[オペラ] ヴェルディ《椿姫》R.エア演出 ROHライブ

[オペラ] ヴェルディ《椿姫》R.エア演出 ROHライブ TOHOシネマズ日本橋 4.6

(↓第2幕、アルフレッドの父ジェルモンに彼と別れることを告げるヴィオレッタ、ここが全体のクライマックス、二人のデュエット「お父様、私を娘として抱いてください」は何と美しいのだろう!)

リチャード・エア演出、ショルティ指揮の1994年初演版が32年間もROHで再演され続けてきた。その舞台の2026年1月14日、ROH上演の映像。2015年に新国で観たヴァンサン・ブサール演出のフェミニズム的《椿姫》[=ヴィオレッタはアルフレッドを赦さず怒りのまま死ぬ]が気になっていたが、やはりヴェルディの原作は違う。ヴィオレッタはアルフレッドと父ジェルモンとを赦し、アルフレッドの妹に愛を贈与して死ぬのだ。ヴィオレッタは死の直前の最期にこう歌う、「[貴方=ジェルモンの娘である]清らかな乙女に、この私の肖像画をあげて、こう言ってください、これが私から貴女への贈り物です、と」。そう、ヴィオレッタは愛を贈与して死ぬ。それが『椿姫』の究極の主題なのだ。その意味では、ヴィオレッタは、『リア王』のコーディリアと同じく、愛を贈与して死ぬ<愛のアレゴリー>という神話的な女性なのだ。(↓写真左は、ヴィオレッタのモデルとなったパリの高級娼婦マリー・デュプレシ1824-47、本作の序曲のとき幕に映ったのはたぶんこれ、写真右は終幕、ヴィオレッタの死の直前の絶叫)

それにしてもヴィオレッタを歌ったアルバニア人のエルモネラ・ヤオ↑は素晴らしい。51歳だが、これまでにヴィオレッタは200回以上歌っているそうだ。私は今まで、ネトレプコがヴィオレッタを歌う、2006年ウィリー・デッカー演出版を気に入っていたが、やはり本作には及ばない。インタヴューで言っていたが、『椿姫』は演劇的要素の強いオペラなのだ。物語が際立ってよく出来ている。第2幕、尋ねてきたアルフレッドの父ジェルモンにヴィオレッタは会ったのだが、アルフレッドには「父とは会っていない」と嘘をつく。そしてフローラからヴィオレッタに来ていた舞踏会の誘いの手紙を見てしまったアルフレッド。ヴィオレッタが全財産を売りにパリに行ったと聞いたアルフレッドは、彼女の生活を経済的に支えられない自分を、彼女は見捨てた、と思うのは当然だ。これだけのことがほぼ2分間くらいに起きるのだから、演劇的なのだ。悲劇の責任の半分は、自分が結婚をあきらめて身を引いたのに、それをすぐアルフレッドに言わなかったヴィオレッタにある。それを念頭に置くと、あの「乾杯の歌」↓も鎮魂歌、あるいは讃美歌のように聴こえてくる。最高の喜びが同時に最高の悲しみであるのが《椿姫》なのだ。

32秒の動画が

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