[今日のうた] 3月
立ちて思ひ居てもそ思ふ紅(くれなゐ)の赤裳裾(あかもすそ)引き去(い)にし姿を (よみ人しらず『万葉集』巻11、「あぁ、貴女が赤裳の裾を引いて帰っていったその姿は、僕が立っているときも前に現れ、僕が座っているときも前に現れ、いつまでも消えません」) 1
戀ひ侘ぶる君に逢ふてふ言の葉は偽(いつはり)さへぞ嬉しかりける (中原章経『金葉集』巻8、「友人から聞きました、貴女は僕に逢うとおっしゃったそうですね、その言葉だけでも嬉しい、たとえ嘘でも嬉しいです」) 2
心から浮きたる舟に乗りそめて一日(ひとひ)も波に濡れぬ日ぞなき (小野小町『後撰和歌集』巻11、「貴方のような浮気な男性を好きになってしまった私が悪いのよね、さっそく捨てられたけれど、誰を恨むこともできずに、毎日涙にくれるしかないのね」) 3
蓬生(よもぎふ)の末葉(すゑば)の露の消えかへりなほこの世にと待たむものかは (藤原良経『六百番歌合』、「生い茂った蓬の葉末にあった露もすっかり消えてしまいました、私の魂もまた、消えずに貴女を待ち続けられるのでしょうか、たぶんその前に消えてしまいます」) 4
宵々の夢のたましひ足たゆくありても待たむとぶらひにこよ (小野小町『家集』、「毎夜毎夜、貴方の魂は体を抜け出して私の夢の中にやってくる、たとえ足がだるくなっても、尋ねて来てよ、私待ってるんだから」、明日はこの歌をもじったパロディ歌を) 5
宵々の夢のたましひ足たかく歩かで待たむとぶらひにこよ (小大君『家集』、昨日の小野小町の歌をもじり、意味をガラっと変えたパロディ歌、「毎夜毎夜、私の魂は体を抜け出て、貴方に遭おうと足まめに出歩いたけど、それはやめてじっと待つわ、だから尋ねて来てね」) 6
思ひきや夢をこの世の契りにて覚むる別れを歎くべしとは (俊恵法師『千載集』巻12、「貴女が亡くなってから、逢うのは夢の中だけ、その夢の中で契りを交わすけれど、目覚めるとともに貴女は消える、それがこんなに悲しいとは、思ってもみませんでした」) 7
春もやや気色(けしき)ととのふ月と梅 (芭蕉1693、「月はぼんやりと朧に霞み、梅はほんのりと白く咲き始めた、ようやく春の感じがしてきたよ」) 8
きのふけふ風のかはきや梅の花 (浪化「昨日も今日も、もう春の乾いた風が吹き出しているのに、白い梅の花がしっとりと咲いているよ」、春風と梅の花の取り合わせがいい、浪化1671-1703は芭蕉最後の弟子) 9
春の水ところどころに見ゆるかな (上島鬼貫、「ところどころに」がいい、鬼貫らしくゆったりとして平易) 10
隅々(すみずみ)に残る寒さやうめの花 (蕪村、「隅々に」が絵画的でいかにも蕪村の句) 11
祝い日や白い僧たち白い蝶 (一茶1818『七番日記』、一茶にしては珍しく「色彩」を詠んでいるが、「白」という地味なのが、一茶らしくていい) 12
荷車に娘載せけり桃の花 (子規1895、日清戦争に従軍記者として中国に行き、金州で詠んだ句、「田舎道で目の前を娘が荷車に載せられて通り過ぎる、道端には桃の花が咲いている」、特に戦争を感じさせない平和な光景) 13
朧夜(おぼろよ)や顔に似合ぬ恋もあらん (漱石1897、誰の恋愛の事か分かれば面白さも違うだろう、この句の前年に鏡子と結婚しているから、「恋人」は漱石の大学院時代の親友の妻・大塚楠緒子か、それとも「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したほどの漱石だから、また別人か) 14
園丁の指に従ふ春の土 (虚子1935、「春の土」は柔らかい「春泥」のこと、普通は足に感じる春泥だが、「指」に感じているのが新鮮) 15
遊ぶ子の群かけぬけてわれに来るこの偶然のやうな一人を抱けり (川野里子『五月の王』1990、保育園に迎えに行った時だろうか、幼い我が子が母親の姿を見つけて、走ってくる。我が子を「この偶然のやうな一人」と詠んだのが卓越) 16
らつきようの上に泪のつぶ落ちてらつきようは泣くわたしのごとし (小島ゆかり『憂春』2005、らっきょうはたしかに形が「涙のつぶ」に似ている、その「らっきょうの上に私の涙が落ちる」と、そしてらっきょうは私の顔にも似て、「私が泣いている」みたいにみえる) 17
対岸をつまずきながらゆく君の遠い片手に触りたかった (永田紅『日輪』2000、作者が京大生のときか、恋はまだ始まったばかりで、なかなか相思相愛にはならない) 18
彫像の背を撫づるごとかなしみの輪郭のみをわれは知りしか (横山未来子『花の線画』2007、作者は障害で車椅子生活の人、20歳でキリスト教の受洗を受ける、この「彫像」はイエスあるいはマリアだろうか、静かで透明な歌) 19
反意語を持たないもののあかるさに満ちて時計は音たてており (大滝和子『銀河を産んだように』1994、時を刻んでいるのは柱時計だろうか、その永遠のような規則正しい反復は、たしかに「反意語を持たないもののあかるさに満ちて」いる) 20
はなやかなぶあつい肉の満月よこちらへおいで泣かせてあげる (江戸雪『椿夜』2001、作者は発想がユニーク、「ぶあつい肉の満月」に向かって「こちらへおいで泣かせてあげる」と呼び掛けるとは、どういう「満月」なのだろうか) 21
いくつかの死に会ってきたいまだってシュークリームの皮が好きなの (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、死体の皮膚と「シュークリームの皮」に類似があるのだろうか、これもユニークな歌) 22
九条は守り抜くべし春疾風(はやて) (中井一雄「「朝日俳壇」3.22 大串章選、「戦争放棄を宣言する日本国憲法第九条、守り抜かねばならぬ」と選評、「春疾風」がいい、最近は国会デモも盛り上がっている) 23
全共闘の諸君も老いぬ亀と鳴く (野上卓「朝日俳壇」3.22 長谷川櫂/高山れおな共選、「千五のベビーブームの世代もそろそろ八十歳。亀は何と鳴いているのか」と長谷川評) 24
ものごころつくまへのひなまつりかな (大塚俊雄「読売俳壇」3.23 正木ゆう子選、「記憶に残るのは何歳位からだろう。最も親に慈しまれた幼い頃のことは、忘れてしまう子供。それを客観的に眺めている視線でる」と選評) 25
花の雲鐘は上野か浅草か (芭蕉1687、芭蕉が深川の草庵から桜を遠望して詠んだ句、もう東京にも桜が咲いた、植村は昨年、江東区の旧芭蕉庵の割合近くに転居したので、今年は隅田川べりの桜を見に行くつもり) 26
花散るや伽藍の枢(くるる)落とし行く (凡兆、「大寺院の夕暮れ、桜の花が散る中を、若い僧が、門の枢[=扉の木製の桟]をコトンと落として立ち去っていく」、凡兆の最高傑作句の一つ) 27
馬降(お)りやいざ先(まず)花に旅衣(たびごろも) (浪化、「いやぁ、長い旅は大変だった、やっと帰りついて馬から降りたけれど、着替える前に、まず庭に咲いた桜を見よう」、作者は僧侶にして芭蕉の最後の弟子) 28
月光西にわたれば花影東に歩むかな (蕪村、「夜、月が東から西に移れば、桜の花影は東に移ってゆく」、嵐山保津川に掛かる渡月橋あたりの桜の景勝地で詠んだといわれる) 29
いきいきと春服同士すれ違ふ (蚊歩「東京新聞俳壇」3.22石田郷子選、「春らしいパステルカラーなどの服が街に目立ってきた。歩幅を大きく軽やかに行き交う人々が見えるよう」と選評) 30
菜の花や沖にタンカー行き交ひて (水野雅子「毎日俳壇」3.23 片山由美子選、「黄色い菜の花と青い海の対比が春らしい美しさだ。その沖にはタンカーが見えて、一句の構成に遠近法が用いられている」と選評) 31