

目の奥に蝶のよな骨風光る (行安知子「読売俳壇」2.24 正木ゆう子選、「蝶が羽を広げた形の蝶形骨があるのは、目の奥、頭蓋骨の真ん中あたり。普段は何も感じないが、この句は季語によって、その骨を光の中の蝶のように意識させて、快い」と選評。誰の目の奥にもある「蝶のような骨」) 26

 

戦争はゲームの中に集約し理想の敵をみんなで倒す (市山利也「毎日歌壇」2.24 米川千嘉子選、「ゲームなら敵味方の別は明快。ルールがあって必ず勝負がつく。だが現実の戦争は? 「理想の敵」というのが面白い」と選評、含意に深みのある歌) 27

 

ちょっとだけ胸がおどるよポスト開け手書きの封書見つけたるとき (桃井恒和「読売歌壇」2.24 小池光選、「郵便物もぐっと少なくなった昨今だが、来てもみな印刷された宛て名ばかり。手書きの宛て名はめずらしい。誰からだろう、何が書いてあるのだろう。ひとときときめく」と選評) 28