[今日のうた] 12月
何となく汽車に乗りたく思ひしのみ/汽車を下(お)りしに/ゆくところなし (啄木『一握の砂』1910、この寂しさ。啄木は人一倍寂しがり屋だったにせよ、誰にでもこういう気持ちになるときは多少ともあるのではないか、だから共感できる) 12.1
あなたは誰かと生きてほしいの、と言われたことが今も火口湖 (砂崎柊「東京新聞歌壇」12.1東直子選、「交際を断る、あるいは別れを切り出すときの口実として言われた言葉だろう。思い出すたびに胸が締めつけられるような感覚を「火口湖」で示した」と選評) 2
姉と外で飲むのもいいな特別で大事な話もあるらしいから (松田わこ「朝日歌壇」12.1馬場あき子/永田和宏共選、作者は若い女性か。オースティン『高慢と偏見』では、深夜にリジーは姉のジェインの寝室で結婚候補者について長い間話し合う、親に聞かれたくない会話も) 3
んびんびとんぐんぐんぐんと今年酒 (瀧本敦子「東京新聞俳壇」12.1 小澤實選、「今年酒、今年醸した新酒のこと、それ以外は、すべてオノマトペ。ふたりいてともに新酒を楽しんでいるか」と選評) 4
帰郷して最後と思ふ月仰ぐ (柴田香織「朝日俳壇」12.1長谷川櫂/大串章共選、実家がやがて取り壊されるのか、実家ではよく月を見た、でもここで月を見るのはこれが最後だろうか) 5
何おもふ冬枯川のはなれ牛 (久村暁台、冬枯れた淋しい川の横に、群れから「離れた牛」がぽつんと一匹いるのだろう、「何おもふ」がいい、まるで人間のような風格があるのか、作者1732-92は江戸中期の尾張の俳人) 6
満開にして淋しさや寒桜 (高濱虚子、「寒桜」とは「冬桜」のこと、群馬県鬼石町のフユザクラは何度か見たことがあるが、白くて小さい花で、「満開」であっても何だか「淋しい」感じだ) 7
女の子枯木に顔を当てゝ泣く (高野素十、「女の子」と「枯れ木」というかけ離れたものの取り合わせの妙) 8
冬木(こ)だち月骨髄(こつずい)に入る夜かな (高井几董、冬木立の向こうに月が冷たく輝いている、「月の冷気が骨髄の中まで入ってくる」くらい、しんしんと冷える、作者1741-89は蕪村の弟子) 9
「動く」「いや動かない」「いや」真夜中に二人そろってまりもを見張る (伴風花『イチゴフェア』2004、彼氏と一緒に「真夜中に」マリモを「見張っている」というのがいい、マリモは藻だから動物のように動いたりはしないはずだが、わずかに浮き沈みがあるのか) 10
「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ (俵万智『サラダ記念日』、さっぱりと詠んでいるが、恋って本当にいいものだね、と感じさせる) 11
ただ一挺の天与の楽器短歌といふ人体に似てやはらかな楽器 (永井陽子『ふしぎな楽器』、作者にとって「短歌」は「楽器」なのだ、「一挺」というからには弦楽器のイメージか、「人体のようにやはらかく」て歌が溢れてくるヴァイオリンのような「楽器」) 12
地図にない離島のような形して足の裏誰からも忘れられている (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』、「足の裏」を「離島」と捉えたのがいい、たしかに自分の「足の裏」はめったに見ることはないし、ふだんは「誰からも忘れられている」) 13
をり鶴のうなじこきりと折り曲げて風すきとほる窓辺にとばす (栗木京子『中庭』、「こきり」というのは作者が作った擬態語らしい、「をり鶴のうなじ」をキュッと固く「折り曲げて」最後の形を整え、窓辺に飛ばした) 14
恋にうとき身は冬枯るる許(ばか)りなり (子規1894、子規27歳の句だが、そういえば彼は恋はしなかったのか) 15
ただ寒し封を開けば影法師 (漱石1905、東大英文科の教え子で弟子の鈴木三重吉が自分の影法師を写して送った手紙の返信として作られた句、三重吉は白い紙に鉛筆で影を写したのだろうか、ユーモアの絵に返したユーモア句だろう) 16
茶店とも酒保とも雪の一件家 (河東碧梧桐1906『新傾向句集』、「酒保」は酒を売る店。碧梧桐は虚子の親友で、ともに子規門下だが、子規没後の頃から「新傾向」の俳句を作り始めた、これはその「新傾向俳句」を作る大旅行の途中の句) 17
ふるさとに身もと洗はる寒さかな (室生犀星1929、作者は40歳で東京在住、冬、故郷の金沢にちょっと寄ったが、うまく知人に会えず、「あなた誰?」みたいに言われたのだろう、たしかに「寒い」) 18
争ひに負けたる蟹は崖を落つ (山口誓子『和服』1955、浜辺の砂の上ではなく、「崖」で「蟹の争ひ」があった) 19
雪はげし夫(つま)の手のほか知らず死す (橋本多佳子『紅絲』1951、有名な「雪はげし抱かれて息のつまりしこと」もそうだが、「はげしく降る雪」の中で作者は、1937年に亡くなった夫・豊次郎を想起する) 20
古麗錦(こまにしき)紐解き放(さ)けて寝るが上(へ)に何(あ)ど為(せ)ろとかもあやに愛(かな)しき (よみ人知らず『万葉集』巻14 、「高価な古麗錦の下着の紐を解き放って、こうして君と共寝している! もはやこのうえ何しろって言うのさ、この僕に、可愛い人よ」) 21
寄るべなみ身をこそ遠くへだてつれ心は君が影となりにき (よみ人『古今集』巻13、「ああ、貴女は僕を近付けてくれません、僕の体はいつも遠く隔たったまま、でも僕の心は、いつも貴女の影となって、貴女にぴったりとくっついています) 22
色にいでて人にかたるな紫の根ずりの衣きて寝たりきと (『和泉式部』続集、「[ねぇ源頼信さん、紫の直垂を私の所に置き忘れて帰った貴方に、これお届けしますけど] この紫の衣を着て、私の所に泊まったなんて、はっきり人に言わないでね、貴方ってすぐ言っちゃうんだから、もう」) 23
思ふをも忘るる人はさもあればあれ憂きをしのばぬ心ともがな (源有房『千載集』巻15、「僕がこんなにも貴女を想っているのに、貴女は僕を忘れてしまった、そんな人はもうどうにでもなれ、つれない人を慕うことなんかない心がほしいよ、ああ」) 24
頼めぬに君来(く)やと待つ宵のまの更けゆかでただ明けなましかば (西行『新古今』巻13、「必ず行くよと貴方が言ったわけではないけれど、ひょっとして、もしかしたらと、ひたすら待つ私、あぁ、このまま夜が更けるのではなく、いっそ明けてしまえばどんなに楽かしら」) 25
あはれあはれ思へば悲し終ゐ(つひ)の果て偲(しの)ぶべき人誰となき身を (式子内親王『家集』、「あぁ、何て悲しいことかしら、私もついに死ぬのね、私を想ってくれる人が誰かいてほしいけれど、あぁ、誰もいない」) 26
年忘(としわすれ)老は淋しく笑まひをり (高濱虚子、「年忘」とは忘年会のこと、虚子は大勢の弟子たちに囲まれてご機嫌なのだろう、自分のことを「淋しく笑まひをり」と茶化している) 27
流れ木のあちこちとしてとし暮ぬ (一茶、一茶は江戸の下町住まいだから、近所の水路のようなところかもしれない、「流れ木があちこちに」浮かんでいるのが年の暮れを感じさせるのか) 28
歳晩(さいばん)の水を見てゐる橋の上 (加藤耕子、暮れも押しつまる頃になると、橋の下のいつも見慣れている河の水が、なにか少し違っている気がする) 29
降る雪に楽器沈黙楽器店 (大橋敦子、「雪がしんしんと降っている、いつもは楽器の音が聞こえている楽器店も、今日は沈黙している」) 30
年の夜(よ)やポストの口のあたたかし (宮坂静生、「年の夜」は大晦日の夜、作者は手紙(おそらく年賀状)を郵便ポストに入れたのだろう、その瞬間、手紙を快く受け入れてくれた「ポストの口があたたかく」感じられた、ただしこれは昔の丸い郵便ポストだろう) 31