[今日のうた] 11月

[今日のうた] 11

あぜか潟(がた)潮干のゆたに思へればうけらが花の色に出(で)めやも (よみ人しらず『万葉集』巻14、「僕が君を好きなことを人に知られたら困ると君が言うから、あの遠浅のあぜか潟の豊かな潮の満ち干のように静かに君を想う僕は、うけらの花がぱっと咲くように顔色に出しはしないよ」) 11.1

 

忘らるる身を宇治橋の中絶えて人もかよはぬ年ぞ経にける (よみ人しらず『古今集』巻15、「貴女に忘れられた僕は辛いです、宇治橋を誰も渡らなくなるように、貴女が私を訪れなくなってから、あぁ、何と長い年月が経ったのでしょう」) 2

 

おぼつかな夜の間(ま)の程もしら露のおき居やすらむ死にやしぬらむ (和泉式部『家集』、[「今夜、もう持ちそうにない」と言ってきた恋人へ翌朝の返歌]「心配ですわねぇ、夕べ一晩も持たないとおっしゃるんですもの、今頃もう直っているのか、亡くなったのか、心配しますわ」、大げさな相手を揶揄) 3

 

死ぬとても心を分くるものならば君に残して猶(なほ)や恋ひまし (村上通親『千載集』巻14、「たとえ貴女に恋い焦がれて死ぬとしても、もし僕の心を分けてこの世の貴女に残せるならば、あくまで貴女に恋い焦がれたいです」) 4

 

春日野の若紫の摺(す)り衣しのぶの乱れかぎりしられず (在原業平『新古今』巻11、「貴女は何と美しいのでしょう、まるで春日野の若紫で摺った摺り衣のような姿に、僕の心はどんなに人目をしのんで隠そうとしてもしきれないほど乱れています」) 5

 

わぎもこが玉裳の裾に寄る波の寄るとはなしに干さぬ袖かな (式子内親王『新勅撰』、「愛しい貴女にはその玉藻ような裾に波が寄せているのに、貴女のその波は私の方には寄せてくれず、私の袖は涙で濡れたままです」、男の立場になって詠んだ歌) 6

 

あはれ知りて誰か尋ねん連れもなき人を恋ひわび岩となるとも (建礼門院右京太夫『家集』、「無情で私を尋ねてくれない貴方を恋い慕うのは何と苦しいことでしょう、苦しさのあまり私が岩になってしまっても、それでも私を尋ねてくれる人はいそうもありません」) 7

 

送られつ別れつ果ては木曾の秋 (芭蕉1688、芭蕉は名古屋の句会のあと、門人たちに見送られ、さらに門人の一人岡田野水と別れて、一人で寂しい木曽路に向かった) 8

 

木がらしや何を力に吹くことぞ (菅沼曲翠、 作者は蕉門で武士だった人。芭蕉の葬儀のあと、師を偲んだ句、作者にとって芭蕉は「木がらしに吹きさらされる」ような人生にみえたのか) 9

 

木枯らしの果てはありけり海の音 (池西言水、「木枯らし」は木の一本も生えていない海岸でも吹く、木枯らしの音の向こうに聞こえる「海の音」が木枯らしの「果て」なのだ、作者は芭蕉と同時代の俳人) 10

 

時雨(しぐ)るゝや黒木積む屋の窓あかり (野沢凡兆、「黒木」とは生木を黒くいぶした薪、室内のあかりが当たって窓の外の黒木が見えるのを室内から詠んだ/窓辺の黒木を通して窓から光が漏れているのを屋外から詠んだ、と二通りの解釈があるそうだが、たぶん後者か) 11

 

初しぐれ眉(まゆ)に烏帽子(えぼし)の雫かな (蕪村、「祭事が行われている真っ最中に、突然、今年の初しぐれがあった、祝詞を挙げている老神主の烏帽子にスーッと雫がながれ、その雫が眉にも伝わってる」、ほのかにユーモラス)12

 

ままごとのやりとりリアル赤まんま (鹿沼湖「東京新聞俳壇」 11.9 石田郷子選、季語の「赤まんま(イヌタデ)」を「赤ちゃんごはん」に掛けているのか、「ままごとの生活感たっぷりの会話に、大人の話をそこまで聞かれていたのかとぎょっとしてしまう瞬間」と選評) 13

 

まな板に置くエメラルド秋鰯(いわし) (川西敦子「朝日俳壇」11.9 高山れおな選、「エメラルドという比喩の高揚感。秋鰯の語はやや疑問」と選評。なるほど ) 14

 

ガザのロバあんなに大きな耳澄ませ聞いているんだ夜の虫の声 (四方護「朝日歌壇」11.9 川野里子選、「砲撃の間の静寂、命が命を敏感に聴きとめる」と選評。ユーモアではない、とても深刻な事態が詠まれている) 15

 

父の言うむすめはだいたい妹のことです秋にも日傘をさして (瀬戸口祐子「東京新聞歌壇」11.9 東直子選、「姉妹の中で自分は両親の話題にされにくいという自覚を持っていて周囲にも伝えた。その淡い切なさと、秋の陽射しも日傘で遮る気分のしずかな響き合い」と選評) 16

 

また言ってほしい。海見ましょうよって。Coronaの瓶がランプみたいだ。 (千種創一『砂丘律』2015、恋の歌だろう、Coronaというのはメキシコのビールの名前、自室かあるいはバーのような所だろうか、作者1888~は中東在住の歌人) 17

 

雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ (小池光『バルサの翼』1978、これは青年の歌だ、普通は傘に積もった雪の重みは「苦」なのだが、青年は違う、青年である著者にとって、傘に積もった雪は明るい兆候だ、つまり未来への希望そのもの) 18

 

退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都 (栗木京子『水惑星』1984京都大学を卒業するときの歌、自由な時間をたっぷり使って大学4年間を生きた作者、「退屈をかくも素直に愛す」は自由な自己の最高の賛辞) 19

 

読み終えた文庫本から大きめの付箋を一枚剥がすように朝 (中島祐介『oval/untitleds』2013、重要な箇所に貼った「大きめの付箋を一枚、文庫本から剥がす」とは、作者の何か大きな問題が夢の中で解決したのだろう、新しい自分になって「朝」を迎える) 20

 

われの生まれる前のひかりが雪に差す七つの冬が君にはありき (大森静香『てのひらを燃やす』2013、大学生の作者に恋人ができたのだろう、「ひかりが雪に差す七つの冬が君にはあった」と、七歳年上の彼を意識するのが瑞々しい) 21

 

夕ぐれは美文読みたきかをりくるリンデンバウム森林太郎 (紀野恵『白猫倶楽部』2017、ある「夕ぐれ」、鴎外『舞姫』の「或る日の夕暮なりしが、余は獣苑[=Tiergarten]を漫歩して、ウンテル・デル・リンデンを過ぎ・・・」が作者の心に浮かんだのだろう) 22

 

さみしくてあたたかかりきこの世にて会ひ得しことを幸せと思ふ  (河野裕子『蝉声』2011、乳がんで死去した作者1946-2010の最後の頃の歌、家族や友人たちに向けた、彼女の辞世の歌の一つ) 23

 

科学者も科学も人をほろぼさぬ十九世紀をわが嘲笑す (坂井修一『ラビュリントスの日々』1986、作者はコンピュータ学者で、この時は東大院生か、十九世紀と異なり、原子力、コンピューター、ドローンなどは「人をほろぼす」可能性が大いにある、「わが嘲笑す」は素晴らしい逆説) 24

 

渇望の美しさ超ゆる美しさ見せばや美容室の鏡は (村田一広「毎日歌壇」11.25 水原紫苑選、「「ばや」は自己の希望の助詞。鏡自身の希望と読みたい」と選評。作者は男性だ、鏡自身あるいは美容師が詠んでいるのだろう) 25

 

オレ思春期で反抗期しかも変声期やぞカラオケ親と行くわけないわ (阿部ひろ子「読売歌壇」オ11.24 俵万智選、今の若い女の子は自分を「オレ」と呼ぶこともあるのだろう、でもこの心理、いかにもありそう) 26

 

爽やかや笑顔は次の笑顔へと (今泉準一「読売俳壇」11.24 矢島渚男選、スピノザ『エチカ』によれば、感情は、人の表情を鏡のように反射し合い、木魂のように拡散してゆく、「笑顔」もまた然り) 27

 

秋晴(あきばれ)や異人あふるる天守閣 (山口恭子「毎日俳壇」11.24 西村和子選、「異人」という言葉は今はあまり使われないだろう、昔は「西洋人」に対して使った、おそらくこの句では西洋人も東洋人も含めて言っている) 28

 

草山の奇麗に枯れてしまひけり (正岡子規1895、「奇麗に」という、さりげない単純な副詞が効いている) 29

 

逢ふところまでいくたびも枯木過ぎ (桂信子1914-2004、恋の句だろう、「なかなか逢えない彼のところに行くまでに、何度も枯木の横を通り過ぎた、そしてついに逢えた」、作者は水原秋櫻子に師事した俳人) 30