[文楽] 『生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)』 国立劇場 北千住・シアター1010
(写真↓は、過去と今回両方混じる。写真上は「明石浦船別れの段」、阿曾次郎と深雪)


『生写朝顔話』は初見だが、文楽にこんな素晴らしい作品があるとは! 叙事詩と抒情詩がバランスよく取り込まれ、見事な物語になっている。ヒロインの深雪(=朝顔)と乳母の浅香という二人の女性が輝いている。その意味でも「浜松小屋の段」は全体のクライマックスだ。盲目の乞食になった深雪を、巡礼となった浅香が発見し、深雪を連れ去ろうする人買い男と浅香は仕込み杖で闘い、人買いを殺したが、自分も死んでしまう。竹本織太夫の、艶のある声、情感極まった叫びのような語りも素晴らしい!(写真下↓、浅香と深雪)

「浜松小屋の段」の悲劇は、すぐ次の「嶋田宿笑い薬の段」の喜劇へと転化するが、この感情の転換が見事。「浜松小屋の段」の一つ前の「薬売りの段」で、「笑い薬」の効能が示された↓。「笑い薬」の本質は、苦しみや悲しみのどん底にある人間の感情を「笑い」というポジティブな感情に転化させることにあり、人を救う薬なのだ。現在の「抗うつ剤」に近いものか。その「笑い薬」を、「嶋田宿笑い薬の段」では、ネガティブな効能として使う。つまり、毒薬が笑い薬にこっそり取り換えられて、毒薬を入れた悪人が自分で飲んでしまった結果、笑い狂ってしまうのだ↓。しかもそれが、当事者の意図とは違った事故として偶然そうなるという設定がすばらしい。悪人「萩の祐仙」が時間をかけて少しずつ狂ってゆくのだが、その人形の動きを作るのは桐竹勘十郎、次第に狂っていく笑いの千変万化を声で「笑う」のは竹本千歳太夫。この二人の名優がぴったり息が合うからこその名場面で、人形と語りの呼応・融合のすばらしさは「浜松小屋の段」についてもいえる。


最後から二番目の「宿屋の段」では、朝顔が琴を弾く。三味線に琴が加わるが、その琴の音が、まさに朝顔の指から聴こえてくるように感じられる!(写真↓は琴を弾く朝顔)

三味線の鶴澤清治も衰えがやや心配だったが、「明石浦船別れの段」のしみじみとした旋律は、味わい深いものだった。そもそも演劇とは、人間の感情、欲望、行為を深く捉えて再現(ミメーシス)するのが課題だ。その観点からすると、『生写朝顔話』『心中天の網島』『妹背山婦女庭訓』等々、日本の文楽は、英国のシェイクスピアに少しも劣らない質的に高度な演劇である。能、狂言、歌舞伎もあるし、現在の下北沢等の「アングラ劇」を合わせて考えても、日本はひょっとすると世界一の演劇大国ではないだろうか。
前回公演だが見せ場の動画↓、人形遣いは吉田和生など
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