今日のうた(139) 11月ぶん

今日のうた(139) 11月ぶん

 

銃弾がベールを破って政治家の浅ましき実態さらけ出したり (森秀人「朝日歌壇」10月30日、佐佐木幸綱選、たった31文字の短歌が、安部元首相暗殺事件の本質を十全に表現する) 1

 

ドロップの缶を開ければ思い出す母の隣にいた男たち (たろりずむ「東京新聞歌壇」10月30日、東直子選、「「男たち」の中には、「母」と恋愛関係にあった人もいれば、そうでない人もいたのか。なんとなくドロップを分け合ったりした淡い思い出」と選者評、微妙な感情を詠む) 2

 

国葬に国の軽さといふ秋思 (竹林一昭「朝日俳壇」10月30日、長谷川櫂選、安部元首相の国葬については、短歌でたくさん詠まれているが、俳句でもズバリ詠める、この句は、「軽さ」「秋思」という語の使い方が見事) 3

 

秋の雲骨褒められて壺に入る (菫久「東京新聞俳壇」10月30日、小澤實選、「遺骨は、係の者によって、何か褒められた上で壺に収められる。人の最後が詠まれた。季語も響く」と選者評、骨拾いの時、遺骨が「何か褒められる」ことに着目した) 4

 

秋晴に足の赴くところかな (虚子1923、「足の赴くところ」というのがいい、いかにも虚子らしい、作為のないのんびりした感じ) 5

 

歩きゐしほどに銀河も濃くなりつ (山口誓子『連星』、1944年11月4日の句、夏の夜と違って、天空を横切る銀河の位置は、南北から東西に変わっている、それは「歩くにつれて、濃くなった」、「濃く」と捉えたのがいい) 6

 

月光に一つの椅子を置きかふる (橋本多佳子1941『信濃』、「夫の忌に」と前書、自宅の夜の食卓だろうか、亡き夫がいつも使っていた椅子の位置を変えてみる、窓の外の月がよく見える位置に) 7

 

秋風に瓣(べん)ゆるみたる薔薇(そうび)かな (永田耕衣『加古』1934、バラの花も開き切ると、花弁が次第に「ゆるんで」きて、やがて「秋風」に散ってゆく) 8

 

肌荒くして秋風を鳴らす木よ (飯田龍太1951『百戸の谿』、山梨県の山地、境川村に住む作者、秋風は冷たく強いが、木は秋風に立ち向かい、「肌荒くして」ゴウゴウ「秋風を鳴らす」) 9

 

人言(ひとごと)の繁き間守(まも)りて逢ふともやなほ我が上に言の繁けむ (よみ人しらず『万葉集』巻11、「私たちのことをうるさく噂する人がどうしてこんなに多いのかしら、隙をみて逢ったとしても、私やっぱり噂されちゃうのかな」) 10

 

梓弓引けばもとすゑ我がかたによる(夜=寄る)こそまされ恋の心は (春道列樹古今集』巻12、「夜だね、僕があずさ弓を引けば、中央が向こう側になり両端が僕の方による[寄る]、まるで君の体がよる[寄る]ようで、恋しくてたまらない」) 11

 

いさやまだ変りも知らず今こそは人の心を見ても習はめ (和泉式部玉葉集』、心変りした男から「まあ、君の方は、心変りせずに待っていてね」と手紙がきたので、「何言ってんのよ、私は心変りなんてしてません、でもこれからは貴方をじっくり観察して、真似するかもね」) 12

 

下紐(したひも)は人の恋ふるに解くなれば誰がつらきとか結ぼをるらん (弁の乳母(めのと)『千載集』巻13、「貴方の下着の紐が自然に解けないのは私の思いが足りないからだと言うけど、私の下着の紐も固くて自然に解けないわよ、貴方の私への思いこそ足りないんじゃない」) 13

 

思ふには忍ぶることぞ負けにける逢ふにし換へばさもあらばあれ (在平業平『新古今』巻13、「貴女を恋う気持ちに、人目を忍ぶ気持ちがついに負けました、貴女と逢ふことと引き換えならば、もう自分はどうなってもかまいません」、「さもあらばあれ」と捨て身でいくぜ) 14

 

あはれとはさすがに見るやうち出(いで)し思ふ涙のせめて漏らすを (式子内親王『家集』、「私の恋を貴方に告げるまいと、じっとこらえているのよ、それでもふいに、貴方を思う涙がこぼれてしまう、ああ、(「君が好きだよ」とまではいかなくても)、せめて「かわいそうに」くらい貴方が思ってくれないかしら、思ってほしいわ」) 15

 

あだごとにただ言ふ人の物がたりそれだに心まどひぬるかな (建礼門院右京大夫『家集』、「[平重衡さんは]すごい話上手、いつも即興でコワーい作り話をするの、私たち女房がキャーキャーいって怖がるのを楽しんでるのよね、でも作り話でもホント怖い、今日の話にも動揺しちゃった」) 16

 

落日の巨眼の中に凍てし鴉 (富澤赤黄男『魚の骨』1940、冬のある夕暮れ、太陽は地平線に「巨眼」のような落日となっているが、その逆光の中に「鴉が凍っている」ように見える) 17

 

泣かんとし手袋を深く深くはむ (渡辺白泉1940、作者は27才、生まれたばかりの長女が死亡し、自身も京大俳句事件に連座して検挙される、この句は拘置所の中だろうか、泣きそうになるのを見られないように、手袋を「深く深く噛み締める」) 18

 

乾燥期街のにごりを呪い生く (高屋窓秋1935、作者は25才、翌年法政大学を卒業、俳句誌「馬酔木」同人を辞めた、花鳥諷詠の美意識の「馬酔木」とは相容れないものがあったのだろう。冬の乾き切った街は群衆で一杯だが、その「にごり」に敵意を感じる、街中にいても孤独なのだ) 19

 

二合では多いと二合飲んで寝る (村田周魚、作者1889~1967は、現代川柳の六大家と言われる人、「川柳きやり」を主宰、この句には思い当たる人は多いだろう、寝酒は次第に分量が増えてしまう、「ちょっと多いな」「セーブしなきゃ」と思いつつ、その「ちょっと多め」を飲んでしまう) 20

 

壁がさみしいから逆立ちする男 (岸本水府、作者1892~1965は川柳作家、六大家の一人、コピーライターとしても活躍、この句は、男と壁とが対話しているようで面白い、「さみしい」のは壁のようでも、男のようでもある) 21

 

電熱器にこっと笑うようにつき (椙元紋太、作者1890~1970は川柳作家、神戸の菓子屋甘源堂の主人、六大家の一人で「ふあうすと」を主宰、電熱器は今はあまり使われないが、スイッチを入れるとゆっくり赤くなるさまは「にこっと笑うよう」だ) 22

 

人間を取ればおしゃれな地球なり (白石維想膢、作者1893~?は「大正川柳」編集人、最初はアナーキストで、大杉栄の指導を受けて印刷工ストライキを敢行、この句も、「国家など不要」と言っているのかもしれない) 23

 

「秒針の音が気にならない夜は初めて」つぶやくきみも海鳴り (櫻井朋子『ねむりたりない』、「静寂な場所にいる二人、「きみ」はこれまで時計の秒針の音に不安や淋しさを感じていたが、自分が傍らにいる安堵感にそれが払拭された、という君の言葉に海鳴りの音が重なる」と東直子評) 24

 

たましいがいいね!車内広告にあまえすぎているとこわれていくね (手塚美楽『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』2021、作者2000~は美大生、これは恋の歌、ロマンチック・ラブ・イデオロギーに引き寄せられてしまうけれど、そこから抜け出さなきゃと思っている) 25

 

風の夜あなたの巻毛をほぐしてゐる小さなソファーが箱舟になる (睦月都『角川短歌』2022年11月号「スワンボート」、恋の歌だろう、昼間、洗足池の箱舟のようなスワンボートに二人で乗った、その夜は自宅、こんどはソファーが箱舟のようになった) 26

 

横にいる君も含めて街だから私ひとりで街を旅する (今紺しだ『角川短歌』2022年11月号、第68回角川短歌賞・佳作、作者は21歳の京大女子学生、デリケートな恋の始まりを詠む、彼と並んで歩いている私、人に見られたらちょっと恥ずかしいな、一人のつもりになってみよう) 27

 

人々をしぐれよ宿は寒くとも (芭蕉1689、「句会がどうも盛り上がらんな、ええい、時雨よ、一降りさせて、皆を刺激してくれないか、なに、座敷が濡れて寒くなってもいいさ」、「人々に」ではなく「人々を」と強めたのが趣) 28

 

みのむしの得たりかしこし初時雨 (蕪村、「蓑虫はしっかりした蓑をまとっているから、初時雨が来てもぜんぜん困った様子がない、我が意を得たりとばかり、得意げにぶらさがっているぜ」、芭蕉「初しぐれ猿も小蓑をほしげなり」と対比か、困っちゃった猿くんと得意げな蓑虫くん) 29

 

初雪や誰(た)ぞ来(こ)よかしの素湯土瓶(さゆどびん) (一茶1803、41歳の一茶は友達も少なく寂しい暮らし、「おっ、初雪だ、誰か来ないかな、芭蕉さんみたいに「雪見の句会」を開きたいな、でも誰も来ないだろうな、うちは土瓶に白湯があるだけだもの) 30