今日のうた(106)

[今日のうた] 2月ぶん

(写真は香川ヒサ1947~、角川短歌賞若山牧水賞などを受賞、思索的でヒネリの効いた歌を詠む人)

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  • 恋人をみつけたような足取りであなたは川へ向かってあるく

 (梶山志緒里『角川短歌』2019年11月佳作、前後の歌からすると、作者1993~は恋人と一緒に川沿いを歩いているように思われる、とすると本歌の「恋人」はたぶん作者自身のこと) 2.1

 

  • 眠るときすこし沈んでいくようなこれがゴールかみたいな感じ

 (石井大成『角川短歌』2019年11月佳作、作者1999~はまだ若い学生、「これがゴールかみたいな感じ」というのがいい、何の競技の「ゴール」なのだろう、眠りに落ちる時に感じるとすれば) 2.2

 

  • 校門を定時に閉める先生が生徒を挟んで死なせたニュース

 (月野桂『角川短歌』2019年11月佳作、作者は女子高生、管理主義の高校の学校生活を詠む歌が並ぶ、「死なせた」は冗談だろうが、校門を定時にすり抜けようとした生徒を、冷酷に扉を閉めて実際に挟んだのだろう) 2.3

 

  • 午前二時君とわたしはここにいた監視カメラよちゃんと撮ったか

 (松木秀「東京新聞歌壇」1月26日、東直子選、都市のさまざまな場所に監視カメラが置かれている現代ならではの歌、午前二時のデートもしっかり撮られているだろう、「ちゃんと撮ったか」と見返すのがいい) 2.4

 

  • ためらいをぎゅっと握れば強い意志うまれることを手がしっている

 (丹羽祥子「朝日歌壇」1月26日、佐佐木幸綱選、いろいろと迷い、ためらった後に決断する時、作者は無意識に拳をぎゅっと握りしめる癖があるのだろう、だから自分に強い意志がうまれるのは「手がしっている」) 2.5

 

  • 生きながら一つに氷る海鼠(なまこ)哉

 (芭蕉1693、「桶の中で何匹ものの海鼠が頭も尻も区別がつかず「一つに」なっている、そして薄く凍っている、生きているのに」、冬の特別に寒い日だったのだろう、「一つに氷る」が卓越) 2.6

 

  • 炭(すみ)売りに鏡見せたる女かな

 (蕪村、註によれば、台所に炭を売りに来た炭売りが、蕪村家の色の黒い下女をからかったらしい、「あなたの顔の方が黒いんじゃない、見てごらんよ」と鏡を手渡した下女、事実だとすれば、賢く面白い下女を蕪村は雇っていたことになる) 2.7

 

  • かけ金(がね)の真っ赤に錆びて寒さかな

 (一茶1812、50歳の一茶が故郷の信州柏原に帰った冬の句、小さな小屋か物置の戸だろう、その「掛け金が真っ赤に錆びて」いるのが「寒い」、少し後に「これがまあつひの住処か雪五尺」の句、寒いのは雪だけではない) 2.8

 

  • 帆かけぶねあれやかた田の冬げしき

 (榎本其角、前書きに「湖上吟」とあり、「かた田」は琵琶湖西岸の地名、「あれや」は「あれは」の強調、「広い琵琶湖を眺めていると、遠くをゆく帆かけ船の白い帆が美しい、ああ、これが冬景色というものなんだ」、其角らしい洒脱な句) 2.9

 

  • みのむしの古巣に添ふて梅二輪

 (蕪村1776「遺稿」、梅の名句は多いが、この句も「みのむしの古巣」がいい、梅の樹の枝に、中に虫のいない「みのむしの巣」だけが残り、ぶら下がっていて、それに沿って「梅が二輪咲いた」、美しいと同時に俳諧味もある、そういえば我が家の梅も咲いている) 2.10

 

  • わたしには世界の果ての私がコーヒーカップをテーブルに置く

 (香川ヒサ『ファブリカ』1996、作者1947~は思索的な面白い歌を詠む人、「私」はいつも必ず自分の目の奥3センチの所にいる、「世界」はつねに「ここから」眼前に開けているから、「私」はつねに「世界の果て」にいる) 2.11

 

  • 子もやがて一生(ひとよ)をかけて知るだらう世界中の母の悲しみ

 (小島ゆかり『六六魚』2018、作者1956~の娘に子どもが生まれて、作者はおばあちゃんになった、この歌は娘に向かって詠んでいる、子どもを生んで母になると、そうでなければなかった悲しいこともまた増える、と)  2.12

 

  • ひとみいい子でせうと言いし時 いい子とほめてやればよかりし

 (五島美代子『母の歌集』、作者1898~1978の長女「ひとみ」は、戦後すぐ、女子も受け入れるようになった東大に入学、作者も聴講生となり一緒に授業を受けた、しかし1950年に娘は自死、悲しみにくれる母) 2.13

 

  • 筒井筒(つついづつ)、井筒にかけし、まろが丈、生いにけらしな、妹見ざるまに

 (在原業平、能『井筒』、「幼なじみの君とは、よく井戸で遊んだね、井戸の枠に届かなかった僕の背も、君に会わないうちにすっかり伸びた、ああ、君に会いたい」、昨夜、国立能楽堂で能『井筒』を観賞、シテの華麗な舞がこの歌で終り圧巻、紀の有常の娘(シテ)が業平の服を付けて舞う↓、原作は『伊勢物語』23段の「筒井つの井筒にかけしまろが丈過ぎにけらしな妹見ざるまに」) 2.14

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  • 「犬のひとり歩きはいけません」と大看板ひとり歩きの犬ぞ恋ほしき

 (酒井佑子『矩形の空』2006、私は見たことがないが、こういう看板が実際あったらしい、とてもユーモラスな看板だ、でも「ひとり歩きの犬」もまた珍しい、だから「恋ほしき」なのだろう) 2.15

 

  • 校長のスマホケースが迷彩という目撃談 それがどうした

 (月野桂『角川短歌』2019年11月佳作、作者は女子高生、管理主義の高校の学校生活を詠む歌が並ぶ、校長は男性だろう、スマホケースの「迷彩」から、生徒たちは戦闘服を想像し怖さを感じたのか、「それがどうした」がいい) 2.16

 

  • 幸せな女に見えるコート欲し

 (三浦鈴子・姫路市「朝日俳壇」2月9日、長谷川櫂/高山れおな選、高山は「案外難しい注文か、もちろん男でも」と評、作者は今幸せだが、地味なコートゆえに「そう見えない」のが心配なのか、それとも今不幸せなので、せめて明るいコートを着たいのか) 2.17

 

  • なみなみと太陽を載せ冬の水

 (森住昌弘・我孫子市東京新聞俳壇」2月9日、石田郷子選、沼、湖、あるいは広い河か、水が豊富なのだろう、「なみなみと太陽を載せた」水面が輝いている) 2.18

 

  • 寡作なる人の二月の畑仕事

 (能村登四郎『咀嚼音』1948、「二月の畑仕事」といえば、もっぱら土を掘り起こしたり、種を蒔くなどが中心だろうか、まだ畑には、緑の大きな葉や実った作物などは少ない、それが「寡作なる人」と重なる) 2.19

 

  • 冬の蠅二つになりぬあたたかし

 (臼田亞浪『亞浪句鈔』1925、作者1879~1951は小諸出身の俳人、冬の蠅はあまり動かない、二匹がくっついているように見えたのだろう、でも一匹ではなく二匹なのだ、それを「あたたかい」と詠んだ) 2.20

 

  • 雪山をはひまわりゐる谺かな

 (飯田蛇笏『霊芝』1937、雪山の雪が解けて雪崩を起こし、その音が「こだま」となって聞こえるのだろう、「はひまわりゐる」が卓越、地表をころがるような低い音が響いているのだ) 2.21

 

  • なんにもない机の抽斗(ひきだし)をあけて見る

 (尾崎放哉『大空』1926、作者1885~1926は種田山頭火とともに自由律俳句で名高い、東大法学部卒のエリートだが飲酒癖のため会社を免職(1923)、最後は孤独な生活となった、代表句「咳をしても一人」など強い表現力の句を詠んだ) 2.22

 

  • 品切れに気づかず何度も自販機を押す あなたにも同じことしてた

 (早乙女蓮、栃木市東京新聞歌壇」2月9日、東直子選、たしかにこういうことはある、選者の評にあるように「他者に対する無神経な行動に結びつけた」のが上手い) 2.23

 

  • その愛が重いと言われ十年間タンスで眠る手編みのセーター

 (塩田八寿子、高松市「朝日歌壇」2月9日、永田和宏選、選者評に「私もそうだが、手編みを重荷と感じる人も」と、なるほど、母(妻?)が編んだ手編みのセーターを着たがらない息子(夫?)もいるわけだ) 2.24

 

  • 単純な生命線もちゃんとある足の裏おやこんにちわ

 (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、あまりちゃんと見たことはないが、足の裏にも確かに線はあるようだ、だがそれは「生命線」なのか、足占いというのがあるのかな? いずれにせよ「おやこんにちは」がとてもいい) 2.25

 

  • 完走をなせし男(お)の子はゆらゆらと紙飛行機のごとうずくまる

 (上野久雄『バラ園と鼻』1994、マラソンで完走してゴールすると、力が抜けてふらふらとした感じになる、「ゆらゆらと紙飛行機のごとくうづくまる」走者、作者1927~2008は「未来短歌会」の歌人、「みぎわ短歌会」も主宰) 2.26

 

  • 「やさしい鮫」と「こわい鮫」とに区別して子の言うやさしい鮫とはイルカ

 (松村正直、水族館あるいは絵本や図鑑かもしれないが、その小さな子はサメ類などを初めて知ったのだろう、とても新鮮な出会い、名前は知らなくても、正確に対象を捉えている) 2.27

 

  • かがまりて君の靴紐結びやる卑近なかたちよ倖せといふは

 (中城ふみ子『乳房喪失』1954、作者は三人の幼い子供をつれて離婚、その後、新しい年下の恋人ができたが、親族や周囲から批判された、それを跳ね返して詠んだ歌、そして少し後に作者は乳癌で逝去) 2.28

 

  • 生物学用語のやうに「愛」といふわれに優しき文(ふみ)の来てゐる

 (坂井修一『ラヴュリントスの日々』1986、瑞々しい相聞歌、作者21歳頃の作、恋人の米川千嘉子は1歳下、ともに知的な人、「生物学用語のやうに「愛」といふ」のは作者なのか、それとも彼女からのラブレターなのか) 2.29

METライブ フィリップ・グラス 《アクナーテン》

[オペラ] フィリップ・グラス《アクナーテン》 METライブ Movixさいたま  2月27日

(写真↓は舞台、非常に美しい、上はジャグリングjugglingの小さな玉が素晴らしい、手前で祈るのはアメンホテプ3世(アクナーテンの父))

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アメリカの作曲家フィリップ・グラス1937~が1983年に創ったオペラ。METライブで珍しい上演を観ることができた。「アクナーテンAkhnaten」とはBC14世紀の古代エジプト王アメンホテプ4世のこと(実在)。多神教だったエジプトに一神教を導入したが、神官などの反対により一代限りで終わった。フロイトは、モーセエジプト人であり、アメンホテプ4世の高官だったが、王の死とともにユダヤ人たちを引き連れて国を脱出したのが「出エジプト記」だという仮説を提出した。グラスのオペラ化でも、おそらくフロイト説は念頭にあったと思われるが(インタヴューで演出家がフロイトの名を言った)、この作品はモーセまで話を広げるのではなく、太陽神を崇拝する一神教を導入したアクナーテンが神官や民衆の反発で殺されるという話に絞っている。写真下はアクナーテン。

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非常に見応えのあるオペラで、若き王アクナーテンのvulnerabilityつまり儚さ、脆弱さ、弱さを強調するために、カウンターテナーを起用している。体も小さく、まるで少年のような王だ。オケにヴァイオリンがなくヴィオラ以下の弦楽器構成で低音、しかも繰返し反復的にリズムを取るので、オケは全体が通奏低音のような感じで、カウンターテナーが対照的に浮かび上がって美しい。歌も、英語で歌う部分は少なく、古代エジプト語やヘブライ語の歌なのに字幕なし、言葉の意味は分からないので、人間の声が楽器音のように機能する。意味の分からないお経を聞いているようなものか。演劇的な部分は非常に少なく、人の動きはスローモーションのように緩慢で、まるで様式化されたのようだ。しかしジャグリング(玉やバトンを高速で回す大道芸)も加わるので、そちらは高速で、その身体表現はまるでコンテンポラリーダンスのよう。写真↓。

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全体として、戦慄的で怖い感じに溢れているが、それは演劇的な個人の行為がほとんどなく、三幕とも内容は宗教的儀式だからだろう。ニーチェは「人間の最古の祝祭の歓喜には、性欲、陶酔、残酷という三要素がある」(『力への意志』§801)と述べたが、まさにそれを見るような舞台だった。ジャグリングを取りいれたのは演出のマクダーモットなのか? いや、古代エジプトの壁画に女官たちのジャグリングが描かれているそうだから、グラスの原作に指示があるのか。とにかく身体表現を含めた舞台が、怖いくらい美しい。(写真↓の一番下は、王妃ネフェルティティ(左)と王の母ティ(右))

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50秒ですが映像が↓。

https://www.shochiku.co.jp/met/program/2086/

ジャグリングの部分を紹介した3分の映像↓、最後に古代エジプトの女官の壁画も。

https://twitter.com/InsideEdition/status/1197998188046610432

美と愛について(9) ― 恋に陥る瞬間、トーマス・マン『魔の山』

美と愛について(9) ― 恋に陥る瞬間、トーマス・マン魔の山

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(↑2018年ミュンヘンで上演された演劇版『魔の山』、ショーシャ夫人が髪の後に両手を回す仕草をし、彼女の肩と腕に触れるカストルプ青年。彼女はダボスサナトリウムで治療を受けている(たぶんレントゲン室のシーン)、原作には下着姿はない)

 

トーマス・マン魔の山』(1924)は、スイスのサナトリウムに滞在している24歳の青年ハンス・カストルプが、28歳のロシア人クラウディア・ショーシャと出会い、恋をする話である。ショーシャには夫がいるが、サナトリウムには一人で入所している。カストルプが食堂で、初めてショーシャ夫人を見た時はこう描かれている。(引用と頁数は、圓子修平訳、『トーマス・マン 魔の山Ⅰ』集英社より、伊藤白「ショーシャ夫人は美しいか」(京都大学・独文学研究室紀要、2005)より訳文を借用した箇所もある)

 

>食堂を横切って行くのは一人のレディ、中ぐらいの背丈の、婦人というよりはむしろ若い娘で、白いセーターに色もののスカートをはき、赤みがかったブロンドの髪を編んで、無造作に頭の回りにまきつけてある。・・・片手は体にぴったりと合ったウールのセーターのポケットに入れ、もう一方の手は後頭部に回して、ささえながら整えるように髪に触っていた。ハンス・カストルプはその手を見た、彼は手に対して鋭敏な感覚と批評的な注意力をもっていて、知り合いができるといつでもまず第一に手に注目するのであった。髪をささえているその手はとくに女性的というのではなく、・・・かなり巾がひろくて指の短いその手には、女学生の手のように、どこか子供っぽいところがあった。(88)

 

そして少し後に、サナトリウムで開かれた精神分析の講演会で、カストㇽプ青年は偶然、ショーシャ夫人の真後ろに座ってしまった。

>[彼は]、前の席の背中と、すぐ目の前で編んだ髪を下からささえるために挙げてうしろに回した手と腕に心を奪われてしまった。・・・望むと否とにかかわらず彼はこの手を観察し、拡大鏡で見るように、この手に付着しているあらゆる欠点と個性を研究しないわけにいかなかった。・・・腕、そっと頸のうしろに回された腕は、手よりも美しく、ほとんどむき出しだった。つまり、袖の布地はブラウスの布地より薄く、透きとおるような紗で、そのために腕が仄かな影の中の光のように見えたのである。もしこれが何もまとっていなかったら、これほど美しくはなかったであろう。この腕は、ほっそりしているくせに豊満で、どう見ても、ひんやりと冷たかった。・・・女たちはなんという服装をするのだろう! 女たちは頸や胸をあらわにし、透きとおる紗で腕に後光を与える。・・・ああ、人生は美しい! 人生は、女たちが蠱惑(こわく)的な服装をするというような、自明な事実によって美しいのだ。・・・いうまでもなく女たちが、作法に抵触することなしに、お伽噺にでてくるような魅力的な服装を許されているのはある一つの目的のためである。つまり次の世代、人類の繁栄のためなのだ。(145)

 

トーマス・マンのこの叙述は、フロイトが、ヒトだけが他の哺乳類と違って無毛の裸体になったのは、服を通して想像力によって裸体を「見る」楽しみを得るためだ、と述べたのを思い出す。そしてまた、ヒトが裸体になったのは、進化生物学でいう「性選択」、つまり生殖を動機づけるためであり、カストㇽプがここで「ある一つの目的、次の世代、人類の繁栄のため」と言うのはそのことなのである。そして、「ああ、人生は美しい! 」と言っていることから分かるように、「美」の起源が裸体にあることもここで示唆されている。『魔の山』では、カストㇽプ青年がショーシャ夫人を見る時はいつも、彼は必ず、彼女の腕や肩、頸とともに、服を通して現れる彼女の体の線を注視している

 

>[彼女は]片手をセーターのポケットに入れ、他方の手を後頭部に回して、[彼に]尋ねた。(236)

>ショーシャ夫人がこんども脚を組み合わせたので、膝が、というよりすらりとした脚全体が青いラシャのスカートの下からくっきりと際立ってみえた。・・・比較的脚が長く、腰は太くなかった。彼女は前屈みになって、組み合わせた両腕を組み合わせた脚の太ももの上に支えて、背中をまるめ両肩を落したので、頸椎(けいつい)が浮かび上がったばかりではなく、体にぴったりしたセーターの下に頸椎がそれとわかるほどで、大きくも豊かでもなく、小さくて少女のような乳房は両側から圧し合された。・・・彼は、青いラシャのスカートの上からでもわかる膝を見、組み残された短い赤いブロンドのほつれ毛が垂れている項(うなじ)に頸椎が浮かび上がるのを見た。またしても彼に戦慄が走った。(238)

>カストㇽプの恋情は、ショーシャ夫人の膝、脚の線、背中、頸椎骨、その可愛らしい胸を左右から圧迫している上膊など、彼女のいっそう肉体的になった肉体に固執した。(256)

>[ショーシャ夫人の新しい服は]頸のまわりに少女の服のような丸い襟刳(えりぐり)がついていたが、この襟刳は小さくて、喉と鎖骨の付け根と、頭をいくぶん前へかがめているために、項(うなじ)のほつれた髪の下で少し突き出ている頸椎骨とがかろうじて見えるだけであったが、一方、この衣裳には袖がなく、クラウディアの腕 豊満で力なげな、しかもひんやりと冷たそうな腕は肩まで剥きだしになっていて、その異様な白さと黒い衣装の対照は、ハンス・カストㇽプが思わず眼を閉じて「ああ、どうしよう」と心の中で呟いたほど衝撃的であった! ・・・ふくよかな、強調された、まばゆいばかりのこの裸形の腕は、かつての仄かな影の中の光などよりはるかに強烈な事件であり、それに対してはただうなだれて声もなく「ああ、どうしよう!」と繰り返すほか答えようのない出現であった。(357)

 

カストㇽプ青年が、クラウディア・ショーシャの肉体のある部分だけにいかに強烈に衝撃を受けたかが、以上から分かる。そして、ショーシャ夫人がサナトリウムからいったん退所する直前、突然カストㇽプはショーシャ夫人の傍らに跪き、全身を震わせて「ボクハ君ヲ愛シテイル」と告白する。ロシア人のショーシャ夫人は、フランス語の方がドイツ語より堪能なので、最後の告白の部分の会話は、フランス語でなされている。そして、そこでもまた彼女の肉体の詳細が賛美されている。

>人体トイウ大建築物ノコノミゴトナシンメトリーヲ見給エ、左右ノミゴトナシンメトリーヲ見給エ、左右ノ肩ト腰、胸ノ左右ノ花ノヨウナ乳首、・・・見給エ、背中ノ絹ノヨウナ皮膚ノ下デ肩甲骨ガ動クノヲ、ソシテ、豊満ナミズミズシイ臀部ニオリテ行ク背骨ヲ、・・・肉ノクッションノ下ニ夥シイ有機的繊細サヲ秘メタ、肘トヒカガミjarretノ関節背面ノ甘美ナ部分ヨ! 人体ノコノ甘美ナ部分ヲ愛撫スルコトハ、ナントイウ限リナイ祝祭ダロウ! 死ンデ悔ナイ祝祭! ソウダ、キミノ膝蓋骨ノ皮膚ノ匂イヲ嗅ガセテクレタマエ・・・・(377)

 

ショーシャ夫人の前に両膝をついて震えながら告白したカストㇽプに対して、夫人はこう答える。

>ホントニアナタハ、深刻ニ、ドイツフウニ口説クノガ上手ナ伊達男ネ。アデュー、カーニバルノ王子サマ、アナタノ熱ノ曲線ハ今夜スゴイコトニナルワヨ、予言スルワ。・・・彼女は、そう言うと、入口の方に進み、あらわな腕の一方をあげ、手を蝶番にかけて、半ば振り向きながらためらっていた。そして出て行った。(377)

 

以上が、カストㇽプ青年を魅了したショーシャ夫人の肉体の詳細な記述である。上に太字で強調した「肘トヒカガミノ関節背面ノ甘美ナ部分ヨ!」に注目したい。「ひかがみjarret」とは膝の裏側、つまり足が内側に曲がる部分で、盛り上がった肉の間に窪みあるいは太い線ができる。この「ひかがみ」や肘関節の内側は、カストㇽプ青年が、特別に萌える肉体箇所であり、『ヴェニスの死す』にも「ひかがみ」が登場する。それは次回に検討しよう。

(写真は↓、1982年のフランス映画『魔の山』、カストㇽプとショーシャ)

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PS :美と愛が最高に一体となったシーン、『フィガロの結婚』第4幕、伯爵はスザンナに化けている伯爵夫人を愛撫しても誰だか分らない、「やっぱ若い娘の肌はいいな」なんて悦に入ってる、夫人は怒ってますよ、でも四重唱の息をのむ美しさ!カミラ・ニールントの伯爵夫人は最高!(3分弱)

https://www.youtube.com/watch?v=9sVyqMh_-b4

 

イプセン 『亡霊たち』

[演劇] イプセン『亡霊たち』 駒場アゴラ劇場 2月22日

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翻訳・演出は毛利三彌。この新訳では、従来は『Gengangere幽霊』と訳されていたのが『亡霊たち』と変った。役者たちが非常に上手い。舞台表現の水準は高く、BGMにシャンソンが掛かる以外はリアリズムに徹した演出で、原作を忠実に上演すればこうなるだろうと思われる舞台。原作のもつ緊迫感がよく表現されていた。イプセンの作品は見終わった後どれも後味が悪いが、『亡霊たち』も同様だ。父親のアルヴィング氏が梅毒で死に、息子オスヴァルも梅毒になり、夫の事業を支え、病気を看病し、「良い妻」を演じてきたアルヴィング夫人は、本当は嫌で嫌で仕方がなく、もっと自由に恋愛したい女だった。アルヴィング氏が女中に生ませた私生児のレギーネは、とても美しい娘になったが、彼女も自由に恋愛したい女なので、アルヴィング氏の息子が病気だと分かった瞬間に、看病がいやでアルヴィング家を逃げ出してしまう。「良い妻であれ」とひたすらキリスト教道徳を押し付けていたマンデルス牧師も逃げ出し、結局、アルヴィング夫人は梅毒の息子と二人で暗い家に取り残され、息子は早くも梅毒の発作らしきものを起こすという絶望的な状況で終幕。

 

とても辛い話で、見終わってカタルシスもない悲劇なのだが、『亡霊たち』は、やはり演劇として傑作だと思う。私の理解では、キルケゴールの言う「美的生き方」と「倫理的生き方」の厳しい対立が、ほとんど純粋に前景化されている。古いキリスト教道徳の立場から、「結婚の神聖さ」を説き、自由恋愛を厳しく批判するマンデルス牧師は、「倫理的生き方」そのものである。それに対して、自由に恋愛をしたいアルヴィング夫人とレギーネ、そして息子のオスヴァルは、いわば「美的生き方」派だが、夫人と息子は、実際には美的生き方は出来ずに苦悩の中で死んでゆく。逃げ出したレギーネはどうなるか分からないが、際立って官能的な美女なので、たくさん恋愛するだろう。だが、幸福な結婚ができるかどうは分らない。でもイプセンの主旨は、「倫理的生き方」を説くマンデルス牧師と古いキリスト教道徳を批判することにあり、だからこそ、『亡霊たち』は初演後、「反道徳的、反社会的」と激しい批判を浴び、戯曲も売れなくなった。

 

本人は誤魔化しているが、イプセンキルケゴールの影響を大きく受けていることは明らかで(原千代海『イプセン:生涯と作品』p29、140)、私の関心はむしろ、この、とても暗い『亡霊たち』という作品が、演劇として、芸術として成功しているのかどうかにある。『野鴨』『ヘッダ・ガブラー』などとも共通する後味の悪さの問題でもあるが、イプセンは基本的に、ニーチェの言う「デカダンス芸術家、ペシミズム芸術家」なのだと思う。ニーチェは、ペシミズム宗教・道徳とペシミズム芸術を次のように対立させる。「芸術家のペシミズムは、人間の腐敗や生存の謎で苦悩する道徳的・宗教的ペシミズムの反対である。後者はあくまで解決を、少なくとも解決への希望を欲する。苦悩し、病める者は、いつの時代にも、生き耐えるためには、心も浮き浮きする幻影(=神の救済による「浄福」)を必要とした。・・・デカダンス芸術家もこれと似通っているが[実は違う]、彼らは根本的において生へとニヒリズム的に態度をとっており、形式の美のうちへと、自然がそこで完全となったところの、自然がそこでは無差別に偉大で美しいところの選り抜きの事物のうちへと逃れ去る」(『力への意志』§852)。つまり、道徳的・宗教的ペシミズムを代表するのがマンデルス牧師であり、それを厳しく批判し、美しい女であるヘッダ・ガブラーやレギーネという美的形象へと「逃れ去る」のがイプセンである。たとえばヘッダには実在のモデルがあり(イプセンを崇拝する若い美女)、イプセンは彼女を「美しい野鳥」と評した。まさにニーチェの言う「自然が創った選り抜きの」美的形象である。イプセンの作品は、デカダンス芸術、ペシミズム芸術として大成功している。

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平田オリザ 『東京ノート』

[演劇] 平田オリザ東京ノート』 青年団公演 吉祥寺シアター 2月20日

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(写真↑は舞台、終幕近く、中央は長女の由美(松田弘子)、右は次男の妻である好恵(能島瑞穂)、平田の劇には主役的人物はいないのだが、本作では二人は準主役的、『東京ノート』は小津の『東京物語』を擬したところがあり、由美は5人兄妹の長女で、地方都市で年老いた両親を介護しているが、東京に住む4人の兄弟妹と会うために上京し、美術館で5人兄妹全員が落ち合う、そのとき美術館には、それぞれの出会いと別れをかかえた人々がフェルメール展を見に来ている。写真下↓はインターナショナル版、筋はほぼ同じだが、多言語なので会話が微妙に違ってくる) 

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平田オリザの劇はそのほとんどが、ある空間の短い時間に、人々の出会いと別れが淡々と表現されるそれが我々の人生そのものだからだ。今回見た『東京ノート』は、『ソウル市民1919』と並ぶ大傑作だと思う。日常のさりげない会話、静かな言葉が発せられるだけで、人間のとても深い感情が表現される。その点は小津安二郎の映画とよく似ている。それはまたチェホフと同様、絶望的な状況の中でもがくように生きている人間の愛おしさを描いてもいる。ただ、『東京ノート』は、演劇そのものの原点のような作品なので、観客は想像力を全開にして観賞しなければならず、かなり難解な作品だと思う。登場人物は自己紹介なしに、いきなり登場し、彼らは互いに既知だから、ぽつぽつと会話するだけ。名前は何で、どういう人で、今まで互いにどういう関係があり、今何をしている人なのか。これらすべてを彼らの断片的な発言から、観客は頭の中で再構成しなければならない。ヨーロッパが戦争で絵が日本に逃げてきて美術館に展示され、登場人物の何人かは、そうしたシュールな設定とも関係しているので、そういうコンテクスト全体を理解するのは難しい。普通の美術展ではないのだから。『東京ノート』の不条理劇性は、20世紀に成立した現代演劇のあるべき方向性を正確に示している。それは舞台装置が現代アートであることからも分る。

 

平田の劇の登場人物たちが繰返し語る言葉は、「えぇ、まぁ」「いや・・・、まぁ」「あぁ、そう」「いや、別に」「いいの、いいの」「そうなんだ」「そんなことないですよ」「だってさぁ・・」「いやぁ・・」「ま、いいか」「あぁ、でもねぇ・・」等々といったもので(小津の映画みたい)、たしかに私たちは、親しい者と交わす言葉はこういうものなのかもしれない。『東京ノート』は、美術館の待合室なので、各人が絵を観に席を立ってまた戻る、という人の動きしか存在しない。その中では、たまたま女性たちだけになることもあるが、会話が女子会的なノリになるわけでもない。故郷に住む独身の長女も、東京に出て来て結婚した兄弟妹たちも、みな明るく、楽しげに話すけれど、実は、誰もがどこか寂しさをかかえていて、それがちょっとした言葉の端から現れてしまう。二男の妻の好恵は離婚するので、兄弟姉妹と会うのは、これが最後。でもそれを知っているのは長女の由美だけなので、終幕の二人の「泣いたら負けの睨めっこ」は、本当にチェホフ的な別れだ(一番最初の写真↑の、次のシーンがそれ)。「さあ、私たち、生きていきましょう、生きていかなくては」(『三人姉妹』)。どんなに悲しくても、これが私たちの人生なのだ!

 

今回、終演後の平田オリザトークがとても参考になった。美術館の待合室では、普通、このような会話がなされることはないので(学芸員や観客が自分の反戦運動の経歴を語るなど)、そもそも全体が不自然・不条理なわけだが、平田によれば、そうだからこそ、ヨーロッパが戦争で絵画が日本に避難してくるというシュールな設定をあえてしたのだ、と。私は、1994年の初演だからユーゴ紛争が念頭に置かれていると思っていたが、それだけではなかったのだ。戦争で逃げてきたフェルメール展の美術館待合室という設定自体が、この作品の肝なのだが、それは同時にこの作品を不条理劇にし、難解にもしている。平田によれば、1994年にはフェルメールは日本でほとんど知られておらず、美術館で、知っている人/いない人のギャップが大きく出るから、ゴッホレンブラントではなくフェルメール展にした、と。