今日のうた66(10月)

charis2016-10-31

(写真は永井陽子1951〜2000、短大卒業後、図書館に勤務しながら短歌を詠み続けた、1995年に愛知文教女子短大助教授、2000年死去、その歌には、生きる寂しさと孤独を詠んだものが多い)


・木犀の香を距(へだ)たれる木に求む
 (山口誓子『激浪』1944、モクセイの花の香りは、少し離れたところの樹からもやってくる) 10.1


・コスモスにのりいれ吾子の乳母車
 (加藤三七子、乳母車に乗せた赤ちゃんに、「ほら、きれいでしょ」とコスモスを見せているうちに、群生の中に「乗り入れて」しまった) 10.2


・女郎花(をみなえし)憂(う)しと見つつぞ行きすぐる男山(をとこやま)にし立てりと思へば
 (布留今道『古今集』巻4、「美しい女郎花の花が咲いているけど、つまんないなと思いながら、通り過ぎる、だってそこは<男山>という場所だもの[=美しい女性だけれど、近くに彼氏がいそうだからちょっと口説けないな・・・]」) 10.3


・我がやどの尾花が上の白露を消たずて玉に貫くものにもが
 (大伴家持『万葉』巻8、「わが家の庭のススキに付いている白露は、本当に美しいなぁ、消えてしまわずに、玉として糸に通したいなぁ」) 10.4


・人間はギコギコギコギコ働いてふと消えてゆく霧の向こうへ
 (永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』2000、まだ40代の作者にとって人生は淋しいものなのか、木こりが一日じゅう木を切るように、毎日ただ仕事に追われ、そして、ふっと「霧の向こうへ消えてゆく」ように死んでゆく、この歌を詠んだ後、彼女の人生が実際にそうなったことが悲しい) 10.5


・ライオンを指さし幼なは「髪の毛がないのが女」と弟に言ふ
 (川西守、まだ年のいかない姉弟だろう、動物園で雄と雌のライオンを前に、「たてがみ」や「めす」という言葉を知らない小さな弟に姉が説明しているのか、それとも姉も知らないのか、ほほえましい子供たち) 10.6


・風澄むや鏡は空の写る位置
 (正木ゆう子『水晶体』1986、「風澄む」は秋の季語、雨の日が過ぎると、移動性高気圧に覆われて、青空がすがすがしい、作者は、自室に置かれた鏡が「空の写る位置」にあったことに、あらためて気づく)  10.7


・世間(よのなか)を厭(う)しと痩(や)さしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
 (山上憶良万葉集』巻5、「(貧窮の家からも役人は無慈悲に税を取り立てる)、何と醜い世の中、ああ嫌だ、身も細る思いがする、こんな世の中を捨てて飛び去れるように、鳥だったらよかったのに」、貧窮問答歌の一つ) 10.8


・防人(さきもり)に行くは誰(た)が夫(そ)と問ふ人を見るが羨(とも)しさ物思ひもせず
 (防人の妻『万葉集』巻20、「防人に行くのはどなたの旦那様かしら、なんて無邪気に尋ねてる女の人がいるわ、いいわよねえ、当事者じゃない人は」) 10.9


・きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか声の遠ざかりゆく
 (西行『新古今』巻5、「秋の夜が寒くなるにつれて、きりぎりすも弱っていくのだろうか、声がだんだん遠くなる」) 10.10


・とりにくのような せっけん使ってる/わたしのくらしは えいがに ならない
 (今橋愛、使い切る寸前で、がさがさに乾いた石鹸をまだ使っている作者、洗面所の鏡の前で、ふと自分の生活が散文的であることに気づく) 10.11


・ 体操着姿の君が去ったとき窓に網目があるのを知った
 (おざ・男・21歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、教室から運動場を凝視する作者、「下句の意外性がいい、「窓に網目」はずっとあったんだけど、ひたすら「君」の姿を見つめていたから、気づかなかったんだ」と穂村評、でも21歳?) 10.12


・ 抜け殻の君など見たくないけれど君の抜け殻なら見てみたい
  (ほうじ茶・女・22歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、素敵な身体の彼氏への相聞歌?「面白いですね。「抜け殻」「君」「見る」という言葉を繰り返しながら、上句と下句で鮮やかに世界が転換されている」と穂村評) 10.13


・ 大空に又(また)わき出(い)でし小鳥かな
 (高濱虚子1916、「小鳥帰る」は春の季語で「小鳥来る」は秋の季語、つまり俳句で「小鳥」というのは内地の移動も含めて「渡り鳥」のこと、秋の渡り鳥は空に群れをなして飛ぶので印象が強い) 10.14


・ 名月や池をめぐりて夜もすがら
 (芭蕉1686、芭蕉庵の傍らには池があった、名月に誘われて、池の周りをゆっくりと歩きながら思索する作者、一晩中とも思えるくらい長い間、池の周りにいたのだろう、今日は「中秋の名月」) 10.15


・ 年よりや月を見るにもナムアミダ
 (小林一茶1805、一茶の隣に住む老人だろうか、「中秋の名月」も来年はもう見られないかもしれないと思っているのか、いろいろな意味で名残惜しい月、昨日が「中秋の名月」で今日は満月) 10.16


・ ゆく水に数(かず)かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり
 (『伊勢物語』、「川の水に一生懸命数字を書いても、形は残りません、貴方を思っても思っても、何も返ってこないまま、むなしく虚空に消えてゆくのですね」、これは女性の歌、男性の返歌は明日) 10.17


・ ゆく水と過ぐる齢(よはひ)と散る花といづれ待ててふことを聞くらむ
 (『伊勢物語』50段、昨日の女の歌への男の返し、「流れ去る水、止められない加齢、散る桜の花、いずれも、我々が「ねぇ、待って」と叫んでも聞いてくれないでしょ、相手への気持がさめるのは僕だけじゃない、君だってそうなんだから、恨みっこなしね」) 10.18


・ 秋の色は籬(まがき)にうとくなりゆけど手枕(たまくら)なるる閨(ねや)の月影
 (式子内親王『新古今』巻4「秋めいて垣根の植物は色あせてきたけれど、逆に、寝室に差し込んでくる月光が、手枕をしている私の手になじんできたわ」、月光が男性のように「私の手枕に慣れる」のが色っぽい) 10.19


・ 見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとま屋の秋の夕暮
 (藤原定家『新古今』巻4、定家の代表作の一つ、海辺に漁師の粗末な小屋があるだけの秋の夕暮、だが、たとえ否定しても、いったん「花と紅葉」と言挙げしてしまえばそのイメージは消えない、と岩波・新古典文学大系の註) 10.20


・ 鳴く雁(かり)を仰ぐ六才ともなれば
 (辻田克巳「俳句」2005年10月、「上空で雁が鳴いたので、6歳の息子が思わず上を見た、まあ風流心からではないだろう、でも俳人の父としては、この子も詩心が分かるようになってほしいな」、「仰ぐ六才ともなれば」が俳諧的でいい) 10.21


・ 秋ゆくや母は林檎をうすくむく
 (吉岡実、作者は詩人、子供のときの想い出だろうか、作者の母はとても上手にリンゴの皮を薄くむいてくれる、それだけリンゴの食べる分が多くなるぞと、うずうずしてむき終わるのを待つ作者) 10.22


日本シリーズ釣瓶落しにつき変はり
 (ねじめ正也、作者は詩人ねじめ正一の父、野球好きで知られた人、「秋の陽はつるべ落しと言うが、日本シリーズの最中にあっという間に日が暮れて、試合の「つき」が変ってしまった」、昨夜は日本シリーズ第一戦) 10.23


・ ころあひにつきたる燗(かん)も夜寒かな
 (久保田万太郎、「夜寒(よさむ)」は秋の季語、昼間はそうでなくても夜になると寒く感じる、「燗を付けたお酒が、ちょうどいい温度になった、さあ、一人でしみじみと飲もうか」) 10.24


ペリカンは秋晴れよりもうつくしい
 (富澤赤黄男1940、作者は詩のような俳句を作る人、ペリカンの白さで秋晴れの深い青を詠う、しかし今年はまだ「秋晴れ」そのものが珍しい) 10.25


・ ハッピーバースデーはいつも誰かの為だけに声ふるると湯も跳ねて
 (もりまりこ『ゼロゼロゼロ』1999、好きな人がいるのだろう、誕生日にはいつもその人に「ハッピーバースデー」を歌ってあげる作者、湯船の中で一人その練習をしているのか、誕生日も近い、練習に力が入る) 10.26


・ 誕生日あなたがいれば新しくはじまるのだと思えてしまう
 (笹岡絵里『イミテイト』2002、まだ大学生の作者、今日は誕生日で彼氏と一緒だ、誕生日は「一つ歳をとる」といった消極的なものではなく、自分の人生が「新しくはじまる」ような嬉しい日) 10.27


・ いつだって言葉にばかり鋭くてしばらく君の目を見ていない
 (野口あや子『くびすじの欠片(かけら)』2009、作者はまだ20歳、彼氏の口から出るすべての言葉に、いつも意識を研ぎ澄ませている、視線は、どうしても彼の口元に行きがちで、彼の目を見ることがあまりない) 10.28


蛍光ペンかすれはじめて逢えぬ日のそれぞれに日没の刻あり
 (大森静佳『てのひらを燃やす』2013、作者1989〜の京大時代の作か、彼氏と遭えないある日、一日中本読みの作業を続けて、線を引くマーカーもかすれてきた頃、ふと外を見ると日没だ、彼も今この日没を見ているのか) 10.29


・ 今日こそが昨日の死者の望む明日
 (神原駿太・14歳、東京新聞連載「平和の俳句」2016年10月26日、「五七五のリズムの中をひとつの時が貫き、生者と死者がつながっているからには平和の俳句である」と、いとうせいこう氏評、14歳作とは素晴らしい) 10.30


・ 橋に架け木にかけ晩稲(おくて)刈りいそぐ
 (篠田悌二郎、「遅くなってしまった稲刈り、刈った稲を、橋にも架け、木にも架けているよ、よほど急いでいるんだな」、作者1899〜1986は秋桜子に師事した人、私の近所では稲刈りはほとんど終わったが)  10.31