[オペラ] 細川俊夫・多和田葉子《ナターシャ》 新国立劇場 8.13





(写真↑は舞台) 二人の男女がナターシャとアラト。ひょっとして人類終焉時のアダムとイブなのか。しかしアラトはメゾソプラノ(山下裕賀)が歌うから、男性というより中性的。細川のオペラ《松風》2011の主人公、二人のシャーマン「松風」「村雨」とも類似。写真最下の中央の男は、ナターシャとアラトを地獄巡りに案内する「メフィストの孫」。悪魔とはいえ小物で滑稽。
たいへん美しいオペラだ。地獄もあまり怖くなく、七つの地獄にもそれぞれに調和とユーモアがあるのは、地獄は現実世界と地続きであり、人間存在の在り方に地獄の存在理由があるからだろうか。基本は、人間は海から生まれ海に還ってゆくという仏教的世界観だが、全体に終末論的な悲しみに溢れている。おそらく、人類の終焉の場面で<救い>は到来しないのかもしれない。しかし、ただ人類の終焉に受動的に翻弄されるのではなく、それを主体的に受け止めることができるならば、それは<救い>の到来と言えるだろう。奇妙な連想かもしれないが、本作はどこかチャペック『ロボット』に似ている。人類は滅び人類が作ったロボットも最後の二人になってしまったが、最期になって、その二人のロボットに<愛の感情>が生まれる。つまり、ロボットが人間になり、新しい人類が再生するかもしれない希望が与えられる。七つの地獄を遍歴して最後の海へ還ったナターシャとアラトの物語も、どこか似た<愛の物語>ではないだろうか。以下↓、地獄はそれぞれ、リアルでユーモラスで美しい。私は、原発反対デモにも失望するナターシャとアラトが「革命なのか、それとも沼地獄なのか」と言ったのが強く印象に残った。


↑樹が枯れてしまった「森林地獄」と、「快楽地獄」。


↑「ビジネス地獄」と、原発の立ち並ぶ「沼地獄」。

↑そして、海で歌う人々、人間は海から生まれ海へ還る。