[今日のうた] 4月

「今日のうた」 4月

 

花に舞ハで帰(かへる)さにくし白拍子 (蕪村、「あっ、花見客の中に、あの白拍子の女性がいる、彼女は今日はあくまで花を観賞する客だから、周囲の人に媚びもせず、舞を舞うこともせず、さっと立って帰ってしまった、にくいほど凛として素敵だ」、いかにも蕪村らしい名句) 4.1

 

人よりも朝きげん也かへる雁(がん) (一茶、「朝、北へ帰る雁が空を飛んでいる、春になってもいいことのない自分のような人間と違って、雁は機嫌がいいんだな、あの飛び方は」) 2

 

荷車に娘載せけり桃の花 (正岡子規1895、桃の花は桜とも時期重なる、我が家では、今、桃の花が満開です、この句は「荷車に娘を載せる」のがいい、小さな娘なのだろう、小さな娘には桃の花が似合う) 3

 

まっ黒いこうもり傘はまぎれなきわが裏側として干されいる (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、こうもり傘は、その表/裏に不思議な味わいがある、傘をさしている人は常に裏側にいるからか、人間にも裏/表があるからか、「干されて」いる傘は何か可笑しい) 4

 

眉を剃りひとり行くとき無精卵のしずけさにあり日傘のなかは (渡辺松男『けやき少年』、昨日の歌と同様「傘」を詠むが、こちらは日傘をさして歩いている自分、眉を剃ったのっぺりした自分の顔を「無精卵」に譬え、さらに「しずけさ」の中にある) 5

 

南より吹きくる風の太ければ馬の首こそ抱(だ)くここちすれ (小池純代『雅族』、春になると、やや暖かくて大きな風を正面から受けることがある、作者は手を広げて風を受け止めれいるのだろう、「馬の首を抱く」ような気持で) 6

 

さよならを さーならとかに変えるのも 都会の中では祈りの類 (望月良輔「東京新聞歌壇」4.6東直子選、「「さようなら」としっかり言うと本当の別れになってしまいそうだから砕けて、「さーなら」と言い、それを「祈りの類」と捉えた。会話の奥の繊細なセンス」と選評) 7

 

病室の妻を見舞へば見たこともなき表情の一輪の花 (後藤進「朝日歌壇」4.6川野里子選、「見慣れない表情の妻の美しさにハッとする」と選評。「一輪の花」がいい、こういう一瞬の微妙な心情を言語化できるから、短歌はすばらしい) 8

 

そんなにも信頼してくれるな燕 (たろりずむ「東京新聞俳壇」4.6石田郷子選、「燕は人家の軒先のみならずかつては土間の梁にも巣を掛けた。人は巣立ちまでを見守る。この句はそんな情景を豊かに連想させてくれる」と選評) 9

 

掻揚(かきあ)げにすべての春をまとめけり (しのはらまさし「朝日俳壇」4.6小林貴子選、「春の野菜や山菜を揚げものに。美味(おい)しくて力が出る」と選評。「すべての春をまとめけり」がいい) 10

 

人類は悲しからずや左派と右派 (麻生路郎1953、当時の「日本社会党」のことか、でもこれは今のアメリカの民主党から日本の立憲民主党まで、つねにホットな問題。作者1888-1965は『川柳雑誌』を主宰。村田周魚、椙元紋太、川上三太郎、岸本水府、前田雀郎らと共に、近代川柳・六大家) 11

 

見送りの少女はっきり手を上げる (椙元紋太1890-1970、駅だろうか、作者が転勤したとき、旧職場の少女が、感傷なくさっと手を上げて「サヨナラ」したらしい) 12

 

けものみち死ぬる螢を抱きに抱き (細川不凍 1973、作者は若くして事故で車椅子生活を余儀なくされた、これは25歳の作、暗い森の中を車椅子で進む姿は壮絶で、川柳らしくない深刻さ) 13

 

選挙権 馬券の如く掌にもてり (今井鴨平1898-1963、1950年頃か、金権選挙を批判しているのだ、「馬券」に譬えたのが卓抜) 14

 

原子の火しょせん女は飯をたく (森中恵美子1930-2025、この句は1968年頃か、原子力発電所を批判しているのだろう) 15

 

海原の根柔(ねやは)ら小菅(こすげ)あまたあれば君は忘らす我れ忘るれや (よみ人しらず『万葉集』巻14、「海辺には、根の柔らかな小菅のように柔らかい体の女たちがたくさんいる、貴方はそっちばかり行って、私を忘れるのかしら? 私は貴方を忘れないのに」) 16

 

起きもせず寝もせで夜を明かしては春のものとてながめくらしつ (在原業平古今集』巻13、「昨夜は、人目を忍んでやっと逢えた貴女とねんごろに語りあえましたね、雨のしとしと降る今日は、その余韻で貴女が忘れられず、寝るでもなく起きるでもなく、春を眺めていました」) 17

 

なかなかにおのが舟出の旅しもぞ 昨日の淵を瀬とも知りぬる (和泉式部『家集』、「私の前の夫和泉守道貞が、新しい妻である貴女と任地へ下る日が、たまたま今日なのですね、私と私の新しい夫とが任地へ下るのと同じ日とは、まぁ、不思議なご縁でございますこと) 18

 

ひとめ見し人は誰とも白雲のうはの空なる恋もするかな (藤原実能『千載集』巻11、「たまたま見かけた貴女はいったいどなたでしょう、名前も分かりません、でも何て素敵な方! 私の心はもう上の空で、白雲のように貴女を追って漂うだけです」) 19

 

心にもあらぬわが身の行き帰り道の空にて消えぬべきかな (藤原道信『新古今』巻13、「あぁ、僕の心はここにありません! 僕は貴女への恋で完全にうわの空になってしまった。どうして貴女は私から離れてしまったの? 貴女のところへ行き帰りする道の途中で、僕は消えてしまいそう!」) 20

 

旅人の跡だに見えぬ雲の中に馴るれば馴るる世にこそ有りけれ (式子内親王『家集』、「旅人の足跡さえも見えない寂しい山道に迷ってしまい、まるで雲の中に閉じ込められたかのようだわ、でも慣れれば何とかなるのかもね、私の寂しい人生がそうであるように」) 21

 

岩の間に人かくれ蝶現るる (高濱虚子1931、人と蝶の両方の運動を含む「岩の間」という空間を捉える、その空間の捉え方が卓越) 22

 

春潮に海女の足掻きの見えずなる (山口誓子1931『凍港』、福井県東尋坊で詠んだ句、岩壁の上から真下の日本海の荒波を見ているのだろう、海女はさっと沈み「足掻き」が見えなくなった) 23

 

春潮に指をぬらして人弔ふ (橋本多佳子1946、逝去した杉田久女を弔ったときの句、久女は小倉の多佳子の自宅・廬山荘をしばしば訪れて俳句を指導した、「春潮に指をぬらして」とあるから海岸近くで葬儀があったのだろう) 24

 

泛(う)かび跳ね電球春潮をなみしなみす (中村草田男『銀河依然』1953、「春潮」と「電球」の取り合わせが斬新、「なみす」は「蔑す」だろう、電球が春潮を「からかっている」) 25

 

春雨や明けがた近き子守唄 (室生犀星1929、「春雨」と「子守唄」の取り合わせが新鮮だ、そしていかにも犀星らしい) 26

 

春の蚊のつまづきとぶも壽司の味 (永田耕衣1947、「まだ肌寒い春のある夜、寿司を食べていたら、蚊が一匹よろよろと飛んできた」、美味い「寿司の味」と「つまづき飛ぶ蚊」の取り合わせが面白い) 27

 

勇気こそ欲し今日以後を飛ぶ燕 (秋元不死男1943、プロレタリア俳句運動に携わった作者は、「治安維持法違反」で検挙、2年間服役し、ようやく43年2月に保釈された、その少し後の春だろう、句集には、悔しい心情を詠む句が続く) 28

 

走り出す癖そのままに入学す (椋本望生「読売俳壇」4.28 正木ゆう子選、「嬉しくて、楽しくて、何時もつい走り出してしまう子ども。入学の朝も、そんなふうに家を出発したのだろう。いつまで子供子供していられるか。今だけの可愛い姿」と選評) 29

 

岩壁にザイルを手繰る山桜 (宮田悦子「毎日俳壇」4.28 井上康明選、「雪は溶け、岩場には岩登りを楽しむ青年たちが、頂上を目指す。周囲の山桜が、ほつほつと岩登りの青年たちを彩っている」と選評) 30