[今日のうた] 8月ぶん
七夕や夢が欲しいと書きました (土居健悟「東京新聞俳壇」7月30日、石田郷子選、作者は男性だが何歳くらいの人なのか、「夢が実現しない」ではなく「夢そのものが持てない」のは、たしかに現代の日本だが) 8.1
甚平着て太郎冠者めく物腰に (小井川和子「朝日俳壇」7月30日、高山れおな選、「本当に所作が変わったのか、または錯覚か。ともあれ服装の力は大」と選者評、夫のことなのだろうか) 2
停電をした寝室で好きな詩を教えてもらった わたしの白夜 (薄暑なつ「東京新聞歌壇」7月30日、東直子選、「停電になって何もできないので、好きな詩を教えてもらったのだろう。特別な時間だったことを「白夜」という語が伝える」と選者評。素敵な恋の歌だ) 3
長文の近況報告姪に打ち「へえ」の二文字が二日後届く (高島由美「朝日歌壇」7月30日、佐佐木幸綱選、「「二文字が二日後届く」、「二」の繰り返しが楽しい」と選者評、きっと「姪」は若い人なのだろう、短い返信しかこない、自分の子に同じような経験をした老親も多いだろう」) 4
口うつされしぬるきワインがひたひたとわれを隈なく発光させる (松平盟子『帆を張る日父のやうに』1979、作者1954~は情熱的な恋の歌を詠む人、お酒の歌も多い、こういう恋の「濃い」歌は最近減ったような気がする) 5
見本市のいちばん奥にあるような愛がひとりで終わったという (小林久美子、作者1962~は「未来」短歌会の歌人、ひっそりとした恋、友人にもほとんど知られなかった地味な恋、でも自分にとっては大切なその恋が、いつのまにか終わってしまった) 6
こども抱く腕のふしぎな屈折を玻璃(はり)ごしにながく魚らは見をり (川野里子『五月の王』1990、「私は赤ん坊を抱いて、水族館の水槽の魚を視ている、ガラスには赤ん坊を抱く自分の腕の動きがいちいちくっきりと映り、魚たちが不思議そうにそれをじっと視ているように私には視える」) 7
夏川に木皿しずめて洗いいし少女はすでにわが内に棲む (寺山修司『空には本』1958、たぶん青森県の高校生だった頃の歌、「たまたま、夏川で、木皿を沈めて洗っている少女の脇を通った、何て可愛い女の子だろう、彼女はそれ以来、ずっと僕の心の中に棲んでいる」) 8
君こそさびしがらんか ひまわりのずばぬけて明るいあのさびしさに (佐佐木幸綱『群れ黎』1970、作者1938~は若い頃、元気のいい、男っぽい恋の歌をたくさん詠んだ、現代の若い男子は、あまりこういう歌は詠まないのかもしれない) 9
水脈(みを)ひきて走る白帆や今のわが肉体を陽がすべりゐる (春日井建『夢の法則』1974、彼女とともにヨット遊びを楽しむ作者、最近はあまり見かけないような、男っぽい恋の歌) 11
きまぐれに抱きあげてみる きみに棲む炎の重さを測るかたちに (永田和宏『メビウスの地平』1975、「きみ」はもちろん河野裕子、昨日までに幾つか見たように、作者1947~の世代の男性歌人はみな、若い時には男っぽい恋の歌を詠んでいる、今とは何か違う) 12
砂日傘ちよつと間違へ立ち戻る (波多野爽波、海水浴にはたくさんのよく似た日傘が並んでおり、自分の戻るべき場所を間違えることがよくある、間違えた日傘の人と目が合ったとき、は微妙に照れくさく、いそいそと「立ち戻る」) 13
雪渓の水汲みに出る星の中 (岡田日郎、「雪渓」は夏の季語、白馬岳など夏でも雪が残っている雪渓は、夏のキャンプ等ではとてもありがたい、「水を汲みにテントを出たら満点の星空」) 14
終戦日何処へゆくとも父言はず (北澤瑞史、8月15日は、兵士はもとより戦争に参加した人すべてにとって心の痛む日である、父は、「どこへ行くとも言わず」家から姿を消した) 15
郭公(かつこう)や何処までゆかば人に逢はむ (臼田亜浪、「夏、カッコーは森ではよく鳴いている鳥だが、今日のこの森は、「人に逢はない」ほど広く深い、カッコーの声ばかりもう何時間も聞いているような気がする) 16
藻(も)の花や金魚にかかる伊予簾(いよすだれ) (榎本其角、「夏の金魚は涼しそうでいいな、金魚鉢の水中の緑の藻に白い花が咲いて、その間を赤い金魚が泳いでいる、その上には青々とした竹の簾が風に揺れている」) 17
行々(ゆきゆき)てここに行々(ゆきゆく)夏野かな (蕪村、「行っても行っても、どこまで行っても、緑が広がる夏野が続いているよ」) 18
けいこ笛田はことごとく青みけり (一茶、「おっ、澄んだ笛の音がきこえる、夏祭りの笛の稽古をしているな、青々とした田の上を笛の音が広がってゆく」) 19
牛部屋に蚊の声暗き残暑かな (芭蕉1691、「窓もない、ほの暗い牛小屋、むっと暑苦しい室内に、ぶーんと蚊の音がする」、初案では「暗き」の代わりに「弱き」だった、このように語を慎重に入れ替えながら芭蕉の句は出来てゆく) 20
遅速(おそはや)も君をし待たむ向つ峰(を)の椎のさ枝(えだ)の時は過ぐとも (よみ人しらず『万葉集』巻14 、「遅かろうと早かろうと、貴方が来るのを待っているわ、真向いの椎の樹の若枝が茂る約束の時が、たとえ過ぎてしまっても、いつまでも待つわ」) 21
わがごとくわれを思はむ人もがなさてもや憂きと世をこころみむ (凡河内躬恒『古今集』巻15、「私が彼女を想うほど深く、私を想ってくれる彼女がいてほしい、でも、たとえそれほど私を想ってくれる彼女がいたとしても、恋はやはり辛いのだろうか、試してみなくては」) 22
越えもせむ越さずもあらむ逢坂の関守ならぬ人な咎めそ (和泉式部『家集』、「(藤原道長さまが、ある人の手元にある私の扇を見て、「浮気女の扇か」と仰ったらしいけど) 私がその人と浮気したかもしれないし、しないかもしれないでしょ、夫でもないのに勝手な憶測しないでね」) 23
はかなくも来(こ)む世をかけて契るかな再び同じ身とはならじを (藤原実定『千載集』巻15、「たとえ頼りなくても、来世に貴女と契ることにしましょう、来世なら同じこの私でなくなるだろうから、貴女に気に入ってもらえるかもしれない望みもないわけではありません」) 24
出でて去(い)にしあとだにいまだ変らぬに誰(た)が通い路と今はなるらむ (在原業平『新古今』巻15、「明け方に僕が貴女の部屋から帰った足跡はまだ残ってるよ、幾日もたってないじゃん、なのにもう新しい足跡がついてるらしいって、本当のなの、まさか僕以外に男がいるなんて」) 25
逢ふことは遠(とほ)つの濱の岩つつじ言はでや朽(くち)ん染むる心は (式子内親王『家集』、「逢いたくてたまらない貴方は、はるかかなたにいます、海辺の遠くに小さく見える岩のつつじのように、貴方への想いを「言わない」ままに、夕陽に染まるように、熱い想いのまま、私は朽ち果ててしまいます」) 26
とにかくにあな定めなの世の中や喜ぶ者あれば侘(わ)ぶる者あり (実朝『金槐和歌集』、「人の心というものが本当に分からない、同じ一つのことを、こんなに喜ぶ者もいれば、こんなに苦しみ悲しむ者もいる」) 27
2と書いて3をいい気にさせてやる (石田柊馬1941~2023、作者は現代川柳の大家、今年6月に逝去、ひねりの効いた面白い句が多い、この句もたぶん人の何かを「評価する2あるいは3」なのだろう) 28
眠り姫いつも誰かが触れている (竹井紫乙1970~、女性の川柳作家、2023年に詩の新人賞も受賞、この句、童話のお姫様がセクハラされる?のがユニークな視点) 29
飲みながら話そうつまり恋なんだ (岩井三窓1922~2011、「番傘」で活躍した川柳作家、この句は、誰が誰に向かって言っているのか、いろいろありそうなのが面白い) 30
クラス会にもいつか席順 (清水美江(びこう)1894~1978、作者は男性の川柳作家、中年以降になると感じるのだが、クラス会や同窓会は、自分を「負け組」と思っている人はあまり来ない、ここで言われる「席順」もそういう序列意識か、あまり笑えない川柳) 31