[今日のうた] 6月

[今日のうた] 6月

 

契りしを違(たが)ふべしやはいつくしき疎忌(あらいみ)真忌(まいみ)きよまはるとも (和泉式部の恋人『家集』、「和泉が、「今は身を清めていなければならないのよ」と、やって来た恋人を追い返したら、翌朝「精進潔斎の最中だからって、約束したのにすっぽかすのはひどい」と手紙) 6.1

 

年ふれど憂き身はさらに変はらじをつらさも同じつらさなるらん (禎子内親王の女官『千載集』巻15、「貴方に捨てられてから長いけれど、私は今もつらい気持ちでいます、貴方の薄情さもきっと今もおなじでしょうに、今頃、また逢いたいなんて身勝手すぎるわよ」) 2

 

さしてゆく方は湊(みなと)の波高みうらみて帰る海人(あま)の釣舟 (よみ人しらず『新古今集』巻15、「貴女に逢いたくて今日も行ったのに、ハードルの高い貴女はやはり逢ってくれなかった、ああ恨めしい、港を目指したけれど波が高く、浦を見ただけで戻って来た漁師のうらみよ」) 3

 

たそかれの荻の葉風にこの頃の問はぬ習ひをうち忘れつつ (式子内親王『家集』、「貴方が来てくださらないことは、もうこの頃は慣れてしまいすっかり忘れていたのに、今日の日暮れ、荻の葉のかさっという音に貴方の来訪を錯覚してしまった、あぁ寂しい」) 4

 

引っ越しのたびに育ての母親が増えるみたいにどの町もすき (中村杏「読売歌壇」俵万智選 6.2、「住む町もまた、自分を育ててくれる。引っ越しを前向きにとらえる考え方、素敵だなと思う。「町」の中には、人々をはじめ、自然環境や歴史なども含まれるだろう」と選評) 5

 

まな板を首に差し出す果実たち光と色を混ぜるように切る (石村まい「毎日歌壇」水原紫苑選 6.2、「果実にはたしかに首がある。永遠に殺すことのないものたちの光と色」と選評) 6

 

葉桜やもう手をつなぐこともなく (伊藤直司「読売俳壇」正木ゆう子選 6.2、「子供と子供、親子、恋人、夫婦。想像する組合せは色々。しかしこの季語ならば、親子と特定できる。入学の時までは手を繋いでいたのに、あっという間に親離れしたのだ」と選評) 7

 

揺れ残るふらここ二つ春夕焼(ゆやけ) (佐藤建「毎日俳壇」小川軽舟選6.2、「今しがたまで子供が2人こいでいたブランコ。ブランコはまだ遊び足りないような」と選評) 8

 

蛇のあとしづかに草の立ち直る (邊見京子、蛇が草を通ってゆく仕方は独特の味がある、蛇は草をスーッと分けて、草は「そのあとしづかに立ち直る」) 9

 

あひふれしさみだれ傘の重かりし (中村汀女、梅雨雨の中、夫と二人で歩いているのか、体をやや寄せ合うので傘が触れ合い、傘がいつもより「重く」感じられる) 10

 

多摩川を越えて本気になりし雷 (大牧広、電車で多摩川の鉄橋を超えるとき、広い空に雷がたくさん見えるのだろう、私もたまに荒川の鉄橋を超えるときに似た経験をする) 11

 

蛍火の明滅滅の深かりき (細見綾子、螢は光が輝くときよりも、光が消えるときが、ずっと印象が強い、まさに「滅の深かりき」) 12

 

金魚屋の水とんがりてゆれてをり (上野章子、私が小学生だった65年くらい前は、リヤカーに水槽をたくさん積んだ「金魚屋」がよく家の前に来た、どの水槽の水も一斉に「尖がって揺れる」のが独特) 13

 

短夜の戯画の狐とちぎりけり (後藤綾子、短夜の夜は、よく眠れずに、浅い奇妙な夢を見ることが多いのか、「戯画の狐と契る」のは楽しい夢だったろう) 14

 

短歌ぐづぐづと晴れねば女梅雨(おんなづゆ)といふ 言ひしはつまらぬ男なるべし (小島ゆかり『希望』2000、「女」偏など「女」を部首にする漢字は、ネガティブな意味のものが多いというが、「女〇〇」もそうなのか、きっとその言葉を作ったのは男なのだろう) 15

 

機関車より降り佇ちし大地微動ださえなくて未明のオリオン冴ゆる (和田国基「朝日歌壇」1972年5月 前川佐美雄選、作者は機関車の運転手か、夜行列車が未明にしばらく停車した時、ちょっと機関車から降りてみた、「微動だにしない」大地に天上のオリオンが「冴える」) 16

 

潜水夫の呼吸はマイクに伝わりて真昼静けき海に響きぬ (今田卓三「朝日歌壇」1972年5月 五島美代子選、潜水夫がかなり深海の作業をしているのだろう、まだ画像はなく、声のみで海上の船と遣り取りをしているのか、しばらく「呼吸の音 」だけが海上に聞こえている) 17

 

自由とは孤独の花よ鉄線花 (蓮 光雨女「朝日俳壇」1971年5月 中村草田男選、鉄線花はキンポウゲ科クレマチス、一輪咲いた姿は、たしかに強さと孤独を感じさせる) 18

 

梅雨大河雪舟ならば墨一色 (豊田麗水「朝日俳壇」1971年6月 山口誓子選、梅雨が降り続く「梅雨大河」、たしかに墨絵のようになる) 19

 

梅雨晴の白雲いまだ収(おさま)らず (高濱虚子1923、梅雨の途中でも、大きく晴れて、もう完全に夏空になってしまった日もある) 20

 

紫陽花の花の密室覗かれず (山口誓子1984、たしかに紫陽花の花は、中央の小さく密集した部分に特有の味わいがある) 21

 

蛇いでゝすぐに女人に会ひにけり (橋本多佳子『紅絲』1951、唐招提寺での体験、蛇と出会った、そして「すぐに女性と会い」、そして弥勒菩薩を拝んだ、というのだが、「蛇の直後に女性と会う」ことで、それが詩になる)

 

人類のほかは裸足や梅雨に入る (島田雄作「朝日俳壇」6.22 長谷川櫂/高山れおな共選、「何とひ弱な我ら人類よ」と長谷川評、「上五中七の事実を生かすのは「梅雨に入る」から来る皮膚感覚だ」と高山評) 23

 

草笛や短く鳴ってもう鳴らず (高橋完次郎「東京新聞俳壇」6.22 石田郷子選、「何気なく吹いたら音が出た。でもそのあとはどうやっても鳴ることがなかった。草笛の下手な人が必ず経験すること。リアリティがある」と選評) 24

 

真夜中に縄跳びをする妹のわたしもそこに行きたかった (おおつか なお「東京新聞歌壇」6.22 東直子選、「妹の生き方を「真夜中に縄跳びをする」姿に象徴させた。過去形の結句に複雑な思いが滲む。肉親でも、どうしようもなく遠く感じることもあるのだ」と選評。妹はたぶん初恋をしたのだろう) 25

 

そんなもの食べてなさそなタレントが出てる食品コマーシャルあり (佐々木美彌子「朝日歌壇」6.22 永田和宏選、ひょっとして、その方がコマーシャル効果があると期待してそういう人選になったのか) 26

 

棘(とげ)はあなたを弱くさせない とりどりの野薔薇(のばら)めざめよ詩のふところに (石村まい「毎日新聞歌壇」6.23 水原紫苑選、「詩の抽象から具体の野バラを呼び出す、逆方向のメッセージが力強い。詩人から詩への限りない愛のメッセージ」と選評) 27

 

棘こそが生きてる証(あかし)薔薇の花 (野田文子「読売新聞俳壇」6.23 矢島渚男選、「私は薔薇を愛したドイツ詩人リルケが薔薇の棘に刺されて死んだという俗説で事実痛いしバラが恐ろしい。感受性はいろいろで、詩としてどちらが上か分からない」と選評) 28

 

涼しさや哀悼に美辞つらねざる (蜂尾雅彦「毎日新聞俳壇」6.23 井上康明選、「葬儀に際して弔辞を述べたのは、古くからの友人だろう。とつとつと語った哀悼のことばは真率で、会場を涼風が吹き渡る」と選評) 29

 

消しゴムに消すも白紙に残りたる筆圧のごとき君との二年 (原田浩生「読売新聞歌壇」6.23 俵万智選、「鉛筆で書かれた文字は、いちおう消すことができる。けれど強い筆圧で書かれたそれは、紙へのくぼみとして残り続ける。君との二年は、消せないそのくぼみなのだ」と選評) 30

 

7月上旬に東京へ転居します。ネット環境が中断するので、「今日のうた」しばらく休みます。