[今日のうた] 1月ぶん

[今日のうた] 1月ぶん

 

元日の事皆非なるはじめかな (虚子、「元日にはいつもの日とは違う何か新しさがある」、これは真理、しかし虚子の「去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの」もまた真理、どちらも味わい深い名句) 1.1

 

オリオンの盾(たて)新しき年に入る (橋本多佳子1952『海彦』、ちょうど正月の頃には、夜空にオリオン座が大きく輝いている、「オリオンの盾」がずーんと動いて新年に入った) 1.2

 

一月の川一月の谷の中 (飯田龍太1969『春の道』、作者の代表作の一つ、実景としては、作者の家の裏近くのそう大きくはない川や谷らしいが、句柄の雄大さゆえに、大きな川、大きな谷に感じられる) 1.3

 

人去りて賀状それぞれ言葉発す (角川源義、正月の訪問客が去ったあと、今度は年賀状をゆっくり読む、昔は、というか本来は、一番大切な人には正月に直接挨拶に行き、行けない人や遠方の人に、挨拶を代行するのが年賀状だったのか) 1.4

 

新妻の友の賀状もちらほらと (五十嵐播水1899~2000、作者は昨年結婚したのだろう、昨年までと違って今年の正月は、妻の友人からの年賀状も一緒に郵便受けにある、「新妻の友」はどんな人なのだろうと、少し気になる) 1.5

 

初電話果して彼の声なりし (高濱年尾、「初電話」という季語がある、新年になって初めてする電話のこと一般か、それとも、年賀状のように、何らかの挨拶の意味で新年に電話する習慣の人がいたのか、たしかに今のSNSでも、新年最初の遣り取りはちょっと挨拶っぽい) 1.6

 

梓弓末は寄り寝むまさかこそ人目を多み汝(な)をはしに置け (よみ人しらず『万葉集』巻14 、「まさか」=現在、「梓弓の端が必ず合体するように、いずれ君と僕は共寝しようね、今はただ、人目が多いから、わざとそっけなくしているだけさ」) 1.7

 

命にもまさりて惜しくあるものは見果てぬ夢の覚むるなりけり (壬生忠岑古今集』巻12、「命が消えるのも辛いけれど、もっと辛いものが今朝ありました、貴女と逢っている夢を見ていたのに、終わりまでいかないうちに、目覚めてしまったからです」) 1.8

 

あらはにも見ゆるものかな玉簾(たまだれ)のみすかし顔は誰もかくるな (和泉式部『家集』、「見渡しなる処に、見ゆる人々に言ひやる」と前書、「あらまあ、御簾があっても顔は透けてはっきり見えちゃうのね、私の顔のこと、見えちゃっても、誰にも言わないでね」) 1.9

 

思ひきや夢をこの世の契りにて覚むる別れを嘆くべしとは (俊恵法師『千載集』巻12 、「ああ、思ってもみませんでした、貴女と愛の契りをしたのに、それが夢の中だったと気づいたときは、もう夢から覚めていて、貴女との別れを嘆くことしかできないとは」) 1.10

 

はし鷹の野守の鏡得てしがな思ひ思はずよそながら見む(よみ人しらず『新古今』巻15、「鷹狩のときに見失った鷹が、野中の池の水に映っているのを発見されたように、僕にも「野守の鏡」がほしいなぁ、貴女が僕を思っているのか思っていないのか、鏡を覗いて知りたいから」) 1.11

 

入りしより身をこそくだけ浅からずしのぶの山の岩のかけ路(みち) (式子内親王『家集』、「ああ、どうしてこんなに険しい恋の道に入り込んでしまったのかしら、私の体が砕けてしまいそう、人に言えない忍ぶの山の、あの懸(か)け道、恋の道に入り込んだからなのね」) 1.12

 

生きているどのことよりも明々(あかあか)といま胸にある海までの距離 (永井陽子『葦牙』1973、作者1951~2000の若い時の歌、永井陽子は、一貫して<ひとを恋ふるかなしみ>を詠んできた人、この歌でも、海までの距離はたぶん遠い) 1.13

 

いとしさもざんぶと捨てる冬の川数珠つながりの怒りも捨てる (辰巳泰子『紅い花』1989、別れるのは恋人なのか夫なのか、でも別れは辛い、なかなか捨てられない「いとしさ」を思い切って「冬の川にざんぶと捨てる」、それによってやっと「数珠つながりの怒り」も一緒に川に流せる) 1.14

 

明け方に雪そっくりな虫が降り誰にも区別がつかないのです (穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』2001、発想がいい、雪と区別がつかない白い小さな虫が降るなんて面白い、「虫」が微生物だとすれば、実際に雪に混じっているかもしれないし) 1.15

 

さやうなら煙のやうに日のやうに眠りにおちるやうに消えるよ (小池純代『雅族』1991、韻律がいい、冒頭の「さやうなら」の「やうな」の後に、「やうに」「やうに」「やうに」が三回続き、歌そのものが「眠りにおちる」経過の「やうに」響いている) 1.16

 

1月後半は休みます。

 

 

[今日の絵] 1月前半

[今日の絵] 1月前半

1 Jan Mateyko : スタンチク1862

「道化」は多く絵に描かれている、シェイクスピア劇にあるように、道化は最も知性的な人である、当然、道化を描いた絵には、その内面も表現されているだろう、マティコ1838~93はポーランドの画家、これはポーランドの有名な道化「スタンチク」で、哲学者のように沈思している

 

2 Degas : Two harlequins, 1886

アルルカン」は、本来は、中世の即興喜劇に登場した道化役のこと、この道化師は舞台から楽屋に引き上げた直後だろうか、仕事に疲れたようだ、ドガの描く踊り子は、動きの頂点ではなく、動き終わって疲れているところを描いたものがかなりある、道化師もそうなのか

 

3 Joaquín María Herrer

ホアキン・マリア・ヘラー1839~1916はスペインの画家、タイトルは不明だが道化師だ、ベラスケスの絵にもこのような小人の道化師があったが、ひょっとして愛嬌が売りの道化師には小人もそれなりにいたのだろうか、上流階級の婦人たちを楽しませている感じがよく分かる

 

4 Picasso : Harlequin with his hands crossed (Jacinto Salvado) 1923

「手を組んだアルルカン」の名はジャシント・サルヴァド1892~1983、彼もスペインの画家だが、なぜか道化の衣装を着けてモデルになっている、ピカソは、直線を主とした僅かな線のみで完璧な造形をしており、さすがだ

 

5 Jean-Claude Desplanques

ジャン・クロード・デスプランク1936~はフランスの画家、女性の道化師をたくさん描いているが、これが代表作だろうか、たしかに道化師は男性である必然性はなく、20世紀になって実際に女性道化師が登場したのかもしれない、この女性道化師は猫とよく似合う

 

6 Tiziano : Violante, 1518

人物画で一番数が多いのは女性だろう、しかし女性のどこにどのような魅力を感じるかは、画家によって違う、逆に、ある画家が異なる女性を描いても似たようになる、ティツィアーノでも、これはヴィオランテという女性だが、彼の描く「サロメ」もこういう顔だ(下↑)、ふっくらと優美な女性が好み

 

7 Cranach : Portrait of a Woman

クラーナハの描く女性はどれも目がやや細く、少し下向きで、視線が鋭い、ティツィアーノの女性の顔に比べると、微妙に「きつい」が、それが好みのタイプなのだろう、ネックレスや背景のゆるやかな曲線の中で独特の視線が浮かび上がる

 

8 Rubens : Portrait of a Young Woman 1620-30

ルーベンスは痩せた女性は描かない、どの女性もふっくらとした豊満な美しさがある、この女性は、最初の妻イザベラとも言われるが、正確には分かっていない、しかし誰であろうと、この女性はルーベンスにとっての理想の女性美を備えているのだろう

 

9 Jean-Marc Nattier : アンタン侯爵夫人1738

ジャン=マルク・ナティエ1685~1766はルイ15世に仕えた宮廷画家、宮廷の女性をたくさん描いた、この女性はAntin侯爵夫人Mathilde de Canisy、まだ若いのだろう、ふっくらした笑顔が可愛らしい、犬を描いた名画としても有名

 

10 Ingres : オダリスクのための習作

オダリスク」とはオスマン帝国の王のハーレムにおける女奴隷、たくさん絵に描かれた、美女が多かったのだろう、全身像の「グランド・オダリスク」はアングルの代表作、彼は背中を描くのが好きだったようで、この習作(21㎝×21㎝)のモデルは同じ女性と思われる、端正で美しい

 

11 Chassériau : Portrait of Alice Ozy 1849

シャセリオー1819~56はフランスの画家。トクヴィル(政治家で思想家)の友人でもあった、アリス・オジー1820~97はシャセリオーの愛人で、当時パリでもっとも美しいと言われた女性、ユゴー父子もまた彼女を手に入れようとシャセリオーと争った

 

12 Franz Winterhalter : Varvara Rimskaya-Korsakova 19Ce半ば

フランツ・ヴィンターハルター1805~73はドイツの画家、王侯貴族をたくさん描いた、リムスカヤ・コルサコヴァ1833~78はポーランドの伯爵夫人で、その美しさを謳われた人、ポーランドの貴族はよくヨーロッパの小説に登場するが、なるほどと思わせる、胸に手をあてている仕草が美しい

 

13 Philip Alexius De Laszlo : 1912

フィリップ・ドゥ・ラースロー1869~1937はハンガリー出身のイギリスの画家、王侯貴族をたくさん描いた、少女時代のエリザベス2世の絵もある、この絵はタイトル不明だが、優美な感じからして貴族の女性だろう、両手を肩に軽くあてている仕草が素敵だ

 

14 Makovsky : 夏の花輪を掛けたロシア美女

コンスタンティン・マコフスキー1839~1915はロシアの写実主義の画家、優れた肖像画を描いた、彼の描く女性は、大きな帽子や頭巾を被って髪の毛があまり見えないものが多いが、顔はどれも、内側から耀き出る生命力にあふれている

 

15 Bouguereu : Aphrodite 1879

ブグロー1825~1905はフランスのアカデミー派の画家、アングルら新古典主義の流れをくんでいる、印象派台頭以後には忘れられていったが、20世紀末に再評価され始めた、この絵をみても、精密な写実の画であることが分かる、顔を真正面から描くのは難しいのだから

 

16 Serebriakova : Portrait of a young Woman 1915

ジナイーダ・セレブリャコワ1884~1967はウクライナ生まれの画家、彼女の描く人物画は家族や友人知人など普通の人だが、どれも一人の人間がそこにそのように存在することの静かな美しさがある、特に目がいい、どれも鑑賞者としっかり「目が合う」感じだ

[今日の絵] 12月後半

[今日の絵] 12月後半

19ピーテル・ブリューゲル : 雪の中のハンター 1565

ルネサンス初期まで、「冬」の絵は珍しかったらしい、人々はスケートやホッケーを楽しんでいるが、狩はうまくいかず、獲物はキツネ一匹だけ、ハンターたちは疲れ切っている

 

20安藤広重:目黒の太鼓橋と雄比の丘1857

「江戸百景」シリーズの一つで、江戸には珍しかった石橋を描いた、雪だからか通行人は寒そうに歩いている、マティスではないが、全体の幾何学的均衡の構図が見事

 

21 Pissarro : Street Winter Sunlight and Snow 1872

俳句では季語がさまざまな冬を表現するが、絵画には季語はない、だが冬という季節は、低温、天気、光、衣服など、描かれたものに一定のニュアンスを与える、この絵のタイトルに「冬の太陽光」とあるように、冬は光そのものが違う

 

22 Paul Gauguin : Effe de Neige 1883

ゴーギャンに冬の絵は比較的珍しい、これはまだ画家としては無名時代のもの、タイトルは「雪の効果/印象」、くっきりとした輪郭の絵になるのは1888年頃からで、タヒチ移住は1891~93、この絵はちょっと見ただけではあまりゴーギャンぽくない

 

23 Jakub Schikaneder : 古きプラハの街角1907-09

ヤクブ・シカネーダー1855~1924は、チェコの画家、描かれた絵は夜の光景が多く、全体にどれも暗いのだが、この絵も雪が降り始めた裏通りだろう、「古きプラハの街角」の「暗さ」が印象的だ

 

24 : Jean Béraud : パリ ロワイヤル通り、クリスマスの夜 1905

ジャン・ベロー1849-1935はフランスの画家、19世紀末から第一次大戦までの「ベル・エポック期」の絵をたくさん描いた、この絵も、ブルジョア階級の男女だろうが、皆さん楽しそう

 

25 William Glackens : マディソン・スクエア クリスマスの買い物客1912

ウィリアム・グラッケンズ1870~1938はアメリカの画家、バーンズ・コレクションの絵をヨーロッパで多く買い集めた人でもある、こちらはニューヨーク市マンハッタン区のマディソン・スクエア、クリスマスの買い物客で賑わっている、降雪はないが風の強い日のようだ

 

26 Munch : Workers in the Snow 1913

ムンクは主に人間の苦しみや悲しみを描いているが、この「労働者たち」も、働く喜びを感じているようには見えない、表情は暗く、眼は誰も正面を見ていない、雪の冷たさだけが理由ではないだろう

 

27 Fra Angelico : Virgin and Child 1450頃

「聖母子」はマリアとイエスだが、幼少の洗礼者ヨハネが一緒に描かれることもあり、養父ヨゼフと一緒のものは「聖家族」と呼ばれる。フラ・アンジェリコ1395~1455の「聖母子」には、神性というよりはどこまでも人間らしい素朴な美しさがある、まるで少女のように可愛いマリア

 

28 van der Weyden : Virgin and Child 1454以後

ファン・デル・ウェイデン1400~64は初期フランドル派の画家、イエスの腕はやや捻じれており、まだ幼少なのに視線が鋭く、何かを考えているような顔だ、マリアは実際のモデル女性をもとに描いているのだろう、類型的ではなく、その人個人が描かれている

 

29 Raphal : Virgin and Child 1514

まだ幼児の洗礼者ヨハネが一緒にいる、マリアの眼が鑑賞者をまっすぐに見詰めているのが特徴、他の画家の「聖母子」と比べても、マリアはとても美しい、いつまでも眺めていたくなる上品で優美なマリア

 

30 Dürer : 梨の聖母 1512

マリアが与えた小さな梨の一切れをイエスが食べたところの絵、イエスの身体は何となくぶよっとした印象があるが、イエスを下から抱くマリアの指はがっしりと大きい、マリアは端正で、優しい母の顔をしている、神性というよりは人間性を感じさせるマリア

 

31 Cranach : リンゴの木の下の聖母子 1530前後

クラーナハ特有の下方を向いた細い眼のマリア、イエスは眼を大きく開けて正面から鑑賞者を見ている、イエスの左手にあるのは「原罪」を象徴するリンゴだが、それにしてはイエスの表情は快活で明るい、右手のパンは「私は命のパンである」というイエスの言葉に由来するか

今日のうた(140)  12月ぶん

今日のうた(140)  12月ぶん

 

道端の手袋が詩にされたがる (平安まだら「東京新聞・俳壇」11月27日、石田郷子選、「手袋の落とし物。それはよく詩や俳句に詠まれる情景だが、そのこと自体を俳句にしてしまった発想がユニーク」と選者評。たしかに「されたがる」に俳諧の味わい) 1

 

熱燗(あつかん)でまるごと冬になりにけり (丸山巌子「朝日俳壇」11月27日、長谷川櫂選、「体全体が冬になったような気がするのだろう。この世全体も」と選者評、たしかに「熱燗」をぐいぐいやって、ふーっとするとき、冬という季節を体の奥まで感じる) 2

 

疑わず木の葉は降って垂直に首のうしろの急所は裸 (井芹純子「東京新聞・歌壇」11月27日、東直子選、木の葉が上から落ちてきて、「首のうしろ」から背中までストンと入った、そこはたしかに「裸の急所」、木の葉くんよく知ってるのね、「疑わず降ってきた」もの) 3

 

小さき指の破りし障子貼り替へて冬のはじめのひかり浄らか (竹田元子「朝日歌壇」11月27日、高野公彦選、幼子が障子を指で突いて穴だらけにしてしまった、でもそれが可愛いからしばらくそのままにしておいた、「冬のはじめ」のある日、貼り替えた障子を通して「浄らかな光」が差し込む) 4

 

里人の言寄せ妻を荒垣の外にや我が見む憎くもあらなくに (よみ人しらず『万葉集』巻11、「あの娘と僕とはもうできているという噂が先に立っちゃった、その娘が今、垣根の向こうに立っている、ただ見ているだけなんていやだ、早く僕のものにしたいな、何て可愛いんだい君は」) 5

 

玉櫛笥(たまくしげ)明けば君が名たちぬべみ夜ふかく来しを人見けむかも (よみ人しらず『古今集』巻13、「美しい櫛箱が開くように夜が明けてしまったら、貴女に男ができたという噂が立つだろうから、夜の暗いうちにお別れしたけど、ひょっとして誰かに見られたのでは」、秘密の恋は辛い) 6

 

もの思へばわれか人かの心にもこれとこれとぞ著(しる)く見えける (和泉式部『家集』、「[冷たい貴方に忘れ草と忍ぶ草を同封したわ]だって、あんまりじゃない、もう私、思い乱れちゃって、自分が誰だかも分からなくなっちゃったけど、この二つの草だけははっきり分かるの」) 7

 

手枕のうゑに乱るる朝寝髪したに解(と)けずと人は知らじな (西住法師『千載集』巻12、「目が覚めたな、僕の手枕に君の髪が激しく乱れたまま眠っているね、すごい恰好だけど、(下半身の)セックスはしなかったなんて、人には分からないよね」、作者は西行の年長の友人) 8

 

我が戀は逢ふにも返すよしなくて命ばかりの絶えや果てなむ (式子内親王『家集』、「私の恋は、貴方に逢えたらもうそのまま息絶えてもいいの、でもそれさえかなわずに、貴方に逢える前に私の命が絶えてしまうかもしれない、あぁ、何て悲しいこと」) 9

 

たのみなき若草生ふる冬田かな (炭太祇、秋に田の稲を刈り取った後には、緑色の小さな芽が伸びてはくるが、それは「たのみなき」もので、やがて枯れてしまう、作者1709~71は江戸中期の俳人、島原遊郭で遊女たちに俳句を教えたりもした) 10

 

冬雲は薄くもならず濃くもならず (高濱虚子、嵐のときは別として、冬の晴れた日の雲は、夏の雲や秋の雲に比べると、動きがやや少ないように思う。より正確には「薄くもならず濃くもならず」なのかもしれない) 11

 

はつきりと月みえてゐる枯木かな (星野立子1932、夜の月は、もともとは天空に浮かんでいるが、それが「枯れ木」の間から見えると、とくに美しい、「はつきりと」と詠んだのが卓越) 12

 

眞直ぐに道あらはれて枯野かな (蕪村、道なんかない枯野をぶらぶら歩いていたら、突然、進行方向と同方向に「真っすぐな道が現れた」驚き、景がぱんと開けて、「さあ、おいで」と呼ばれているような気がする) 13

 

ただ一羽離れて行くか鴨の聲 (大島蓼太、作者1718~87は江戸後期の俳人、おそらく水面を何羽かのカモが泳いでいて、そのうちの一羽が離れてゆくのだろう、「クエーッ」という美しくない声を出しながら) 14

 

熱湯をくゞりて青き冬菜かな (鼎耳、「冬菜」は冬に栽培する菜の総称、どの「冬菜」も、ゆでた直後の緑色の映えが素晴らしい、「熱湯をくぐりて青き」と一息でズバリと言えるのが俳句、作者の鼎耳については分からなかった) 15

 

始祖鳥の粗い翼をバリバリとひらく八本骨の洋傘 (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、作者の短歌はどれもメタファーが素晴らしいが、この歌も、「洋傘」と「始祖鳥の粗い翼」との類似を発見したことに基づいている) 16

 

水準器。あの中に入れられる水はすごいね、水の運命として (穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』2001、「水」と一緒の(空気の)泡も含めて言っているのだろう、水準器の中の水はずっとそこにある「運命」なのだ、地球を循環する水の在り方としては珍しい) 17

 

〇〇をこよなく愛すと書いてみたい著者紹介の欄に小さく (川谷ふじの『短歌研究』2022年7月号、作者2000~は18歳のとき短歌研究新人賞を受賞、まだ新進歌人、著者紹介欄に「〇〇をこよなく愛す」とか書けるのは大家だけだから、たしかに「書いてみたい」よね) 18

 

ペンラの色たましひのいろ、たましひを“推し”とふ色に灯して振れり (田口綾子『短歌研究』2022年7月号、作者1986~は2008年に短歌研究新人賞・受賞、女子高校生ではないが、友人とともにアイドルのライブに行くらしい、「ペンラ」はペンライト、「推し」に向かってひたすら「振る」) 19

 

幼いと言われ続けて三十を超えてもこどもがこどもを産んで (馬場めぐみ『短歌研究』2022年7月号、作者1987~は2011年に短歌研究新人賞・受賞、昔と違い最近は精神的に「大人」になるのが遅い、作者は30歳を越えて「こども」を産んだが、まだ自分も「こども」でいる気分) 20

 

どこまでも魅力を知らない気づかない白鳥のまま終はりたかった (山木礼子『短歌研究』2022年7月号、作者1987~は2013年に短歌研究新人賞・受賞、おそらく「白鳥」は自分のことなのだろう、とてもデリケートなナルシスティックな感情なのか) 21

 

でも会えた、声を交わした、わたくしが言葉を持ったただそれゆえに (野口あや子『短歌研究』2022年7月号、作者1987~は2006年に短歌研究新人賞・受賞、長い時間を経たのち、昔の恋人に会う機会があったのだろうか、偶然、自分の「言葉=短歌」がきっかけになって) 22

 

もしわたしが煙だったら地に少しふれてそれからずっと漂う (東直子『角川・短歌』2022年2月号、昔の和歌では、自分の魂が、死後に身体が焼かれて「煙」になると詠まれることがあった、この歌の「煙」が「地に少し触れてそれからずっと漂う」のは、人々が愛おしいからだろう) 23

 

クリスマスゆき交ひて船相照らす (加藤楸邨、映画のシーンかもしれない、あるいは日本の実景なのかもしれない、クリスマスの夜、豪華客船同士が海上ですれ違う、食堂や客室ではクリスマスを祝って明かりが輝いており、船客も甲板に出て互いに祝いあう) 24

 

美容室せまくてクリスマスツリー (下田実花、1955年刊の歳時記にあった句だが、おそらく当時は、まだ日本も貧しく、ほとんどの美容室は小さくて狭かったのだろう、でも多くの美容室がクリスマスツリーを飾ったのだろう、その感動が伝わってくる) 25

 

旅寝よし宿は師走の夕月夜 (芭蕉1687、伊賀に帰る途中、名古屋の俳人一井の家で連句会をした時の句、師走の澄んだ空に夕月夜がかかって美しい、「旅寝よし」とあるように、旅を楽しんでいる) 26

 

薪をわる妹一人冬ごもり (子規1893、正岡子規1867~1902は1889年に喀血し健康を害していた、この句は「草庵」と前書がある、上野に「子規庵」を建てた頃か、松山から母と妹を呼び三人で質素に住んだ、薪を割るのも自分ではなく妹、家に籠りがちな病身の子規の「冬ごもり」はリアル) 27

 

手桶提げてこまごまと買ふ年の市 (村上鬼城1865~1938、「年の市」は芭蕉にも出てくるから昔からあったのだ、鬼城は困窮した生活をしていた人、「手桶提げて」ということは日々の食べ物も買ったのだろう、正月用品だけを買うわけではない) 28

 

わかき人に交りてうれし年忘 (高井几董1741~89、几董は蕪村の弟子だった人、「年忘れ」は、いわゆる忘年会から家族だけのささやかなものまであったらしい、これは忘年会だろう、48歳で亡くなった几董だが、この句の時点で自分を「老人」と思っている) 29

 

此暮(このくれ)もまたくりかへしおなじこと (杉山杉風1647~1732、杉風は芭蕉の弟子で生活の援助もした人、「またくりかへしおなじこと」という感慨は微妙だ、特に変わったこともなくこれでいいのだ、ということなのか、今年もたいして良いこともなくまた過ぎていくのか、なのか) 30

 

行年(ゆくとし)の小買物して獨りもの (董雨、作者については分からなかったが、独身者なのだろう、家族なしに独り暮らしの人は、普段は仕事で人と会うが、暮れ正月の休みには一人になる、寂しいのだろう、人の顔が見たいから「小買い物」しに外出する) 31

折々の言葉(6) 11・12月ぶん

折々の言葉(6) 11・12月ぶん

 

詩の偉大な美しさは、それがあらゆるもの、あらゆる場所を興味あるものにするからである。(キーツ『手紙』)11.4

 

恋人を選ぶには片目を開ければ十分だけど、夫を選ぶには両目をしっかり開けなきゃ。慎重というメガネをかけて、顕微鏡にもかなうかどうかじっくり吟味する・・・とかなんとか言ったって、結局、私たち女はいつも、一番ダメな男を選んじゃうのよね。(ゴルドーニ『抜け目のない未亡人』)7

 

貴方はひどい人、ようやく私の顔の魅力が分かったのね、その途端に、私をものにしようとして、恋人のふりをするなんて! (コルネイユ『舞台は夢』)11

 

「美しきがゆえに愛されている者が、愛されているがゆえに、自分を愛している相手を愛さねばならない」という理屈はおかしいわ、だって、「僕は君が美人だから愛す、僕は醜い男だが、君も僕を愛さなくてはいけないよ」なんて、変でしょ。(セルバンテスドン・キホーテ』)14

 

部屋から出ていかなくても世の中のことは分かる。(『老子』、TVもネットもなかった時代だが、さすが老子)18

 

そう、そこが肝心な点じゃ。そこにこそ、わしの営みの微妙な所があるのよ・・。重要なのは、原因もなく狂態を演じること、わしの思い姫に、理由もなくこれだけの事をするなら、理由があったらどんな事になるのかしら、と思わせるところにあるのじゃ。(セルバンテスドン・キホーテ』) 21

 

楽しいことだけを考えていればいいんだよ。神々だって恋に落ちるときには、身を落としてけだものの姿をおとりになった。(シェイクスピア冬物語』) 25

 

自分自身の悩みや他人の悩みのことで感動することがどんなに快いことか、それを人は知らないのです。感じやすいということは、運命や出来事に左右されない一種の自足の気持ちを、心のなかにもたらします。(ルソー『新エロイーズ』) 28

 

恋人として冷たい人こそ、友としていささか頼むに足りる。(ルソー『新エロイーズ』)12.2

 

シェイクスピアの作品は女性の体のようなもの。そこにあるだけで美しい。なのにこれまで下手な衣装を着せられすぎた。私がやっているのは、それを何枚か脱がせる作業です。(ピーター・ブルック、来日時インタヴューより) 5

 

「人間」は、現れたものである以上、消えつつあるものだ。・・・おそらく、その終焉は間近い。・・・賭けてもいい、いつか人間は[海岸の]波打ちぎわの砂の表情のように消滅するであろう。(フーコー『言葉と物』) 9

 

言葉は天をめざすが心は地にとどまっている。心のともなわぬ言葉がどうして天に届こうか。(『ハムレット』) 12

 

こと愛情に関しては、気まぐればかり言いおって、親の私がいくら選んでやっても、同意したためしがない。(コルネイユ『舞台は夢』)16

 

これほどにも子供なのだよ! ただ[彼女の]一瞥に恋い焦がれて! これほどにも子供なのだよ! (ゲーテ『若きヴェルテルの悩み』)19

 

なぜなら、他人に合わせて生きないということが、自由人の特質であるから。(アリストテレス『弁論術』)23

 

準則というものは、人の心が一そうよく分かるにつれて、かえって普遍的でなくなるものです。(ルソー『新エロイーズ』)26

 

君と僕は、どちらも頭が切れすぎて、穏やかに愛を打ち明けあうのは無理だね。(シェイクスピア『から騒ぎ』)30