[今日のうた] 4月

[今日のうた] 4月

黒髪もさやけかりきや梳く櫛の火影(ほかげ)に見えし夜半の乙女子 (正徹『家集』、「あぁ、君の黒髪はこんなにも鮮やかで美しいんだね、深夜の灯し火の光に照らされて櫛を梳いている、何て素敵な女の子!」、作者は室町時代の歌人、絵画的に美しい歌を詠む人) 4.1

 

戀しとは便りにつけて言ひやりき年は還りぬ人は歸らず (藤原良経『六百番歌合』、「貴方に便りを出すたびに「恋しいわ」と書いているのに、返事はない。とうとう、また春が廻ってきたのに貴方は帰ってこないのね」、女の立場で詠んだ) 2

 

夢にても見ゆらむものを歎きつつうち寝(ぬ)る宵の袖のけしきは (式子内親王『新古今』巻12、「貴方に私の思いが届かないので、せめて貴方の夢の中には現れてほしいわ、涙に濡れて寝ているこんな私の姿が、でもたぶん無理かしら」) 3

 

二人寝し床にて深く契りてきのどかにわれをうちたのめとて (藤原兼輔『家集』、「二人で寝た蒲団の中で、君は僕と深い愛の契りを交わしたね、君は「のんびりと心おだやかに、私を信じて待っていてね、必ず貴方のところへ来るから」と言った、あぁ、何て可愛い人」) 4

 

浅くしも慰むるかなと聞くからに恨みの底ぞなほ深くなる (光厳院『家集』、「貴方は軽い気持ちで気晴らしに私と付き合っているだけ、と人づてに聞きました。ひどいわ、もう取返しのつかないほど深く貴方を恨んでいるからね」、女の立場で詠んだ) 5

 

宵のまにほのかに人を三日月の飽かで入(いり)にし影ぞ恋しき (藤原為忠『金葉和歌集』、「宵のうちにちょっと貴女に逢えたけれど、三日月がすぐ西に沈んで見えなくなるように、もの足りないまま貴女は消えてしまった、あぁ恋しいです」) 6

 

道に敷く花ふぶきとはなりにけり (阿波野青畝1923、満開の桜が散って、「花ふぶきが道に敷き詰められた」ようになった) 7

 

瓦屑(かわらくず)起こせばほめく土筆かな (室生犀星1928、「犀川」と前書、「瓦屑」をちょっと手でどけてみたら、下に土筆が一杯出てきていた) 8

 

春の燈や影を抱いて鬢(びん)ふくよか (富安風生1933、和服姿の女性を横から観ているのだろう、手にもつ燈火が壁に映す自分の影を「抱くようにして歩く彼女の鬢は、黒ぐろと豊かで美しい」) 9

 

春の月頑(かたく)なに行く肩低く (石田波郷『鶴の眼』1939、せっかくの「春の月夜」だが、「自分は肩を低く落として頑な姿勢で歩いてゆく」、波郷が「人生派」「難解派」と呼ばれ始めた頃の句) 10

 

春の蝉餉(げ)をとる母子に遠きより (飯田龍太1949、山梨県の山村に貧乏暮らしの作者だが、この頃の句には家族愛を感じさせるものが多い) 11

 

これが海の愛だとばかり夢にみる海はわたしを吞み込んでしまう (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、夢の中で、まず最初に「これが海の愛だ」と思ってしまうのが、作者らしくていい) 12

 

久に久にまことに今日は君が来る朝風の窓あけてわがまつ (馬場あき子『早笛』1955、作者1928~がまだ20代半ばの頃か、瑞々しい恋の歌) 13

 

我前(まえ)に立つ すなわち赤いブラウスのそれでいてあなたはずかしがりや (村木道彦『天唇』1974、作者1942-2024もまだ若い、「はずかしがりやのあなた」も若い、結婚前のデートのときだろうか) 14

 

くれなゐのしだれ桜の花かげに妻はたたずむ乙女のやうに (津川洋三『惜春鳥』1980、作者は55歳、「妻」も若くはないだろう、でも「乙女のやうにたたずんでいる」) 15

 

年下の男に「おまえ」と呼ばれいてぬるきミルクのような幸せ (俵万智『チョコレート革命』1997、歌集時に作者は35歳、「年下の男」を意識するのはやはり一定の年齢が必要か) 16

 

奪うがごとときに溺るるごと燃ゆる野火の放胆許したき日よ (小泉代『神獣鏡』1998、「野火」とあるから、春先の山野に男性といるのだろうか、作者は歌集『累花抄』1979がある人、この歌集の『神獣鏡』というタイトルもいい) 17

 

考える葦が戦争ばかりする (小島克己、核兵器、超音速ミサイル、ドローンなど、人間は知性を傾けて戦争をする、作者には川柳作句集『大和川』がある) 18

 

暁を抱いて闇にゐる蕾 (鶴彬、作者1909-38は「川柳界の小林多喜二」とも呼ばれるプロレタリア川柳作家) 19

 

暗闇にむかって走る先導者 (天根夢草、戦場でも部隊の「先導者は暗闇にむかって走る」が、戦争へと国家を導く政治家もまた「暗闇にむかって走っている」) 20

 

少女にも戦(いくさ)レモンを噛んでいる (長谷川博子、沖縄戦か、あるいは本土決戦に備えた訓練風景か) 21

 

親たちも戦争知らぬおもちゃ箱 (佐藤美文、戦争を直接知らない世代が増え、戦争の恐しさを知らない大人が増えた) 22

 

東京へ攫(さら)はれて行く卒業子 (上岡あきら「朝日俳壇」4.19 高山れおな/長谷川櫂共選、「「攫はれて行く」に滲む喪失感に加えての無力感」と高山評、「ここまで育てた親の気持ち。子は忘れてはいけない」と長谷川評) 23

 

デモ隊の列伸びゆける日永かな (野上卓「東京新聞俳壇」4.19 小澤實選、植村も、昨年11月から反高市集会・デモに何回も行っているので、この句の「列伸びゆける」や「日永かな」がとても嬉しい) 24

 

戦争を知らず語れず昭和の日 (早坂哲夫「読売俳壇」4.20 高野ムツオ選、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日だが、戦後生まれは、その「激動」を知らず、語れないまま傘寿を迎えた、と選評) 25

 

艶聞に遠きともがら花筵(はなむしろ) (山内三雑「毎日俳壇」4.20 西村和子選、「上機嫌で花見酒を楽しんでいる面々を改めてみた時の思い。「ともがら」の中に自分も含まれている点に俳諧味が漂う」と選評) 26

 

春一番拐(さら)いのこせし一片の娘(こ)の喉仏(のどぼとけ)「まっ白ですよ」 (山崎蓉子「朝日歌壇」4.19 川野里子選、「せめて、と気遣う焼き場の職員の言葉だろう」と選評、悲しみにあふれる歌だ、「春一番が拐い残す」とあるから、娘は幼かったのだろう) 27

 

人に会うときはロケット鉛筆のようにいつでも笑って見せた (牧角うら「東京新聞歌壇」4.19 東直子選、「ロケット鉛筆の芯ユニットを押し込めば削りたての芯が出てくる仕組みを、機械的にふるまう自分の笑顔の比喩とした。独特な切り口にアイロニーが滲む」と選評、深みのある歌だ) 28

 

打ちたてのお蕎麦みたいだ玄関の前で花粉を落とすわたしは (富見井高志「読売歌壇」4.20 俵万智選、「家の中に花粉を持ち込まないための習慣。なかなか面倒なことだが、前向きな比喩が、気分を明るくしてくれる。言葉の功名だ」と選評) 29

 

両側から抱きついてくる子どもらは抱へきれない花束の重さ (碧乃そら「毎日歌壇」4.20 米川千嘉子選、「明るくいとおしい花束たちが母に寄せる愛や信頼に応えきれるのか、と。」母の視点に立った選評 ) 30