[今日の絵] 10月前半

1 島村信之 : アトリエ・春1993
ホキ美術館展で、島村信之1965-2024が昨年亡くなったのを知った。今月の前半は、追悼を込めて、彼の絵を鑑賞したい。これは島村27歳の作品、モデルはたぶん2年前に結婚した妻、色彩も豊かで、<白>を基調とした島村調が確立するのは1998年頃と思われる

2 島村信之 : 白い透衣 1996
タイトルから分るように、この絵の頃から島村は色彩としての<白>を意識し始めたのかもしれない。女性の後ろ姿の感じは、どこか森本草介のそれと似ている

3 島村信之 : 遥 1997
この「遥」は、「はるか遠くを見ている」の「遥」だろう、島村はたくさんの女性画を描いているが、画家や鑑賞者を見ている正面の絵は、ごく初期を除いてほぼ皆無に近い

4 島村信之 : 微睡 1997
この頃からは女性の<寝姿>が多い。「リラックスしている時に人は自然な美しさを見せる。弛緩したなかで出てくる無防備な姿を捉えたかった。[寝てはいても]腕や顎を上げたポーズを多用するのは、健康を強調するためであり・・、そういう女性の姿は生命力に満ちている」(島村)

5 島村信之 : まなかい 2003
この年の2月に島村には長女が生まれ、その後も繰り返し長女を描いている。長女誕生は、画家としての彼にとって、このうえない恩寵だったのだろう。この絵をみていると、ルネサンス期に繰り返し描かれた「聖家族」(マリア+イエス)の美しさが想起される

6島村信之 : 午睡Ⅰ 2003
プルースト『失われた時を求めて』では、主人公と同棲している少女アルベルチーヌの寝姿が、延々と十数頁を費やして記述される、女性の寝姿はそれほどまでに美しい。この絵を見たとき、私はアルベルチーヌのことを思いだした

7 島村信之 : 薫風 2007
昨日の「午睡Ⅰ」と並んで私はこの絵が一番好き。アルベルチーヌが目覚めた時を想像させる。島村はこの絵の「製作工程」を説明して、「自然な固有色を求めてゆき、最も気を遣うのは形。特に物の際がちゃんと回り込んでいるか意識する。描かれていない裏側の部分が感じられるから」と言う

8 島村信之 : エンジの衣装
「2006年 生島浩・石黒賢一郎・島村信之 三人展」に出品された。生島浩1958~はエンジ色を好む画家なので、この絵は生島の絵ともどこか似ており、エンジという色の美しさが印象的

9 島村信之 : 潮騒 2007
代表作の一つで、前田寛治大賞受賞、「《潮騒》誕生は子どものお陰です」と島村は書いている。4歳の愛娘はじっとしていない、ポースを取らせるのに苦労し、「波の音が聞こえるから耳に当てて聞いてごらん」とたまたまアトリエのあった貝を手渡した

10 島村信之 : 泉2008
代表作、『島村信之画集』2011の表紙はこれ、「生命の力、健やかな心、究極の理想美」と帯にあり、「これまで描いてきたのは、まぎれもなく自分が求めた[女性の]形だった」(石黒)とも。ある美術評論家は、「エロースとしての愛とは別種のアガペー的な愛が感受される」という

11 島村信之 : レッスン 2008
5歳の娘がヴァイオリンのレッスンを受けている。この絵は、父の娘に対する<愛>を強く感じさせる

12 島村信之 : まなざし
この「まなざし」は、版画として120部ほど制作されたらしいが、絵の内容としては、「ガラスの首飾り」2008のほぼ左右対称形で、よく似ている。美人を美人らしく描いているのではなく、本来、女性という存在は何と美しいのだろう、と感嘆させられる

13 島村信之 : 日差し 2009
これも代表作。リラックスした女性の健康な美しさ。表現としては、淡色の青系統、茶系統、白系統と、黒色の、それぞれの光の拡がりと調和が美しい

14 島村信之 : 西窓 2010
リラックスしている姿が美しい、腕・手・指、そして脚・足首・足指の、のびやかな直線性が、生命力を感じさせる

15 島村信之
タイトルは分からないが、2019年の絵ならば、娘は16歳か、弦と弓の接点を見詰めて、一生懸命弾いている、きっとバイオリンもうまくなっただろう

16 島村信之 : 願う2022
ホキ美術館に入ったばかりの部屋Gallery1の最初に展示してあった、島村の事実上の遺作なのか、父の快癒を願う娘。「永遠に女性なるもの、我らを引きて往かしむ」(ゲーテ『ファウスト』)数多の姿を、私たちに啓示してくれた芸術家、島村信之よ、どうか安らかに眠ってください