[オペラ] ヴェルディ《運命の力》 Metライブ

[オペラ] ヴェルディ運命の力》 Metライブ Movixさいたま 4.22

(写真は舞台↓、男女の恋愛と戦争との関係が、本作の通奏低音のような主題となっている、それがとてもよく分る演出だった)

運命の力》はオペラとしては非常に深みのある作品だが、やや「問題作」でもあると思う。その理由は、本作が真の悲劇であるためには、復讐の鬼と化すドン・カルロにも何がしかの正義があり、ドン・カルロにも共感できなければならないのに、まったくできないからである。アルヴァーロの銃が暴発してカラトラーヴァ侯爵が死んだのは完全な偶然であり、アルヴァ―ロの責任はまったくない。恋人アルヴァ―ロと駆け落ちしようとした侯爵の娘レオノーラにも責任はまったくない。だから、アルヴァーロに復讐し、レオノーラを罰するために、二人を殺そうとするドン・カルロ(=レオノーラの兄)の行動には、正義はないはずだ。この点を作曲者であるヴェルディはどう考えていたのだろうか。そこが分らない。

 演出のトレリンスキ(ポーランド人)がインタヴューで言ったように、この上演にはウクライナ戦争が大きな影を落としている。ヴェルディには「アイーダ行進曲」のように、戦争を美しいものとして描くところもあり、本作では、ジプシーの娘プレツィオジッラが「戦争は美しい! 戦争は楽しい!」と繰り返し歌う場面があり(写真下↓)、兎の面を着けたバニーガールなど、戦争と性愛の密接なつながりが強調されている。それがよく分る舞台になっている。

レオノーレもアルヴァ―ロも非常に難しい役だが、リーゼ・ダーヴィドもセンブライアン・ジェイドも実に見事に歌い切った(写真下↓)。そして、インタヴューで紹介されたように、合唱の比類のない美しさ、崇高な美しさにも驚かされる。合唱の練習光景を見て、Metのオペラはここまで徹底した表現を追究していることに、あらためて感銘を受けた。