今日のうた (146) 6月ぶん

今日のうた (146) 6月ぶん

 

ひとつ脱いで後(うしろ)に負ひぬ衣更(ころもがへ) (芭蕉1688、「旅の最中で夏衣をもっていない、この衣を脱いで背中に背負い、衣更とするか」、「衣更」は、高校生の制服の転換のイメージがあったが、芭蕉の頃からあったのだ) 6.1

 

投げ苗のとどかず歩み寄りにけり (八郎、「田植えの人に苗の束を投げたが、届かないので歩み寄って渡した」、昔の田植えの光景だ、今、植村の近所では田植え真っ盛り、田植え機械に大量の苗の束を斜めに傾けて並べ、機械が動いて一気に植えられてゆく、作者は不明) 2

 

わらうてはをられずなりぬ梅雨の漏(もれ) (森川暁水1901~76、昔の日本の木造家屋は雨漏りしやすかった、普段はそれほどでなくても「梅雨の漏」は大変だ、「わらうてはをられずなりぬ」と、それ以外の部分を仮名にしたのは、ぽたぽたもれる滑稽な感じか) 3

 

物を干す人の葵の高さかな (奈倉梧月1876~1958、今、立ち葵の花がどんどん高く咲き出している、植村の近所でも、「物を干す人の高さ」に近い立ち葵を見かけるようになった) 4

 

五月晴(さつきばれ)置けるが如き土手の家 (藤田耕雪18801~1935、作者は「ホトトギス」同人、「五月晴れ」とは梅雨の合間の晴れた天気を言う、たしかにいつも以上に晴れ晴れとした天気を感じる、土手の家も模型を「置けるが如く」に見える) 5

 

四葩(よひら)切るや前髪わるゝ洗髪 (杉田久女、「四葩」とは紫陽花のこと、「大きな紫陽花の花を切ったら、その瞬間に、洗ったばかりの前髪がパクっと割れた、大きな顔に対面したかのように」) 6

 

桜貝くれて夫となりし人 (和田和子「朝日俳壇」6月4日、高山れおな/長谷川櫂選、「桜貝」は春の季語だが、これは恋の句か、それとも夫婦愛の句か、「なりし」だから、たぶん後者、老夫婦だろうか) 7

 

夕立がでたらめな絵のようでした (田中耀「東京新聞俳壇」6月4日、小澤實選、「夕立を、こどもが描くでたらめな絵にたとえている。もはや雨は空から下に降るだけではないのだ」と選者評、たしかに最近の都市の集中豪雨は半端でない) 8

 

トンネルと夜の区別はつかないでもうすぐ夏の新宿に着く (黒川かおる「東京新聞歌壇」6月4日、東直子選、JRも私鉄も多くの路線の新宿駅近くに長短のトンネルがある、昼間ならすぐ分るが、夜はトンネルの内の外と区別がつきにくい、いかにも夏の夜の新宿らしい電車の窓の外) 9

 

姉ったら恋の話もオープンでとうとう父は出かけていった (松田わこ「朝日歌壇」6月4日、永田和宏/馬場あき子選、「お父さんは少し閉口か」と馬場選評、娘は普通、自分の恋の話を父親にはしないものだが、この「姉」は、たぶんお父さん子なのだろう) 10

 

麦のくき口にふくみて吹きをればふと鳴りいでし心うれしさ (窪田空穂『濁れる川』1915、作者1877~1967は「まひる野」創刊者、浪漫的短歌の歌人、この歌も「ふと鳴りいでし」がとてもいい) 11

 

情(なさけ)すぎて恋みなもろく才あまりて歌みな奇なり我をあはれめ (与謝野鉄幹『紫』1901、1901年は晶子『みだれ髪』の刊行年、前年には鉄幹は晶子と不倫関係になっていた、この歌は、短歌においても恋においても、鉄幹の晶子に対する「敗北」宣言だろう) 13

 

あまごもる やど の ひさし に ひとり きて てまり つく こ の こゑ の さやけさ (会津八一『南京新唱』1924、八一は平仮名書きの独特の短歌を詠んだ人、この歌は吉野の山中で詠んだ、「雨籠りしていると、小さな女の子が庇の下にやってきて、手毬をつきはじめた、その声がとても小さくて可愛らしい」) 14

 

上舵(あげかじ)、上舵、上舵ばかりとつてゐるぞ、あふむけに無限の空へ (土岐善麿『作品Ⅰ』1938、作者1885~1980は、早稲田で白秋や牧水と同級だった歌人、啄木とも親交があった、これは飛行機搭乗中の歌、「上舵」は機を上昇させる翼の舵の向き、急上昇に驚いている) 15

 

君かりにかのわだつみに思はれて言ひよられなばいかにしたまふ (若山牧水海の声』1908、牧水1885~1928は1906年の夏、早稲田大学3年、宮崎の海辺で園田小枝子と初めて出逢う、「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」の時、小枝子は非常に美しい人だったが、人妻で、二人は悲恋に終わる) 16

 

角出して這はでやみけり蝸牛(かたつぶり) (炭大祇、たんたいぎ1709~71は江戸中期の俳人、遊里や女性たちを詠んだ句も多い、「見ていると、カタツムリの角は出たけれど、動き出すことなく、じっとしている」、よくありそうなことで、観察が細かい) 17

 

浅ましや蚊帳に透たる夜のもの (黒柳召波1727~72、作者は江戸中期の俳人、風俗を滑稽に詠んだ人といわれる、この句も何だか面白い、「朝だけど、いやぁ、蚊帳に透けて見える<夜のもの>が、見苦しいまでに乱れてるじゃん」という意か) 18

 

父となりしか蜥蜴とともに立ちどまる (中村草田男1937『火の鳥』、36歳の作者にはじめて長女が誕生した時の句、「連絡を受けて帰宅あるいは産院へ急いで歩いている途中で、トカゲを見て思わず足を止めた、そしたらトカゲも止まった」、トカゲの姿に父親になる責任をズシリと感じたのか) 19

 

短夜やいとま給はるしら拍子 (蕪村、「白拍子」はもとは雅楽の舞を舞う女性の意味だったが、次第に、音楽や舞もする遊女も含むようになった、ここでは後者だろう、「短夜」の明け方には、以前より早く、夜のお勤めを終えた「しら拍子」が挨拶をして帰ってゆく) 20

 

白衣着て禰宜(ねぎ)にもなるや夏至の杣 (飯田蛇笏、「禰宜」は神主より位階が下の神職、「杣」は木こり、夏至の日は神社で行事があるのか、蛇笏の山梨県境川村は皆が顔見知りくらいの寒村なのだろう、禰宜役はあの木こりのオヤジだった、今日は夏至) 21

 

箱庭にほんものの月あがりけり (小路紫峡、「箱庭」がなぜ夏の季語なのか不明だが、この句はいい、ミニチュアのおもちゃめいた箱庭に「ほんものの月」を取り合わせると、箱庭の愛らしさもひとしおだ) 22

 

ふいに子の遊びが変はり夏に入(い)る (小澤克己、夏になると、子どもは水を使って遊ぶようになる、泳ぐよりも前にまず水遊びが始まる、でも今は、広場や道端や小川で子どもが遊ぶことが減ったので、遊びの「変化」を目にすることもあまりなくなったか) 23

 

相(あひ)見ては恋慰むと人は言へど見てのちにそも恋まさりける (よみ人しらず『万葉集』巻11、「貴女に恋しているのに逢えないのは辛い、「逢えば辛さはやわらぐよ」と友人に言われて貴女に逢ったけれど、あぁ、ますます恋する辛さはますばかりです」) 24

 

恋ひわびてうち寝(ぬ)るなかに行きかよふ夢の直路(ただぢ)は現(うつつ)ならなむ (藤原敏行古今集』巻12、「恋に悩んでまどろんだ夢の中では、人目を避けることもなく貴女のところへ直に行けた、あぁ、これが現実だったらなぁ」、夢で逢う歌は多い、生身より表象の女を愛するからか) 25

 

夏衣きてはみえねど我がために薄き心のあらはなるかな (和泉式部『家集』、「貴方は夏になって田舎から帰ったのに私のところに来ないのはなぜ? ええ、そうよね、分っているわよ、貴方の心はすっかり薄情になって、薄い夏衣から透けて見えてるもんね」) 26

 

憂き人を忍ぶべしとは思ひきや我(わが)心さへなど変るらむ (伯卿女『千載集』巻15、「貴方は心変りして私を裏切った恨めしい人、それなのに、そんな貴方を心ひそかにまた好きになってしまうとはまさか思わなかった、貴方が心変りしたように私も心変りしたのかしら」) 27

 

短か夜の残り少なく更けゆけばかねてもの憂き暁の空 (藤原清正新古今集』巻13、「今頃は夜が短いなぁ、もうこんな夜更けということは朝が近いんだ、もう君と別れなければならないなんて、恨めしいよ」、夏至のころは後朝の朝も早い) 28

 

見しことも見ぬゆくすえもかりそめの枕に浮かぶ幻(まぼろし)のうち (式子内親王『家集』、「私がこれまでに経験した過去も、まだ経験したことのない未来も、今ここに感じている枕のような感触に浮かぶ夢という幻ではないのかしら」、「枕に浮かぶ」は色子と定家のみにある表現) 29

 

神といひ仏といふも世の中の人の心のほかのものかは (実朝『金槐和歌集』、「心のこころをよめる」と前書、「神だとか、仏だとか、人はよく言うけれど、そういうものが実在するのではなく、この世に現に生きている人の心以外のものではないだろう」) 30