今日のうた(140)  12月ぶん

今日のうた(140)  12月ぶん

 

道端の手袋が詩にされたがる (平安まだら「東京新聞・俳壇」11月27日、石田郷子選、「手袋の落とし物。それはよく詩や俳句に詠まれる情景だが、そのこと自体を俳句にしてしまった発想がユニーク」と選者評。たしかに「されたがる」に俳諧の味わい) 1

 

熱燗(あつかん)でまるごと冬になりにけり (丸山巌子「朝日俳壇」11月27日、長谷川櫂選、「体全体が冬になったような気がするのだろう。この世全体も」と選者評、たしかに「熱燗」をぐいぐいやって、ふーっとするとき、冬という季節を体の奥まで感じる) 2

 

疑わず木の葉は降って垂直に首のうしろの急所は裸 (井芹純子「東京新聞・歌壇」11月27日、東直子選、木の葉が上から落ちてきて、「首のうしろ」から背中までストンと入った、そこはたしかに「裸の急所」、木の葉くんよく知ってるのね、「疑わず降ってきた」もの) 3

 

小さき指の破りし障子貼り替へて冬のはじめのひかり浄らか (竹田元子「朝日歌壇」11月27日、高野公彦選、幼子が障子を指で突いて穴だらけにしてしまった、でもそれが可愛いからしばらくそのままにしておいた、「冬のはじめ」のある日、貼り替えた障子を通して「浄らかな光」が差し込む) 4

 

里人の言寄せ妻を荒垣の外にや我が見む憎くもあらなくに (よみ人しらず『万葉集』巻11、「あの娘と僕とはもうできているという噂が先に立っちゃった、その娘が今、垣根の向こうに立っている、ただ見ているだけなんていやだ、早く僕のものにしたいな、何て可愛いんだい君は」) 5

 

玉櫛笥(たまくしげ)明けば君が名たちぬべみ夜ふかく来しを人見けむかも (よみ人しらず『古今集』巻13、「美しい櫛箱が開くように夜が明けてしまったら、貴女に男ができたという噂が立つだろうから、夜の暗いうちにお別れしたけど、ひょっとして誰かに見られたのでは」、秘密の恋は辛い) 6

 

もの思へばわれか人かの心にもこれとこれとぞ著(しる)く見えける (和泉式部『家集』、「[冷たい貴方に忘れ草と忍ぶ草を同封したわ]だって、あんまりじゃない、もう私、思い乱れちゃって、自分が誰だかも分からなくなっちゃったけど、この二つの草だけははっきり分かるの」) 7

 

手枕のうゑに乱るる朝寝髪したに解(と)けずと人は知らじな (西住法師『千載集』巻12、「目が覚めたな、僕の手枕に君の髪が激しく乱れたまま眠っているね、すごい恰好だけど、(下半身の)セックスはしなかったなんて、人には分からないよね」、作者は西行の年長の友人) 8

 

我が戀は逢ふにも返すよしなくて命ばかりの絶えや果てなむ (式子内親王『家集』、「私の恋は、貴方に逢えたらもうそのまま息絶えてもいいの、でもそれさえかなわずに、貴方に逢える前に私の命が絶えてしまうかもしれない、あぁ、何て悲しいこと」) 9

 

たのみなき若草生ふる冬田かな (炭太祇、秋に田の稲を刈り取った後には、緑色の小さな芽が伸びてはくるが、それは「たのみなき」もので、やがて枯れてしまう、作者1709~71は江戸中期の俳人、島原遊郭で遊女たちに俳句を教えたりもした) 10

 

冬雲は薄くもならず濃くもならず (高濱虚子、嵐のときは別として、冬の晴れた日の雲は、夏の雲や秋の雲に比べると、動きがやや少ないように思う。より正確には「薄くもならず濃くもならず」なのかもしれない) 11

 

はつきりと月みえてゐる枯木かな (星野立子1932、夜の月は、もともとは天空に浮かんでいるが、それが「枯れ木」の間から見えると、とくに美しい、「はつきりと」と詠んだのが卓越) 12

 

眞直ぐに道あらはれて枯野かな (蕪村、道なんかない枯野をぶらぶら歩いていたら、突然、進行方向と同方向に「真っすぐな道が現れた」驚き、景がぱんと開けて、「さあ、おいで」と呼ばれているような気がする) 13

 

ただ一羽離れて行くか鴨の聲 (大島蓼太、作者1718~87は江戸後期の俳人、おそらく水面を何羽かのカモが泳いでいて、そのうちの一羽が離れてゆくのだろう、「クエーッ」という美しくない声を出しながら) 14

 

熱湯をくゞりて青き冬菜かな (鼎耳、「冬菜」は冬に栽培する菜の総称、どの「冬菜」も、ゆでた直後の緑色の映えが素晴らしい、「熱湯をくぐりて青き」と一息でズバリと言えるのが俳句、作者の鼎耳については分からなかった) 15

 

始祖鳥の粗い翼をバリバリとひらく八本骨の洋傘 (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、作者の短歌はどれもメタファーが素晴らしいが、この歌も、「洋傘」と「始祖鳥の粗い翼」との類似を発見したことに基づいている) 16

 

水準器。あの中に入れられる水はすごいね、水の運命として (穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』2001、「水」と一緒の(空気の)泡も含めて言っているのだろう、水準器の中の水はずっとそこにある「運命」なのだ、地球を循環する水の在り方としては珍しい) 17

 

〇〇をこよなく愛すと書いてみたい著者紹介の欄に小さく (川谷ふじの『短歌研究』2022年7月号、作者2000~は18歳のとき短歌研究新人賞を受賞、まだ新進歌人、著者紹介欄に「〇〇をこよなく愛す」とか書けるのは大家だけだから、たしかに「書いてみたい」よね) 18

 

ペンラの色たましひのいろ、たましひを“推し”とふ色に灯して振れり (田口綾子『短歌研究』2022年7月号、作者1986~は2008年に短歌研究新人賞・受賞、女子高校生ではないが、友人とともにアイドルのライブに行くらしい、「ペンラ」はペンライト、「推し」に向かってひたすら「振る」) 19

 

幼いと言われ続けて三十を超えてもこどもがこどもを産んで (馬場めぐみ『短歌研究』2022年7月号、作者1987~は2011年に短歌研究新人賞・受賞、昔と違い最近は精神的に「大人」になるのが遅い、作者は30歳を越えて「こども」を産んだが、まだ自分も「こども」でいる気分) 20

 

どこまでも魅力を知らない気づかない白鳥のまま終はりたかった (山木礼子『短歌研究』2022年7月号、作者1987~は2013年に短歌研究新人賞・受賞、おそらく「白鳥」は自分のことなのだろう、とてもデリケートなナルシスティックな感情なのか) 21

 

でも会えた、声を交わした、わたくしが言葉を持ったただそれゆえに (野口あや子『短歌研究』2022年7月号、作者1987~は2006年に短歌研究新人賞・受賞、長い時間を経たのち、昔の恋人に会う機会があったのだろうか、偶然、自分の「言葉=短歌」がきっかけになって) 22

 

もしわたしが煙だったら地に少しふれてそれからずっと漂う (東直子『角川・短歌』2022年2月号、昔の和歌では、自分の魂が、死後に身体が焼かれて「煙」になると詠まれることがあった、この歌の「煙」が「地に少し触れてそれからずっと漂う」のは、人々が愛おしいからだろう) 23

 

クリスマスゆき交ひて船相照らす (加藤楸邨、映画のシーンかもしれない、あるいは日本の実景なのかもしれない、クリスマスの夜、豪華客船同士が海上ですれ違う、食堂や客室ではクリスマスを祝って明かりが輝いており、船客も甲板に出て互いに祝いあう) 24

 

美容室せまくてクリスマスツリー (下田実花、1955年刊の歳時記にあった句だが、おそらく当時は、まだ日本も貧しく、ほとんどの美容室は小さくて狭かったのだろう、でも多くの美容室がクリスマスツリーを飾ったのだろう、その感動が伝わってくる) 25

 

旅寝よし宿は師走の夕月夜 (芭蕉1687、伊賀に帰る途中、名古屋の俳人一井の家で連句会をした時の句、師走の澄んだ空に夕月夜がかかって美しい、「旅寝よし」とあるように、旅を楽しんでいる) 26

 

薪をわる妹一人冬ごもり (子規1893、正岡子規1867~1902は1889年に喀血し健康を害していた、この句は「草庵」と前書がある、上野に「子規庵」を建てた頃か、松山から母と妹を呼び三人で質素に住んだ、薪を割るのも自分ではなく妹、家に籠りがちな病身の子規の「冬ごもり」はリアル) 27

 

手桶提げてこまごまと買ふ年の市 (村上鬼城1865~1938、「年の市」は芭蕉にも出てくるから昔からあったのだ、鬼城は困窮した生活をしていた人、「手桶提げて」ということは日々の食べ物も買ったのだろう、正月用品だけを買うわけではない) 28

 

わかき人に交りてうれし年忘 (高井几董1741~89、几董は蕪村の弟子だった人、「年忘れ」は、いわゆる忘年会から家族だけのささやかなものまであったらしい、これは忘年会だろう、48歳で亡くなった几董だが、この句の時点で自分を「老人」と思っている) 29

 

此暮(このくれ)もまたくりかへしおなじこと (杉山杉風1647~1732、杉風は芭蕉の弟子で生活の援助もした人、「またくりかへしおなじこと」という感慨は微妙だ、特に変わったこともなくこれでいいのだ、ということなのか、今年もたいして良いこともなくまた過ぎていくのか、なのか) 30

 

行年(ゆくとし)の小買物して獨りもの (董雨、作者については分からなかったが、独身者なのだろう、家族なしに独り暮らしの人は、普段は仕事で人と会うが、暮れ正月の休みには一人になる、寂しいのだろう、人の顔が見たいから「小買い物」しに外出する) 31