[今日のうた] 11月
時雨(しぐれ)降るごとき音して 木傳(こづた)ひぬ 人によく似し森の猿ども (啄木『一握の砂』1910、「森の猿ども」が「人によく似ている」ことに対する複雑な感情を詠んでいる、猿「ども」や「時雨降るごとき」音など、ニュアンスは否定的) 11.1
せまりくる現實(うつつ)は悲ししまらくも漂ふごときねむりにゆかむ (斎藤茂吉1911『赤光』、当時、茂吉1882-1953の身辺の世話をしていた女中「おくに」が腸チフスで死ぬときの歌、恋愛関係はなかったとされるが、恋愛感情はあったのだろう) 2
北極の半天を限る氷雪は日にかがやきて白古今(しろこきん)なし (佐藤佐太郎1974、ヨーロッパ旅行の際、往きの機上の北極上空で詠んだ、「白古今なし」が卓越した表現) 3
親子四人テレビをかこむまたたくまその一人なきとき到るべし(上田三四二1966『湧井』、44歳の著者に結腸癌が発見され、ただちに手術、その少し前に詠んだ一連の歌の一つ、医者である著者は自分の死を予感している) 4
弱音ってクラゲみたいでかわいいね拾いあつめて脱衣所で飼う (水面叩「東京新聞歌壇」11月3日、東直子選、「一日着ていた服を脱ぐときに弱音がこぼれる。その弱音にクラゲという具体的な形を与えたことで、日々の弱音を愛おしく思える客観性が生まれた」と選評」) 5
マンションの住人なれば町角に月を経て聞く夫君の死 (藤原福雄「朝日歌壇」11月3日、佐佐木幸綱/高野公彦共選、「マンション住まいだと、近所の人との交流の機会が少なくなってしまう、そんな思いだろう。交流の形が変わりつつあるようだ」と佐佐木評) 6
いわし雲家族と言ふも散りやすし (池田桐人「朝日俳壇」11月3日、高山れおな/小林貴子共選、「寂しい真実が詠(うた)われ、秋に相応(ふさわ)しい」と小林評) 7
蟷螂(とうろう)の何ゆゑ来たか十二階 (岩佐なを「東京新聞俳壇」11月3日、小澤實選、「蚊は三階より上の階にはいけないというのに、大きなかまきりが十二階まで来た。中七に驚きがにじむのだ」と選評) 8
何(ど)う坐り直してみてもわが姿 (井上信子1928、鏡の前で改まった席の坐る練習をしているのか、何度やっても、すっきりと美し坐るのは難しい。作者は川柳作家・井上剣花坊の妻、夫婦で川柳を詠んだ) 9
恋はみな嘘だった奈良の鐘京の鐘 (岸本吟一、作者は映画製作者でもあった川柳作家、京都か奈良で寺の鐘の音を聞いているのだろう、鐘の音はとても寂しげで、昔『万葉集』や『源氏物語』の恋はこのあたりで繰り広げられたのだと言われても、みんな嘘みたいに思えてくる) 10
あの蠅は何処へ止まるか応接間 (川上三太郎、大きな邸宅の立派な応接間に通された、テーブルもソファーも品格があって美しい、ところが一匹の蠅が飛んできた、「どっかへ止まるのだろうか」と心配してしまう、作者は川柳作家として初めて紫綬褒章を受けた人) 11
嫌い抜くために隙(すき)なく粧(よそお)いぬ (時実新子、好きでもない大嫌いな男たちの会に呼ばれた、でも魅力的な女には見せたい、だから隙のない完璧なお化粧で行く、「あなたたちが嫌いだからこそ、美しく粧っているのよ」) 12
いい人のままで定年きてしまい (塩見草映、賞罰なしの好人物を「いい人」と呼ぶらしい、私は、「いつまでも友人ではあるが、ずっと恋人未満でいる人」が「いい人」なのかと思っていた) 13
見合いして親も秤にかけられる (宇佐美いなじ、昔の見合い結婚は、本人同士のつり合いもあるけれど、それ以上に家と家とのつりあいの問題でもあった、だから「親も秤にかけられる」のは当然のことでは) 14
祖国って角ばっていて言いづらい (滋野さち1947~、作者は社会詠の川柳も詠む人、この句もなかなか味わいがある) 15
省略はいずれ他人がしてくれる (筒井祥文1952-2019、別人の書いた長ったらしい報告を伝えているのか、最初からもっとポイントだけ言ってほしいが、内容を要約するのは面倒だから、元のまま伝える) 16
巌(いはほ)ろの沿ひの若松限りとや君が来まさぬうらもとなくも (よみ人しらず『万葉集』巻14、「巨岩の傍らの若い松のように、私はずっと待っているのよ、なのに、もうこれっきりと言うのかしら、貴方はなぜいらっしゃらないの、心がもやもやしてたまらないわ」) 17
冬の池に住む鳰鳥(にほどり)のつれもなくそこに通ふと人に知らすな (凡河内躬恒『古今集』巻13、「冬の池に住んでいる鳰鳥が水に潜るように、いかにも素知らぬふうを装いながら、僕は貴女のところに来てるんだから、決して口外しないでね」、口外する女もいるのか) 18
忘れ草摘むほどとこそ思ひつれおぼつかなくて程の経つれば (和泉式部『家集』、「忘れ草の名所に住む貴女の所へうっかり行くと貴女を忘れるからご無沙汰しててご免」と男が言ってきたので、「今更何言ってんのよ、便りがないから私のことなんかお忘れねと思ってたわよ」) 19
恋ひ死なむことぞはかなき渡り河逢ふ瀬ありとは聞かぬものゆゑ (藤原重家『千載集』巻12、「貴女はどうして僕に逢ってくれないのですか、貴女の住むあたりの河は深いので、そこで水におぼれて死にたい気持ちです」) 20
花咲かぬ朽ち木の杣(そま)の杣人(そまびと)のいかなる暮(くれ)に思ひ出づらむ (藤原仲文『新古今』巻15、「[本当に久しぶりに便りをくれた貴女]、ありがとう。花の咲かない朽ち木のようにぱっとしないこの僕を、木こりさんの貴女は、いったいどんな夕べに思い出してくれたのかな?」) 21
桐の葉も踏み分けがたくなりにけりかならず人を待つとなけれど (式子内親王『新古今』巻5、「秋も暮れ、庭の桐の葉が散り敷いて、踏み分けて人が通るのもむずかしくなってしまったわ、私は貴方を待っているわけでもない・・・、いえ、待っているのよ」) 22
椅子に居て我れは未来を待つならず寄りも来ぬべきいにしへを待つ (与謝野晶子1937『白桜集』、59歳の晶子、2年前に亡くなった夫の鉄幹のことを想起しながら、毎日を生きている) 23
こころ決めてきみを想へり極北の海はひそかな結氷の季(とき) (今野寿美『花絆』1981、彼氏とのかなり長い付き合いの中、結婚を決意した頃だろう、作者はつねに、深く静かに愛を詠む) 24
空のキリン見るため首を伸ばしをり君の孤独もまたあかるみて (米川千嘉子『夏空の櫂』1988、デートで彼氏と動物園に来ている作者、キリンの真下で首を見上げる彼氏をすぐ横で見ている、この冷静な観察が作者の相聞歌の美質) 25
行く秋や身に引きまとふ三布蒲団(みのぶとん) (芭蕉1688、「三布蒲団」とは幅が狭い[約90センチ]掛け布団、芭蕉は貧乏で三布布団しかなかったのだろうか、晩秋の夜の寒さが身にしみる) 26
吹くからに薄(すすき)の露のこぼるゝよ (上島鬼貫、「からに」という接続副詞(?)に味がある、鬼貫は「からに」が好きなようだ、代表句「咲くからに見るからに花のちるからに」) 27
かさなるや雪のある山只(ただ)の山 (野沢凡兆『阿羅野』、「ただの山」という表現が卓越) 28
欠欠(かけかけ)て月もなくなる夜寒かな (蕪村、月が、次第に細くなってついに無くなるのは、たしかに「寒い」感じがする) 29
きりぎりす尿瓶(しびん)のおとも細る夜ぞ (一茶、この「きりぎりす」は黒褐色の小さなコオロギのこと、「尿瓶の音も細る」夜寒の秋、コオロギも隅でじっとして動かない) 30