[今日のうた] 7月

[今日のうた] 7月

 

硝子戸(がらすど)に硝子戸うつり明けやすし (柴田白葉女、夏至の前後は「短夜」だ、今朝も早くから室内が明るく、硝子戸に別の硝子戸が映ってみえる、作者1906-84は飯田蛇笏に師事、『雲母』同人)  1

 

啼く鳩のところさだめて梅雨の日々 (飯田龍太1950『百戸の谿』、雨がしとしと降り続く「梅雨の日々」、野鳩もあまり動かず、ほぼ同じ場所にいるのか、「ところださめて啼く」声が、ややもの悲しい)  2

 

青空は遠夏山の上にのみ (中村草田男1937『火の鳥』、梅雨明け直後の完全な夏空と違って、それ以前は曇りの日々が多い、「青空」は「遠くに見える夏山の上にのみ」見える) 3

 

競泳の勝者しづかにただよへり (小室善弘、競泳で、泳者が次々にゴールイン、一番勝った泳者は、そのあとすぐに上がらず、「しづかにただよって」いる、さすがの貫禄) 4

 

女の子水を散らして泳ぎけり (高濱虚子1936、小学生くらいの「女の子」だろう、水をやたらとバシャバシャ「散らして」いるが、あまり進まない、頑張れ、もう少しで上手くなるよ) 5

 

蚊帳にさめいきづく今を愛(かな)しめる (山口誓子1935、誓子には珍しい愛妻句、四句並ぶうちの一句、7年前に結婚した妻と蚊帳で寝ているが、二人とも早朝に目が覚めてしまった、子どもはいない、横に並んでいる妻の息づかいと自分のそれを静かに聴いている) 6

 

学ぶ子に暁四時の油蝉 (橋本多佳子1942、「(四女)美代子入試のため暁よりはげむ」と前書、夫亡きあと多佳子は四人の娘を必死で育てていた、当時美代子は16歳、暁に起きて勉強しているが、傍らに母もいる) 7

 

ほほづゑの子にデコぴんやシャーベット (石井真由美 「東京新聞俳壇」7月7日 石田郷子選、「「デコぴん」は相手の額を指ではじくこと。ぼんやり頬杖を突いている子に「こら」とデコぴんをして、シャーベットを置いてあげた母」と選者評) 8

 

周期ゼミ素数の門をいくつ過ぐ (新井高四郎 「朝日俳壇」7月7日 高山れおな選、「2種の素数蝉 (そすうぜみ)が221年ぶりに同時発生。「素数の門」が自然の神秘を思わせる」と選者評、「周期蝉」=「素数蝉」とは正確に13年/17年周期でのみ発生する北米の蝉らしい ) 9

 

雨音に目を覚ます夜 栞紐の寝ぐせを撫でてふたたび眠る (山田香ふみ 「東京新聞歌壇」7月7日 東直子選、雨夜にベッドで本を読んでいると、雨音についうとうと、再び雨音に目を覚ますと、頁からはみ出た「栞紐にも寝ぐせ」がついて捻じれている、栞紐を「撫でてやって再び眠る」 ) 10

 

ポルシェ止めアルマーニ脱ぐ影もなし瀬戸の渡りの秋の夕暮れ (黒岡信幸「朝日歌壇」7月7日 佐佐木幸綱選、「藤原定家「駒とめて袖打ち払ふ影もなし佐野の渡りの雪の夕暮れ」のパロディ。「駒」をポルシェ、「袖」をアルマーニとしたアイデアが楽しい」と選者評) 11

 

君が行く道の長手(ながて)を繰り疊(たた)ね焼き滅ぼさむ天(あめ)の火もがも (狭野弟上娘子『万葉集』巻15、「いとしい貴方が流罪になった越前の国までの、長い長い道を、手繰って、引き寄せて、折り畳んで、焼き払ってしまいたい、そのための天の火がほしいわ!」、燃えるような相聞歌) 12

 

かぎりなき思ひのままに夜も來む夢路をさへに人はとがめじ (小野小町古今集』巻13、「貴方を恋する私の気持ちには限りはありません、なかなか逢えずに、昼のうたた寝の中で貴方に逢ったけれど、夜にもまた夢の中で行くわ、夢路なら誰もじゃまできないから」) 13

 

夢にだに見で明しつる暁の戀こそ戀のかぎりなりけれ (和泉式部『新勅撰集』、「あぁ、敦道親王さま、亡くなった貴方にせめて夢で逢おうと、眠れない夜を無理にまどろんだのですが、眠れないまま暁になってしまった、普通なら後朝の朝なのに、あぁ何て辛い「暁の戀」) 14

 

夏の日の燃ゆるわが身のわびしさに水戀鳥(みづこひどり)の音(ね)をぞのみ鳴く (伊勢の恋人の男?『伊勢集』、伊勢の恋人の男が詠んだことになっているが、伊勢自身が「代詠」を楽しんでいるのかもしれない) 15

 

一昨年(をととし)も去年(こぞ)も今年(ことし)も一昨日(をととい)も昨日(きのふ)も今日(けふ)もわが戀ふる君 (源順[みなもと の したごう]『家集』、この歌は「勢い」があるのが面白い、作者911-83は嵯峨源氏に属する貴族で、三十六歌仙の一人) 16

 

沖ふかみ釣する海士(あま)のいさり火のほのかに見てぞ思ひ初めてし (式子内親王『家集』、「遠い沖で釣りをしている漁師がいさり火でほのかに見えるように、遠くに見える貴方の姿にあこがれて、私の恋が始まったのよ」、無限の距離をも引き寄せる<あこがれ>が式子の恋) 17

 

世のつねの松風ならばいかばかり飽かぬ調べに音も交(かは)さまし (建礼門院右京大夫『家集』、[琵琶の名手実宗から合奏を誘われた返し]「もし私が人並みの琴の音を出せるならば、ぜひ貴方の妙なる調べと「交わしたい」のですが、しかし・・」、巧みな誘いをうまく躱(かわ)す) 18

 

草づたふ朝の螢よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ (斎藤茂吉『あらたま』1921、「昨夜美しく光ったあの螢は、朝には、草を伝ってうごめく小さな黒い虫になっている、螢の光は「短い命」そのものなのだ、あぁ螢よ、汝(なれ)はこのまま死なないで」) 19

 

闇の夜や子ども泣き出す蛍舟 (野沢凡兆、「蛍の名所瀬田川の蛍見の舟に乗った、真っ暗闇の中を舟は川面を静かに滑ってゆくと、突然、小さな子どもが大声で泣き出した、あぁ興覚め、やっぱり子どもに蛍見は無理や」) 20

 

螢見(ほたるみ)や松に蚊帳つる昆陽(こや)の池 (上島鬼貫、「昆陽の池は螢の名所、でも蚊も多い、だから松の木に蚊帳を吊って、人間さまはその中に入って螢を見るのだ」、鬼貫らしい俳諧の味) 21

 

合歓(ねぶ)の木の葉越しも厭へ星の影 (芭蕉1690、「今夜は七夕、彦星と織姫が年に一度だけデート(合歓)するロマンチックな夜だよ、合歓(ねぶ)の木のあのシダのような形の大きな葉の影からこっそり覗きたいけど、そんなことしてムード壊しちゃダメよね」) 22

 

飛び石も三つ四つ蓮の浮き葉かな (蕪村、「戒律のきびしい律院の境内には塵ひとつない、本堂の前には、丸い飛び石が三つ四つあるだけ、まるで清らかな池に蓮の葉が浮いているみたいだ」、飛び石を蓮の浮き葉に譬える絵画的な句) 23

 

石原や照りつけらるる蝸牛(かたつぶり) (一茶、「石ばっかりの野原だな、カタツムリくんも、夏の強い日差しに照りつけられて、苦しいよね」、小動物に優しい一茶、我々も、夏はアスファルト道路をあえぎながら渡るミミズなどを見ることがある) 24

 

口笛を夜に吹いたらその音がわたしの本体であとを追う (津島ひたち『短歌研究』2024年7月号、短歌研究新人賞・次席、「口笛を吹いたら自分でも驚くほどのいい音が出て、その音が前方へと広がっていくのが分る、夜だからだろうか、何だか音の方が「わたしの本体」のような気がする) 25

 

なにもかも語り終わった無邪気さで溌剌と白いGoogleの窓 (吉田懐『短歌研究』2024年7月号、短歌研究新人賞・佳作、「Googleの窓」とは、検索を書き込む白い空白の囲みだろうか、確かにあの空白の囲みには独特の感じがある、その「窓」はクリックしたのちに語り始めるのだが、すでに「なにもかも語り終わった無邪気さ」を感じる作者) 26

 

いつも電車で見ている川に沿う道を選びたい私の遠回り (工藤吹『短歌研究』2024年7月号、短歌研究新人賞・受賞作、作者が昼に起きたら風邪をひいており、ドラッグストアに薬を買いに行くだけの往復を30首に詠んだ、ゆったりとした空間感覚があり、この歌もそう) 27

 

階段をあなたが先に降りていく想像上の指でつむじ押す (石田犀『短歌研究』2024年7月号、短歌研究新人賞・佳作、あなた[=彼氏]が階段を「先に降りていく」とき、どうしても「つむじ」に目がいってしまう、それを「想像上の指でちょっと押してみる」、素敵な恋の歌) 28

 

おもひでの山おもひでの川うつくしい塩の柱に変はりゆく国 (川野里子『短歌研究』2024年7月号、「塩の柱」が悲しい、燃えるソドムとゴモラを振り返って見たために「塩の柱」になってしまったロトの妻(『創世記』)が、今の日本の暗喩なのか) 29

 

先々の予定ぽちぽち打ち込めばどこまで嘘かわからなくなる (小佐野弾『短歌研究』2024年7月号、スケジュール管理アプリに、「先々の予定」を打ち込むのだが、先になればなるほど「つもり」「たぶん」の比重が増え、自分でもどこまで本気か分からない) 30

 

だれとでも交換可能な丸石になるように波に洗われていた (塚田千束『短歌研究』2024年7月号、海や河の「波に洗われる」うちに、個性的な形の石も尖がった部分を失い、ついには皆同じ形の「丸石」になって見分けがつかない、人も同じか、「だれとでも交換可能」なのは寂しい) 31