[今日のうた] 8月  

[今日のうた] 8月

 

何事も人に従ひ老い涼し (高濱虚子1942、虚子はこのとき68歳だが、当時の感覚では「老い」なのか) 8.1

 

炎天や僧形遠くより来たる (山口誓子1944、炎天で地面の空気がゆらゆらと揺れている、そのためか、道を歩いてこちらにやってくる僧が、とても遠くを歩いているように見える) 2

 

稲妻に頬向きかへて女ねむる (加藤楸邨穂高』1940、家族で旅行したときの句、「女」は妻だろう、鋭い稲光を浴びたのが眠ったままで分るのか、目も覚まさずに反対側に顔を向けた) 3

 

汗の背にはるかな夕日わかちなし (飯田龍太1949『百戸の谿』、夕方になっても、山中の棚田では人々が一心に田草を取っている、誰の背も汗まみれだが、全員に「わけへだてなく」夕日が当たって美しい) 4

 

夏シャツの白のまぶしさ夫(つま)若し (中里洋子「東京新聞俳壇」8月4日、石田郷子選、「夏らしく白いシャツを着こなして、今日は颯爽と若々しく見える夫。エールを送るような思いの妻。ほほえましさのある句」と選評、老夫婦なのだろう) 5

 

ひまわりがわたしのしんちょうこえる時 (土橋りほ「朝日俳壇」8月4日、高山れおな選、選者によれば、作者は9歳) 6

 

飛行船ならば薄暑に降りてきて あなたの白いふくらはぎたち (霧島あきら東京新聞歌壇」8月4日、東直子選、「ふくらはぎの形と飛行船の形に相似性を見出して結びつけたのだろう。白いふくらはぎが薄暑に染まって降りてくるイメージが斬新かつ美しい」と選評」、恋人の「ふくらはぎたち」?) 7

 

雑談になるや顔伏し寝ちゃう子とやおら前向く子 後者が好きだ (大浦健「朝日歌壇」8月4日、永田和宏選、「役に立つ情報にしか興味を示さない子と、雑談にしか振り向かない子、教師としては複雑だが、振り返ると教師の記憶の大半は雑談かも」と選評) 8

 

戀ひ侘びてうち寝(ぬ)るなかに行き通ふ夢の直路(ただぢ)はうつつならなむ (藤原敏行古今集』巻12、「現実には逢えない貴女ですが、夢の中でまどろんだら逢えました、夢の中には他人に邪魔されず「じかに行ける道」があります、現実にもあったらいいなあ」) 9

 

はかなくて見えつる夢の面影をいかに寝し夜とまたは忍ばむ (土御門院小宰相『續古今集』、「現実には逢えない貴方に、夢で偶然逢えたわ、うれしい! 自分がどんな姿勢で寝たから夢で貴方に逢えたのかな、そればかり考えちゃう、また同じ姿勢で寝ればまた逢えるから」作者は藤原家隆の娘) 10

 

いつはりの限りをいつと知らぬこそしひて待つ間のたのみなりけり (二條為定『家集』、「僕は貴女の甘い言葉に騙されていたのかもしれません、いつから騙され、いつまで騙されるのでしょう、でもそれは知りようがありません、知りようがないことだけが救いです」) 11

 

送りては歸れと思ひし魂の行きさすらひて今朝はなきかな (出羽辨『金葉和歌集』、「後朝の朝は辛いわ、貴方を外まで見送って、身は帰って来たけれど、魂は貴方を追ってさすらったまま帰れない、今ここにいる私はすっかり抜け殻、あぁ」、作者は平季信の娘) 12

 

たのみありて待ちし夜(よ)までの戀しさよそれも昔のいまの夕暮 (藤原爲子『風雅和歌集』、「こんな夕暮れになると想い出すわ、あの頃、貴方がいらっしゃらなくても、毎晩私は貴方を待っていた、あぁ、何て恋しい時間だったでしょう! でもそれはもう遠い昔の記憶」、作者は藤原爲兼の姉) 13

 

なほやめよ ふみかへさるる小墾田の板田の橋は こぼれもぞする (和泉式部『家集』、「藤原道綱さん、しつこく絡むのやめてよね、私が貴方の手紙をそのままお返ししたのは、ノーってこと! これ以上絡むと、橋そのものが壊れるように、お友達の関係も終りよ」、勝気な作者) 14

 

待ちいでていかにながめん忘るなといひしばかりの有明の月 (式子内親王『家集』、「月が出る明け方までずっと貴方を待っていたわ、「もうすぐ行くと言ったのを忘れないで」と貴方が伝えてきたばかりの今夜、私はどんな風に明け方の月を眺めればいいの?」) 15

 

いなづまを負ひし一瞬の顔なりき (橋本多佳子1939、夫を分骨した翌年、長崎港に家族といるときだろう、「顔」はおそらく娘たちの顔、「いなづまを負ひし」という表現が卓越) 16

 

睡蓮や池心(ちしん)はいつも眩しうて (臼田亜浪、「池心」とは池の中心のこと、池の中心のあたりに、大きな睡蓮がたくさん集まって咲いているのだろう) 17

 

ひまわりに大きな家と小さな家 (星野高士、背高のあるひまわりが誇らしげに咲いている、両側にはそれぞれ家があるので、どうしてもひまわりと比べてしまう、そこにあった「大きな家」と「小さな家」にあらためて気づく) 18

 

掃きながら木槿(むくげ)に人のかくれけり (波多野爽波、木槿はそれなりに樹高がある、近所に住む美しい女性なのだろう、作者の視線を感じたからか、「掃きながら木槿の陰にかくれて」しまった) 19

 

芙蓉閉ぢ今日もひとりの夜を迎ふ (神前あや子、芙蓉の花は朝に開き、夕に閉じる、来るはずの恋人が来ないのか、「今日は」ではなく「今日も」なのは寂しい、芙蓉のように美しい私なのに) 20

 

忘れずよまた忘れずよ瓦屋の下(した)たく煙下むせびつつ (藤原実方、「清少納言さん、貴女のことを忘れるもんですか、瓦屋の下の煙がくすぶるように、僕はずっとむせび泣いていた」、昔の恋人の実方に偶然会った清少納言が「私のこと忘れたのね」と言ったので詠んだ歌、彼女の返しは明日) 21

 

葦の屋の下たく煙つれなくて絶えざりけるも何によりてぞ (清少納言、「藤原実方さん、「下たく煙」って、つまり貴方は、くすぶったままで燃え上がらないってことでしょ、そのまま交際が絶えてもおかしくないのに、私たち何か縁を切れないみたいに感じるのはなぜかしらね?」) 22

 

夕暮れはいかなるときぞ目にみえぬ風の音さへあはれなるかな (和泉式部、「夕暮れって、特別に辛い時間なのね、貴方は来るかしら/来ないかも・・と思い悩みが始まり、「目に見えない風の音さえ」、貴方が来る/来ないを告げてるみたいで、そのつどびくびくしちゃう」) 23

 

言の葉のもし世に散らばしのばしき昔の名こそとめまほしけれ (建礼門院右京大夫、「藤原定家さま、私の歌を『新勅撰集』に採ってくださり、しかも「どちらの名にします?」とのお尋ね。後鳥羽院にお仕えする今の名ではなく、建礼門院にお仕えした昔の名でお願いします」) 24

 

ピアノひく君が見たしと告げられぬデモの疲れの果てにて逢えば (道浦母都子『無援の抒情』、二十歳くらいの時の歌、デモに明け暮れる作者に対して、彼氏は「ピアノを弾く君が見たいな」と言った、複雑な心境の作者) 25

 

旅立ってゆくのはいつも男にてカッコよすぎる背中見ている (俵万智『サラダ記念日』1987、「旅立ってゆくのは」彼氏だろうか、それとも彼氏と一緒に映画を見ているのか、1987年といえば、まだ西部劇映画のような「男のカッコよさ」が現実にあったのだろうか) 26

 

夏はあれど留守のやうなり須磨の月 (芭蕉1688、「夏はあれど」は「夏にも月はあるけれど」の意、「須磨海岸で月を見たけれど、どうも物足りないな、月はやはり秋がいいな」、「留守のやうなり」という表現が面白い) 27

 

大空の見事に暮るる暑さかな (一茶、夏の季語「夕焼け」からもわかるように、夏の夕暮れは、ときに大夕焼けをともなって「見事に暮れる」こともある) 28

 

首たてて鵜の群れのぼる早瀬かな (浪化、作者1671-1703は芭蕉の弟子、「首たてて」がいい、たくさんの鵜が争いながら早瀬を泳ぎ上るのは、すごい勢いがあるのだろう) 29

 

鵜とともにこころは水をくぐり行く (鬼貫、「鵜って勢いがいいな、鵜がググっと水中に潜るのを眺めていると、自分も一緒にググっと潜っている気がするよ」) 30

 

河童(かはたろ)の恋する宿や夏の月 (蕪村、「ありゃ、夏の夜の月の下、河童が河原をひょいひょい歩いてゆく、河童の彼女のところに行くのか、それとも人間の娘のところへ行くのか、どっちだろう」、河童は人間の姿に化けて女子を姦淫することもあるとされていた) 31