[演劇] シラー『メアリー・スチュアート』 PARCO劇場 4.23
(写真↓は、女王メアリー[宮沢りえ]と女王エリザベス[若村麻由美])


シラー原作を、ロバート・アイクが翻案、演出は栗山民也。6年前に世田谷パブリックで、スペンサー翻案、森新太郎演出を観たが、どちらも名舞台。アイク翻案の科白には切れもある。舞台だけでは、数多の人物の複雑な遣り取りを十分に理解できないので、終演後にアイクの戯曲を読んだ。本作が<ドラマ>として卓越していることに驚かされ、シラーの戯曲も、津崎正行の新訳を注文した。シラー原作は史実通りではなく、彼の想像力が創り出した部分が大きく、以下はシラーの創作。(1)メアリーとエリザベスとの会見(実際は両者は一度も会っていない)、(2)レスター伯とメアリーとの恋愛、(3)メアリーを愛し救出しようとする熱血青年モーティマーの創作、(4)死を前にしたメアリーの心の浄化、など。戯曲では、メアリーが収監されているフォザリンゲイ城の牢獄をエリザベスが訪ね、二人の対決シーンがクライマックス(写真上↓、右はタルボット卿[段田安則]、彼はエリザベス側近の最重要人物、写真下↓も史実にはない対決する二人、中央はエリザベスを恋しているレスター卿)


それにしても、実在の重要人物をこれだけ登場させ、架空の遣り取りをこれだけ創り出すシラーの想像力は凄い。ポイントは二つあり、(1)イギリス国教会創立時の、王権を巡るカトリックとプロテスタントの激しい対立、(2)非常な美人であったメアリーに、エリザベス側の貴族たちもどこか情を寄せており、二股をかける「裏切者」も出るなど、恋愛感情が権力闘争と絡み合っている。
メアリーは、ヘンリー8世の妹の孫だから、エリザベスからみれば、叔母の孫、9歳年下のごく近姻だ。そのメアリーは、生後6日!でスコットランド女王にさせられ、6歳でフランス王と婚約させられ、18歳でフランス王が死去したため、スコットランドに呼び戻されるが、スコットランドの政争で失脚、イングランドに亡命するも、エリザベスに受け入れられず18年間の幽閉の後に、処刑。非常な美人で、恋多き女でもあったこの<悲劇の女王>メアリーは、その美貌と人気をエリザベスに嫉妬されただけでなく、おそらくプロテスタント・カトリックの枠を超えて、イギリス国民に人気があったのだろう。一方のエリザベスは一生独身を通した稀有の大政治家で、こちらも国民に大人気の女王。このような二人の対立を、男女の恋愛感情を絡めてドラマ化したのだから、傑作になるはずだ。
登場する貴族たちも、それぞれキャラが立って、面白い。エリザベスの側近貴族たちは、強硬派のバーリー卿をのぞいて、さまざまな程度にメアリーに情を寄せている。私は、メアリーの元側近で穏健派のタルボット卿の、プロテスタント/カトリックの対立の文脈を重視する、成熟した政治判断に大いに共感した。女王というのは、我意を通すのではなく、国民の人気にうまく「乗る」バランス感覚が必要だから、「メアリー処刑はまずい」とエリザベスを説得するシーンはすばらしい。実際のメアリー処刑の事実関係は、この劇とは違うかもしれないが、複雑怪奇な政治力学が絡み合うまさに交点だから、この劇のように紛糾した可能性も十分にある。この劇では、ちょっとした連絡の手違いから、メアリーは処刑されてしまう。『リア王』におけるコーディリア殺害にも似て、偶然性という後味の悪さが、シラーの狙いなのだろう。ヘンリー8世からエリザベス執政の安定期までは、宮廷をめぐる貴族の陰謀と政変が最高潮に達した時期だから、シラーの行った政治的対立のメロドラマ化も、それなりの蓋然性を感じさせる。(写真は↓、メアリーを慰めるタルボット卿と、メアリーの処刑執行令状を争うバーリー卿と廷臣デイヴィソン)


俳優は、宮沢りえも若村麻由美も、王権をめぐる厳しく男性的な政治的対立の中に、<女の感情>を激しく爆発させる二人の女王を、見事に演じている。終始冷静なタルボット卿を演じた段田安則、二股を掛けた「裏切者」レスター卿を演じた橋本淳も名演。
動画1分50秒↓
