[今日のうた] 9月ぶん
(写真は、野見山朱鳥1917~70、虚子に師事し「ホトトギス」同人となる、絵の才能もある人だったが、胸を病み病床詠も多い)
- はいよ、って渡せば何も言われずに持ち去られた思い出が作られる
(平出奔『短歌研究』2020年9月号、第63回短歌研究新人賞・受賞、作者1996~が、ある町の小学校の校庭脇を通ったら、ボールが飛び出してきた、拾って渡したが、小学生はそれを奪うように無言で受け取り、そのまま走り去って行った) 9.2
- 煙ではない? ビルをまわって近づけばおもってたより空の遠くに
(公木正『短歌研究』2020年9月号、第63回短歌研究新人賞・次席、作者1974~は日常生活の細部を、ざっくりした口調の口語短歌で詠む人、高層ビルが林立する都市では、遠近感がうまく働かないことがある) 9.3
- 足元に蟻が来てます新任の教師はとにかくあまいのだろう
(鳥本純平『短歌研究』2020年9月号、第63回短歌研究新人賞・候補作、作者1989~は高校教員、同僚の新任教員なのか、新任の先生はまだ自信がないので生徒に「あまい」人が多いのだろう、たまたま「足元に蟻が来てます」) 9.4
- 巻き雲が尾をひき並び夕焼けぬ
(橋本多佳子1935、作者の初期の作品、雲の形を通じて夕焼けの美しさを詠んでいる、「尾をひき並び」がいい、そういえば巻き雲の「尾」ってどのくらい長いのか、どんな感じに「並ぶ」のかなと、思わず想像してしまう) 9.5
- 汽車とまり大いなる虫の闇とまる
(加藤楸邨『穂高』1935、田畑の中にぽつんとあるホームだけの小さな駅だろうか、夜になっても人家の明りはほとんどない、真っ暗な闇に虫の声だけが拡がるが、しかし汽車が音を立てて停車したので、一瞬、虫の声がやんだ) 9.6
- 秋果盛る灯にさだまりて遺影はや
(飯田龍太『百戸の谿』、「昭和二十二年九月、長兄がレイテ島で戦死の公報あり」と前書、戦死だろうとは思っていたが正式の通知が届いた、さっそく遺影が「灯にさだまりて」見えるのが悲しい) 9.7
- ばう然と野分の中を我來たり
(高濱虚子1896、帰宅するにせよどこかに行くにせよ、台風の中を歩くとき、人は「ばう然と」なるのだろうか、「我」と自分について言っているのが卓越) 9.8
- 四肢衰へて見る白桃は夢のごとし
(森澄雄1948、作者は結婚してすぐ上京し社会科教師になるも、腎臓を病み入院する、人生で健康が最悪の時期、ほとんど動けずに病室のベッドに横たわっていると、「白桃」が供された、「夢みたいだ」と感じる) 9.9
- いじめられたことなき人と並び観るグラン・ブルーとても遠いな
(佐巻理奈子「水底の背」、『歌壇』2019年2月号、作者1988~は第30回歌壇賞候補、子どもの頃いじめられっ子だった作者は、人をみると「この人はいじめられたことある?/ない?」がまず気になる、友人と映画を見てもそう) 9.10
- 眠れない夜の開脚ストレッチ わたしを象形文字にほどいて
(椛沢知世「切り株の上」、『歌壇』2019年2月号、作者1988~は第30回歌壇賞次席、眠れない夜に「開脚ストレッチ」をするのは、眠れるようにするためだろうか、「わたしを象形文字にほどいて」自分の本来の姿になるのか) 9.11
- くりかえす嘆きの儀式両の手の泡にしずかに顔をうずめて
(高山由樹子「灯台を遠く離れて」、『歌壇』2019年2月号、作者1979~は第30回歌壇賞受賞、毎日顔を洗うことは、作者にとって「嘆きの儀式」なのだ、怒りや悲しみを吐き出す儀式が必要なように、嘆きを吐き出す儀式も必要なのか) 9.12
- 全歌集を見るに空穂は三度までスペイン風邪に罹り死なずき
(島田修三『短歌研究』2020年9月号、歌人の窪田空穂1877~1967は人生でスペイン風邪に三度罹患したが死ななかったという、「全歌集」を見て知った驚き、「全歌集」からはそういうことも分るのだ、コロナ禍ゆえの歌) 9.13
- 鉄路よりしづけきものなし虫がなき
(山口誓子1940、真夜中すぎだろう、汽車が通るとき轟音を立てる「鉄路」も、汽車が通らないときはしんと静まり返っている、その静けさが虫の声を暗闇一杯に広げる) 9.14
- 何よりも自粛自粛や扇風機
(神郡一成「東京新聞俳壇」9月13日、石田郷子選、エアコンでは部屋の換気が行われないので、長らく使っていなかった扇風機を持ちだし、窓を開けて扇風機を回すのか、たしかにこれも「自粛自粛」だ) 9.15
- 誘ふ声応ふる声や虫の闇
(井芹眞一郎「朝日俳壇」9月13日、稲畑汀子選、「静けさが支配する中で、誘う声や応える声が聞こえてくる。厳かな雰囲気が描けた」と、選者評) 9.16
- お化け屋敷のお化けたちにもある悩みお客とのソーシャルディスタンス
(「朝日歌壇」9月13日、永田和宏選、「お化けたちもそれなりに気を遣っているんだ」と選者評、でもね、無音でそっと近づいて、至近にスッと現れるのが一番怖いのにね」) 9.17
- 君の持つ星の形を知りたくて目蓋の上より触れる眼球
(中原佳「東京新聞歌壇」9月13日、東直子選、素敵な恋の歌、作者は女子だろうか、恋人の瞳はキラキラと「星」のようだ、もとの「形を知りたい」と、まぶたの上から「触れて」みる、「繊細な場所だけに、主体と共にドキドキする」と選者評) 9.18
- やるせなき胸の愁を何とせんタンゴに込めて君と踊らん
(九鬼周造「巴里心景」1926、パリ留学中の哲学者は、女優や踊り子とたくさんの恋をした、この歌は匿名で『明星』に発表したもの、「君」と軽やかにタンゴを踊る、「胸の愁い」を込めながら踊る) 9.19
- 人もがな見せも聞かせも萩の花咲くゆふかげのひぐらしのこゑ
(和泉式部、「誰か人がいないかなぁ、見せたいなぁ、聞かせたいなぁ、夕陽にこんなに美しく咲いている萩の花を、こんなに響いているひぐらしの声を、でも誰もいないなぁ」) 9.20
- 叩きつる水鶏(くひな)の音も更(ふけ)にけり月のみ閉づる苔の戸ぼそに
(式子内親王、「あんなに叩くように鳴いていた水鶏もすっかり静かになったのね、この苔むすわび住まいは戸も閉めていないので、月の光が戸の代りのように射し込んでいる」、誰も人が来ない寂しさを詠む) 9.24
- 言はざりきいま来むまでの空の雲月日へだてて物思へとは
(藤原良経『新古今』巻14、「貴方は私に「すぐ行くからね」と言ったわよね、「空の雲が月や日を隠すように、月日を隔てて長い間物思いしろ」とは言わなかった、ひどいじゃない!」、訪れない男を恨む女の気持ちになって詠んだ) 9.25
- 心こそうたて憎けれ染めざらばうつろふことも惜しからましや
(よみ人しらず『古今集』巻15、「人の心というのは、まったく憎らしいものですね、もし僕の心が貴女だけに染められていなければ、そもそもそんなこともなかったのに、染められた色があせてゆくのはとても耐えられません」)9.26
- 我が背子に直(ただ)に逢はばこそ名は立ため言(こと)の通ひに何かそこゆゑ
(よみ人しらず『万葉集』巻11、「貴方に直接逢ってるのを人に見られたならばともかく、こうやってラブレターを交換してるだけなのに、なんでもう人の噂になるのかしら、恥ずかしいわ」、手紙を届ける女中がしゃべったか) 9.27
- 曼珠沙華(まんじゅしゃげ)散るや赤きに耐へかねて
(野見山朱鳥、曼珠沙華は別名がたくさんあり、彼岸花だけでなく、死人花、幽霊花、地獄花など、なんだかイメージが悪い、あの真っ赤な針で出来ているような形が不吉なのか、この句も「赤きに耐へかねて」が秀逸) 9.28
- さあ来いと大口あけて石榴(ざくろ)かな
(一茶、石榴は贅沢品だったのか、一茶は貧乏でめったに食べる機会がなかったのだろう、いや、珍しく食べられる機会があって、「さあ来いと大口あけて」待つ、なんだか悲しい) 9.29
- 栗飯のまつたき栗にめぐりあふ
(日野草城、栗ご飯の季節だ、食べる時には、ご飯の中の栗をつい見てしまう。立派な「まつたき栗にめぐりあふ」嬉しさ) 9.30