[今日の絵] 4月後半

14 落合芳幾 : 西南戦争 1877
今日からは戦争画を。「東京日日新聞」に落合芳幾が描いた浮世絵、西南戦争が描かれている、内戦ではあるが、明治以降に描かれた戦争画の嚆矢か

15 月岡芳年 :鹿児島暴徒出陣図 1877
これも西南戦争を描いた戦争画、「暴徒出陣」というタイトルがおかしい

16 右田年英 : 向處無敵 平壌陥落
1894-95年は日清戦争。旧日本陸軍第3師団が、朝鮮半島平壌で清国軍と戦闘となり、勝利した一場面

17尾形月三 : 九連城蛤膜塘大戦ニ我兵露兵ヲ生擒ス(日露戦争)1904
日本兵がロシア兵をやっつけているところ、こういう絵は国民に受ける

18ビゴー画 日露戦争風刺絵葉書 明治後期
地球に書かれている文字は、「アジアを支配」という意味だろう。フランスの画家ビゴー1860-1927は日本に17年間滞在し、戦争の諷刺画もたくさん描いた

19小磯良平 : 娘子関(じょうしかん)を征(ゆ)く1941
これは中国に侵略した日本軍、1937年、山西省の娘子関で激しい戦いが

20鶴田吾郎 : 神兵パレンバンに降下す
1942年2月14日だろうか、スマトラ島パレンバンに日本軍が落下傘降下、奇襲作戦に成功した、そのときのものか

21 鶴田吾郎 : 軍旗ジャングルを進む
昨日と同様、鶴田吾郎が描いた。落下傘降下の成功とは違って、暗いジャングルの中を進むのはなかなか大変そう

22 北蓮蔵 : 提督の最後
太平洋戦争のミッドウェー海戦(1942年)で沈没した旧日本海軍の空母「飛龍(ひりゅう)」と運命を共にする司令官の、山口少将らが描かれている

23 御厨純一 : ニューギニア沖東方敵機動部隊強襲1942
絵では、日本機が米軍機を一方的に撃墜しているが、事実はどうだったのか、いずれにせよ「ニューギニア作戦」は、太平洋戦争中最大の日本軍の失敗で、15~20万人日本兵の8~9割が餓死、病死した(明後日にその絵)

24小早川秋聲 : 國之楯1944
将校の遺体が闇に横たわり、仲間の名前が寄せ書きされた日の丸で顔は覆われている。1944になると、戦争画にもこうしたものが増える

25橋本八百二 : ニューギニア作戦
ニューギニア作戦では15-20万人の日本兵が投入されたが、兵站と補給を無視した無謀な作戦ゆえ、8~9割が餓死、マラリア、赤痢などで死んだ

26 宮本三郎 飢渇 1943
南方の戦線だろう、敗残でちりぢりになり、飢えと喉の渇きに苦しむ兵士、水に映った顔はとても苦しそう、1943年にもなると、こういう絵が増える

27 藤田嗣治 : アッツ島玉砕 1943
1943年5月、アリューシャン列島南端のアッツ島で、2530人の日本軍が戦死あるいは自決で玉砕、日本軍初めての「玉砕」は大本営発表もされ、大きなショックを与えた。193㎝×259㎝の大きな油彩画で異様な迫力がある

28 豊田照夫 : 東京大空襲「燃えている路地を逃げる母子」
東京大空襲(1945年3月10日)では10万人くらいの人が死亡。これは墨田区在住の豊田照夫氏(90歳)が実体験を描いたもの

29 村岡信明 : レクイエム東京大空襲 1995
村岡信明1932~はロシアやヨーロッパで活躍した日本人画家

30 後藤靖香 : 奇書 2008
後藤靖香は、特攻隊員だった自分の祖父や親戚から聞いた戦時中の話を題材に「戦争画」を描いている作家。現在でも、日本を含む世界の多くの国々で、軍人がひっそりと作戦を練っている