今日の絵(9) 5月後半

[今日の絵9] 5月後半

17黒田清輝 : 舞妓、1893

27歳の黒田がフランスから帰国して、京都で描いた絵、9年間滞仏した彼は京都も舞妓も初めてだ、「舞妓は小さな綺麗な鳥みたいで、触はつたら壊はれさうな一つの飾物」のように感じられたと書いている。舞妓も日本画ではしばしば描かれただろうが洋画は珍しかったか

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18 青木繁 : 女の顔、1904

青木繁1882~1911が、22歳、東京美術学校の最後の年に描いた恋人の福田たね(画学生だった)、彼女とは一子をもうけるが、身勝手な青木はやがて二人を捨てる、彼は彼女をヨーロッパ世紀末の画題の一つ「ファム・ファタール」と思い込んだらしい、彼女は十分に官能的だが、視線はやや虚ろか

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19藤島武二 : チョチャラ、1909

渡欧中にローマで描いた、「チョチャラ」とは花売り娘のことで、その独特の衣裳ゆえによく画題になった、この絵は、額、眼、頬、首の陰影によって彫りの深い顔が表現され、強い色を使わずに全体のバランスと調和が非常に美しい、胸元の塗りがやや粗いが、藤島の描く女性の特徴がすべて揃っている

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20中村 彝(つね) : 小女、1914、

中村1887~1924は美大にも行かず結核に苦しみつつ絵を描いた、モデルは恋人の相馬俊子だが求婚を断られ苦しんだ(彼女の母は画家や彫刻家を擁護したある文化サロンの中心の一人)、彼の描く人物画はどれも異様に存在感があり、「今、私の前に、あなたがいる!」という画家の声が聞こえる

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21村山槐多 : バラと少女、1917

詩人でもある村山1896~1919は22歳で死去、20歳で死んだ関根正二1899~1919と並ぶ大正期の夭折画家。どちらも絵から激しい「叫び」のようなものが聞こえる、この絵は、彼が執着したガランス(深い茜色)の燃えるような生命感がある、モデルは失恋した「お玉さん」か

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22萬鉄五郎 : 少女(校服のとみ子)、1923

画家は人物画として「女」や「子ども」を描く。その理由は救命ボートに女・子どもを優先するのと同じだろう。芸術とは、結局、存在するものの愛おしさ、存在することへの希望を表現するものだから。この絵は、よろず鉄五郎1885~1927の娘で13歳、彼女は16歳で死んだ

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23安井曾太郎 : F夫人像、1939

パリで随筆家の福島慶子を描いた、安井は若い時から際立った造形力を謳われたが、この絵は色彩も素晴らしい、モデルの福島は安井の友人だが、わざと描きにくい縞模様の服を着けて「安井の画力を試した」と言われる、いかにもそんなことをしそうな女性であることも完璧に描かれている

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26藤田嗣治 : カフェにて、1949

藤田1886~1968はフランス滞在が長いが、これはニューヨークで描いたもの。藤田は洋画に日本画の手法も取り入れ、その「乳白色の肌」はフランスでも人気があった。この絵も数少ない色のバランスが素晴らしい。背景の街の光景はパリになっている

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27 Marx Reichlich : The Jester,1520

「道化」は人物画の主題の一つ、シェイクスピア劇でも分かるように、道化は深みのある魅力的なキャラで、それゆえ画家の注意を惹いたはずだ。マルクスライヒリッヒ1460~1520はオーストリアの画家で、宗教画をたくさん描いた、この絵はパンと葡萄酒があり、ゆで卵を変な食べ方をしている、そして犬も杖も親しい顔を持つ

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28 Cornelis van Haarlem : Portrait of a Jester, 1596

ファン・ハールレム1562~1638はオランダの画家、前に「修道女と修道士」を見たが、人物の表情が生き生きしている、縞模様ではなく「黄色い頭巾を着けた」この道化も若くないが、ちょっとやさしいところもある「いい顔」をしているではないか

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29 Velazquez : Portrait of a seated jester(Sebastian de Morra), 1645

ベラスケスでは宮廷に仕える小人(こびと)が何人か描かれている。この人物は道化も兼ねて、フィリペⅣ世の王子カルロス皇太子に仕えた。宮廷に来て数年後には死去したので、短い期間だった。この絵は、道化としての愛嬌がない、宮廷の待遇に不満だったのか

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30 William Merritt Chase : The King's Jester, 1875 道化は人前で愛嬌を振りまくのが仕事で、他者の面前でのみ道化は道化なのだ。一人でいるときは道化ではなく、孤独で難しい顔をしている。ウィリアム・メリット・チェイス1849~1916はミュンヘンで学び、アメリカの有力な印象派画家

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31 Zinaida Serebriakova : ピエロの姿をした自分1911

セレブリャコワ1884~1967はロシア出身の印象派画家、彼女は自画像がたくさんあるが、いわゆる肖像画と違い、つねに何かをしている自分を描いている、ピエロのマスクを外した自分も、ちゃんとピエロの顔をしている

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