アイスキュロス/R.アイク 『オレステイア』

[演劇] アイスキュロス/R.アイク『オレステイア』 新国立・中劇場  6月26日

(写真↓は、左から、クリュタイメストラ、イピゲネイア、エレクトラオレステスアガメムノン、このメンバーが食卓を囲むことは、アイスキュロスにはなく、ありうるとすればエウリピデス『アウリスのイピゲネイア』だが、そのときオレステスは幼児のはず、2015年のイギリス上演では子役がやっている https://www.youtube.com/watch?v=dHE1V19Bz5Q)

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 イギリスの若い劇作家ロバート・アイクが、アイスキュロス『オレステイア』三部作を翻案劇というかミステリー劇に仕立て直した作品。だが、全体の構成が完全な無理筋で、私は見ていて白けてしまった。ほとんどの科白が浮いた感じで、リアリティがない。場面場面で、「えっ、そりゃないでしょ 」「人間は、そんな科白ぜったい言わないよ」という気持ちになる。翻案劇というのは難しい。まず本作は、全体がオレステスの裁判という枠組みで、精神障害で記憶を喪失しているオレステスに、女性の精神科医がいろいろ質問をして、過去にあった場面を想起させながら、裁判における事実認定を一つ一つ積み上げていくというプロセスをとる。しかし、その全体構造が分るのは最後であり、観客は、過去から現在まで時間の順にドラマが進んでいるかのように見せられるので、途中は分かりにくい。(写真↓は、エレクトラ、しかし姉エレクトラは実際には存在せず、オレステスの妄想が創り出した夢だった)

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 本作の構成が無理筋である理由は、大きく言って二つある。精神障害を起こしたオレステスに過去を想起させるという全体設定は、百歩ゆずって、仮によしとしよう(本当は、精神分析にしたのが、本作の最大の欠陥なのだが)。しかし、(1)姉のエレクトラを実在しない妄想としたので、母親クリュタイムネストラ殺しの「責任」の問題が、原作とまったく違ってしまった。たしかに刃物で手を下したのはオレステスかもしれないが、母をもっとも殺したかったのはエレクトラであり、だからこそ「エレクトラ・コンプレックス」といわれる母娘関係を表わす精神分析的概念にもなっている。母殺しは、オレステスの単独犯行ではない。(2) 次に、原作では、オレステスに母殺しを促したのは神アポロンであり、オレステスが自分の主体的判断で殺したのではない。そこを本作では、「印を読み取る」という「解釈」の主体としてオレステスを主体化し、アポロンの責任を曖昧にしている。アイクは、「オレステスは有罪なのか無罪なのか」と、近代世界の裁判と主体概念にもとづいて根本問題を立てているが、原作の焦点はそこではない。エウリピデス版『オレステス』では、死刑判決が出たオレステスに対して、アポロン機械仕掛けの神として登場し、オレステスを赦す。アイスキュロス版では、同数だった評決にアテナ神が一票加えて無罪にするが、それでは怒りが収まらない復讐の女神たちを、アテナが必死でなだめ、おだてて、恫喝や説得をして、ようやく復讐の女神たちが怒りを収めるという場面が延々と続いて、それで終幕になる。つまりオレステスの有罪/無罪は本当の問題ではなく、恨みと復讐の連鎖をどこで止めるかが主題なのだ。本作では、最後にオレステスが、「アテナの一票で覆るのは、一人の人間が決めたということで、無罪であっても納得できない」とつぶやいて終幕になるが、もともと『オレステイア』はそういう問題ではないのだ。(写真下は↓、イピゲネイア(カサンドラ?)とアガメムノン)

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 とはいえ本作は、原作を離れて考えれば、いろいろと面白い想定がみられる。たとえば、イピゲネイアとカサンドラを同一役者でどちらも黄色い服を着せて、精神障害オレステスの意識の中で二人は同一人物になっていると示唆したのは、なかなかいい。消えたイピゲネイアはカサンドラとなってアガメムノンのところへ戻るのか・・・。しかしまぁ、エレクトラも弟の妄想だったというのは、「それはないでしょ!」と言わざるをえない。イピゲネイアも子供っぽい仕立てで、どうも変。劇の科白の大部分が、精神分析の受け答えのような「自己解釈」が中心なので、鬱陶しくて空疎な感じになっており、原作と非常に違う雰囲気になった。「エディプス・コンプレックス」などギリシア悲劇は全体が精神分析的なのだが、しかしそれは、劇の中で人物が精精神分析まがいの科白をしゃべるということではない。アイクはそこを混同しているのではないか。精神分析は、分析医とクライアントの間だけの閉ざされた空間で、治療のために行われる。神父への告解が公開されないのと同じである。第三者の前で行われる裁判とはまったく違うので、語られる言葉の性格が異なるはずである。役者としては、オレステスを演じた生田斗真はとても瑞々しくてよかった。(写真下は↓、イピゲネイアとエレクトラ)

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ごく短いですが、紹介の動画が。

https://twitter.com/endless_ss0704/status/1136833474353029120

 

ケラ 『キネマと恋人』

[演劇] ケラリーノ・サンドロヴィッチ『キネマと恋人』 世田谷パブリック 6月19日

(写真下は舞台、ダンサーによる舞台装置の入れ替えなど、全編にダンスが溢れている、ダンサーも役者をやり、役者もダンスを踊る、人間の身体は美しい!)

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 ケラを観るのは、『労働者M』『修道女たち』に次いでこれが三作目。物語の構想力に卓越しており、ややクセのある尖がった不条理劇を作る人かと思っていた。しかし本作は違う。胸キュンのロマンティック・コメディーで、抒情的で美しく、映画で言えば『ローマの休日』や『サウンドオブミュージック』みたいな作品だ。ウッディ・アレンの映画『カイロの紫のバラ』をほぼ踏襲しており、そこではスクリーンの中からスターが出てきても、やはり全体は映画の内部だが、『キネマと恋人』では、人がスクリーンから実在する空間へ出てくるので、そこがとても面白い。スクリーンから生身の人間が実在空間に出てくるというのは、隣りの部屋から出てくるのとは違う。スクリーンからある役者が出てくれば、スクリーンの外部で、その役を演じている俳優本人とばったり会うことになる。本作では、妻夫木聡が、映画の中の「まさか寅蔵」とそれを演じる俳優の高木を一人二役で演じるが、二人が会う場面では、別人がお面を付ける。いずれにせよ、舞台の人物と設定が目まぐるしく変るのが本作の特徴で、ダンサーがくるくると体を回転させながら踊るように舞台装置を動かすのが本当に美しい! 要するに本作は、映画と演劇とダンスと音楽が融合して、全体が詩的で抒情的な美しいミュージカルに昇華している。

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 アンドレ・バザンによれば、演劇と映画は「空間の経験」の仕方が違う。演劇は、観客と役者が地続きに同じ部屋にいるから、自然とはちがう人工的で特権的な空間であるのに対して、映画は、家の中から窓の外の自然を見るような空間経験であるから、人物とともにその背景が重要な役割を果たす(『映画とは何か』)。本作も、映画の内容は江戸時代の侍ものだが、スクリーンのある映画館は、1936年の青森県(?)あたりの田舎町である。本作でとても面白いのは、映画のスクリーンの中の役者たちが、スクリーンの外の演劇空間にいる俳優と視線を交わし対話するだけでなく、観客である我々の方にも視線を向けることである。物語は、モボ(モダンボーイ)やモガ(モダンガール)がでてくる昭和レトロで、とにかく懐かしい雰囲気に溢れている。映画の中の憧れのスターと恋をしてしまうハルコ(緒川たまき)は(写真下↓)、本当に愛おしくて可愛い。作中では36歳の人妻なのだが、彼女はどこまでも少女なのだ。そして、本作で一番よかったのは、姉のハルコと妹のミチル(ともさかりえ)の姉妹愛である。妹も32才で、男性の好みは姉と違うのだが、彼女もまったくの少女で可愛い。二人が喧嘩したり、しみじみと語り合ったり、キャッキャッとはしゃぐところは、本当に愛おしい。とはいえ、本作のエンディングは悲しい。実在の俳優に恋したハルコは、一緒に東京に行こうとするが、彼は、彼女を置きざりにしたまま、一人で東京に帰ってしまう。スクリーンのスターと恋するなんて、やはりそれ自身が夢だったのだ。失恋した彼女は打ちのめされるが、しかし再び映画館で映画を見ることによって立ち直る。やはり失恋した妹と並んで見る二人の顔に、笑顔が戻って終幕。(写真一番下は、妹のミチル) 

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プーランク 『カルメル会修道女の対話』

[オペラ] プーランクカルメル会修道女の対話』 METライブ 東劇 6月12日

(写真下は、開幕冒頭の修道女たち、その下は、新たに修道女となるブランシュ)

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ジョン・デクスター演出、ネゼ=セガン指揮で、5月11日にMETで上演された舞台。この作品の内容分析については、過去二回見た上演記録に書いたので↓、今回は新たに気が付いたことだけ書きたい。

https://charis.hatenadiary.com/entry/20090315
https://charis.hatenadiary.com/entry/20100207
 

きわめて洗練されてスタイリッシュな舞台。プーランクの音楽も(1957年作)、明らかに現代音楽だ。黒色と白色だけの修道院と、最後に平服になって修道院を去り、民衆や共和派官憲などに立ち混じるシーンの豊かな色彩との対照が(写真↓)、悲しみを倍加する。フランス革命の中で実際に起こった悲劇、ブランシュだけはフィクションのキャラだが、あとは全員が実話である。ブランシュ、コンスタンス、マリーの三修道女は、いずれも貴族の娘だが、新院長のリドワーヌは肉屋の娘(写真の中央↓)、そして無教養な田舎者の修道女もいて、彼女たちの出自の階級が異なり、彼女たち一人一人のキリスト者としての自己理解も大きく異なり、しかもそれぞれに個性豊かであるのがいい。ベルナノスの原作は映画シナリオなので、一人一人の心の動きが細かくト書きされており、それをすべてオペラで表現することはできないが、全体としてはベルナノスの原作にきわめて忠実に作られている。(写真↓、左の一番前がコンスタンス)

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カルメル会修道女の対話》は、人間の愛、死、魂の救済の関係をとことん突き詰めた悲劇で、私は『リア王』と共通するものを感じる。原作のベルナノスの作品はすべて、人間の「弱さ」を静かに見詰め、それに寄り添うものだが、その点では遠藤周作『沈黙』にも近い。殉教へと導くマリーは、修道女たちの中ではかなり原理主義者だが、私は、もっとも若く、「生をこよなく愛する」少女であるコンスタンスが、本作ではもっとも重要な人物であると思う。彼女は、「人は自分のために死ぬのではなく、お互いのために死ぬのですわ」「私たちが偶然と呼ぶものだって神の論理ではないのかしら」等々と言う。院長の「身代わりの死」というのは奇妙な説に見えるが、殉教が自由意志ではできないのと同様(マリーだけが殉教できなかった)、私たちの生と死はまったくの偶然であり、そこに必然性はない。にもかかわらず、死すべき存在である人間の魂が救済されるのは、我々一人一人が、他者に愛を差し出し、また愛を受け入れる存在だからである。魂の救済とは、来世の話ではなく、現世の話である。コンスタンスが述べていることは、神が存在せず、魂の不死はなくとも成り立つような、キリスト教を超えた普遍的真理であると思う。「私たちは、生まれて、愛して、そして死ぬ」。そう、これだけで十分なのだ。これが「魂の救済」ということだ。リアとコーディリアも、互いの愛の贈与によって、その魂は救済された。《カルメル会》では、修道女たちは愛の絆で強く結ばれている。この愛が、彼女たちの魂を救済するのだ。そして、その中でとりわけ輝いているのは、コンスタンスとブランシュの愛である。今回の舞台では、最後の一人としてギロチンに向かうコンスタンスが、ブランシュが来ないことに動揺して、いったん歩みを止め、後ずさりをする(これは、今回の演出の最高の成果)。そして、まさにその時にやって来たブランシュを見つけ、笑みを交わし合う。「私たち、死ぬ時は一緒よ」というコンスタンスの最初の約束は果たされたのだ。(写真↓は、終幕、コンスタンスを追ってギロチンに向かう直前のブランシュ)

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2分程度ですが、動画がありました。

https://www.metopera.org/discover/video/?videoName=dialogues-des-carmelites-oh-ne-me-quittez-pas&videoId=6032294296001

 最後のギロチンに向かうシーン。↓

https://www.metopera.org/discover/video/?videoName=dialogues-des-carmelites-salve-regina&videoId=6032293519001

(写真↓は、院長の死とブランシュ)

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映画 ミキ・デザキ『主戦場』

[映画] 『主戦場』 渋谷・イメージフォーラム 6月7日

(写真は、慰安婦否定派の代表的論客、左から藤岡信勝杉田水脈ケント・ギルバート藤木俊一[テキサス親父のマネージャー]、トニー・マラーノ[テキサス親父]。こうした人々に丁寧なインタヴューを試み、じっくり語らせたところに本作の傑出した価値がある)

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 「慰安婦」「性奴隷」を否定し、彼女たちは普通の「売春婦」だったと主張する歴史修正主義者たちは、安倍政権の後援を得てグレンデール市の慰安婦像設置に反対運動をするなど、大きな政治的キャンペーンを張っている。日系二世のアメリカ人であるミキ・デザキはドキュメンタリー映画を試みて、彼らに加え、この問題を正確に追求してきた日本の歴史学者、吉見義明、林博史、そして韓国の社会学者、慰安婦やその子供たち、現代の日本や韓国の若者などに丁寧なインタビューを重ねて、問題点ごとに主張が対照されるようにきわめて上手に編集した。私自身は従来から問題の全体像は知っていたが、歴史修正主義者たちが自説をかくも雄弁に自信たっぷりに語ることが、逆に彼ら自身の認識の誤りを白日の下に晒すのを見て、「歴史の法廷」がまざまざと実現しているのに驚愕した。

 彼らは「慰安婦」が普通の「売春婦」であることを示すものとして、ビルマ慰安婦が高額を日本に送金した記録を自慢げに引用するが、その「高額」は当時日本の1800倍に及ぶビルマのインフレのゆえであることが、すぐ続く歴史学者のインタヴューで指摘される。慰安婦の証拠はないとする国連の報告書は、ほとんどがナチスドイツの調査であること、終戦直後のアメリカ軍の報告書は一将校が自分の体験だけで書いたこと、インドネシアの「スマラン慰安所事件」の裁判記録など、歴史学者慰安婦否定派が論拠にしている公文書記述のコンテクストをいちいち明らかにしてゆく。慰安婦否定派は、歴史の文書に「自分の見たいもの」を見つけたと思って飛び付いたわけだが、それはことごとくコンテクストを無視した「言葉だけの引用」だったことが明らかになる。同一のテクストが、正しいコンテクストの下では、まったく違った意味を立ち現わす。まさに歴史とは、「文書・もんじょ」を巡る戦いなのだ。これをインタビューによる両者の主張の対比によって瞬時に明らかにしたことが、歴史の法廷を可能にした。この映画に登場する慰安婦否定派と歴史学者慰安婦関係者は、現実世界では直接会って議論することはありえないが、それが映画の中では、その論戦が行われ、どちらが正しいか我々観客にはっきりと示される。これは優れたドキュメンタリー映画だけができることで、誰かが書いていたが、かつてアメリカのジャーナリストのエドワード・マローが、マッカーシー上院議員自身にたっぷり語らせすることによって彼の正体を曝露したことに比肩される。

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 それにしても、慰安婦否定派がニコニコして自信たっぷりに語る姿が、彼らの醜さと虚偽をこれほどまでにズームアップしたことに驚かされる。静かなインタヴューそれ自体が、まさに真理と正義をめぐる戦いなのだ。タイトル『主戦場』とは、そういう意味だろう。慰安婦否定派は性差別主義者でもある。テキサス親父のマネージャーである藤木俊一は、「フェミニズムを始めたのはブザイクな人たちなんですよ。要するに誰にも相手にされないような女性。心も汚い、見た目も汚い。こういう人たちなんです」と語る。そしてテキサス親父は、「ブザイクな女とセックスするときは、顔に紙袋をかぶせるよね」と言って、グランデール市の慰安婦像の顔に実際に紙袋をかぶせて、嬉しそうにツーショットの写真を撮っているが、その姿はあまりにも醜い。そしてまた、インタビューに出てくる日本の若者が「いあんふ? 知りませんけど」と答えるのにも驚かされた。河野談話を受けて1998年にはすべての教科書に慰安婦が記述されていたのが、安倍政権の強権発動で、2012年にはすべての教科書から慰安婦の記述が消えた。本当に、日本はいま危機の「主戦場」にある。

@ 予告編の動画がありました。

https://www.youtube.com/watch?v=SQq5LvhMi1o

今日のうた(97)

[今日のうた] 5月1日~31日

(写真は中村草田男1901~83、第三句集『萬緑』1941)

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  • 菜の花を挿すか茹でるか見捨てるか

 (櫂未知子蒙古斑』2000、「見捨てるか」という選択肢があるのが面白い、ぎりぎり薹(とう)がたっているのだろうか、たしかに菜の花はぐっと花茎が伸びる) 5.1

 

  • あいまいな空に不満の五月かな

 (中澤啓子『現代俳句年間・2000』、今年もそうだが、5月は連休などで行楽も多い、だが、天気が急変したり、ぐずついたり、急に寒い風が吹いたりすることも多い、「空に不満」といったのが上手い) 5.2

 

  • そもそものいちぢく若葉こそばゆく

 (小沢信男『んの字』2000、無花果の実がなるころの葉は、とても大きい、でも枝からちょっと出た程度の若葉はとても小さくてかわいい、それを「そもそもの」とか「こそばゆい」と表現したのが俳諧の味、アダムが性器を隠したのがイチジクの葉だからね、小さな若葉じゃ隠せないよね) 5.3

 

  • 風吹けば来るや隣の鯉幟(こひのぼり)

 (高濱虚子、鯉幟を建ててもらえない家の子供が隣家の鯉幟を楽しんでいるのか、大邸宅ならともかく普通の日本の家なら、鯉幟は、泳げば隣の土地に侵入することもある、「来るや」は「こっちへ泳いでくるよ!」という喜びの声だろう、明日は子供の日) 5.4

 

  • 武者人形飾りて男の子内に居らず

 (風外、「武者人形」は五月人形のこと、せっかく飾ったのに男の子はじっくり見ないで、外に遊びに行ってしまう、女の子にとっての雛人形とは違うのかもしれない、虚子篇歳時記にある句だが、作者の「風外」については分からなかった) 5.5

 

  • 座敷まで届かぬ夏の木陰かな

 (志太野坡、作者1662~1740は芭蕉の弟子、5月になって、ふと気が付くと、日中の日差しが高い、つい最近まで座敷まで差し込んでいた木の影は、もはや木の真下にしか映らない、もう夏のようだ) 5.6

 

  • 大船に真梶(まかぢ)繁(しじ)貫き漕ぐ間(ほと)もここだく恋し年にあらば如何に

 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「僕は、大きな船の左右にたくさん取り付けられた梶を、ひと掻きひと掻き漕いでいるんだ、その短い間でさえ、君のことを思わずにいられないのに、一年も待ってだなんて、そんな」) 5.7

 

  • 今日のまの心にかへて思ひやれ眺めつつのみ過ぐす月日を

 (和泉式部新勅撰和歌集』、恋人の敦道親王が「貴女に告白したあと、貴女を思って今日はとても苦しい」と詠んできたので、「貴方の苦しいという今日を、私がただ孤独に過ごしてきた長い月日と取り換えてほしいわ」と返した)  5.8

 

  • 草枕結びさだめむ方(かた)知らずならはぬ野辺の夢の通ひ路

 (藤原雅経『新古今』巻14、「夢路で君と会いたいなあ、でも旅寝する草枕を君に向けてどの方向に結んだらいいのか分らないんだよ、だって、このあたりの野辺について、僕は地理が不案内なんだもの」) 5.9

 

  • 恋愛にくるしむきはも医師われは見つつ神のごとありしにあらず

 (上田三四二1977『遊行』、医師である作者は患者の最期を看取っている、激しく歎き苦しむ相思相愛の二人、だが医学をもってしても命を救えないときはある、「神のごとありしにあらぬ」自分がもどかしい) 5.10

 

  • みづからの光のごとき明るさをささげて咲けりくれなゐの薔薇

 (佐藤佐太郎『帰潮』1952、これは1948年の作、『帰潮』には、戦後の自分の苦しい生活を詠む生活詠と同時に、「あぢさゐの藍のつゆけき花ありぬぬばたまの夜あかねさす昼」など自然詠の傑作も多い、我が家のバラも大きく咲いた) 5.11

 

  • ひかりつつ天(あめ)を流るる星あれど悲しきかもよわれに向はず

 (斎藤茂吉『赤光』、この歌は1912年作、「ひとりの道」と題された歌群の中、どの歌も寂しさに溢れる、どこか地方の山沿いの道を一人で歩いている茂吉、少し前には、精神科医の自分が診ている患者の自殺を悲しむ歌が並ぶ) 5.12

 

  • 春燈の色違ひたる二間かな

 (正木ゆう子『水晶体』、1977年、25歳の作者は結婚して東京・新宿の小さな部屋に住んだ、「二間かな」はそれだろう、部屋の蛍光灯の色が微妙に違うのか、それを「春燈」と呼んだ、幸せな感情が伝わってくる素適な句) 5.13

 

  • をみなとはかかるものかも春の闇

 (日野草城、この句は1934年「ミヤコ ホテル」と題した歌群の一つ、33歳の作者が妻との新婚初夜をホテルで過ごした句として『俳句研究』に発表したが、草城は新婚旅行などしておらずフィクションだったらしい、ほのぼのとした句が多く、楽しい) 5.14

 

  • 筍の鋒(きっさき)高し星生る

 (中村草田男『長子』1936、日暮れに竹林にいるのだろうか、ぐっと伸びたタケノコにはずいぶん丈の高いのもある、先端が鋭く尖って、その先端の上部の空に小さな星が一つ見える、まるで今そこに生まれたかのように、一番星が) 5.15

 

  • 競漕やコースの外の都鳥

 (水原秋櫻子『葛飾』1930、作者は葛飾の句をたくさん詠んだから、これは江戸川のボートレースかもしれない、コースでは何艘ものボートが激しく競り合っているが、コースの外側では、ユリカモメたちがのんびり浮かんでいる、秋櫻子らしい近代絵画風の明るい句) 5.16

 

 (加藤楸邨『雪後の天』1943、「隠岐紀行」と題された歌群の一つ、隠岐諸島は馬が有名だが、当時は、畑を耕すのに牛も使っていたのだろう、「どこかかならず日本海」がいい、島のどこに行っても光景の一部に必ず日本海が) 5.17

 

  • 兄からのメールの兄の人称がぼくに変ったその春のこと

 (阿波野巧也『ねむらない樹vol.2』2019、それまでの兄のメールの人称は何だったのだろう、「おれ」だろうか、兄の人称が変ったということは、兄に何かあったのか、それとも作者との人間関係の微妙な変化か) 5.18

 

  • マンションの建設中のクレーンの赤い点滅 点滅 遅い

 (浪江まき子『ねむらない樹vol.2』2019、都会で高層の建物を建てる際によく見られる、巨大なタワークレーンだろう、夜は赤い光が点滅している、ゆっくりとした点滅) 5.19

 

  • ああよかった、どこにいても月がみえる。悲しみが色めき立つのがわかる。

 (谷川由里子『ねむらない樹vol.2』2019、作者の歌には、間に空白が入ったり、句読点が入ったりする歌もある、この歌に句読点があるのは、そこで大きく切りたいからだろう、一定の時間の幅のある知覚と感情) 5.20

 

  • シャボン玉ひとつがうろことおもふのだシャボン玉でできた魚体美し

 (渡辺松男『ねむらない樹vol.2』2019、無数の小さな泡の集合体のような「シャボン玉」が、魚のような形になったのだろうか、それともそれを想像しているのだろうか、いずれにしても、その「魚体」は美しい) 5.21

 

  • 月蝕待つみずから遺失物となり

 (寺山修司『花粉航海』1975、作者が高校生の時の作、夜、一人で月蝕を見たかったのだろう、一人になれるよい場所を求めてうろうろ歩いているうちに、気が付いたらまったく知らない場所に来ていた、まるで迷子のように) 5.22

 

  • 髪洗ひ生き得たる身がしづくする

 (橋本多佳子『命終』1965、これは死の二年前1961年の句、作者1899~1963は少し前に五か月近い長期入院を経験した、「生き得たる身」が強烈だが、作者は「女の身体であること」の喜びをたくさん詠んだ人、この句もそうなのだと思う) 5.23

 

  • 夏来たる白き乳房は神のもの

 (三橋鷹女、この句は1936~37年のもの、作者1899~1972は「夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり」「この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉」など奔放で強い句を詠む人、この句も「自分の乳房」なのだろうが、「神のもの」と意表をつくのがいい) 5.24

 

  • 若竹や鞭の如くに五六本

 (川端茅舎『川端茅舎句集』1934、作者1897~1941が1923~33の間に詠んだ句の一つ、師の虚子から「花鳥諷詠真骨頂漢」と呼ばれたこともあり、ものの本質を鋭く捉える「写生」に徹した人と言えるだろう、この句も「鞭の如くに」が卓越) 5.25

 

  • 海中(わだなか)に都ありとぞ鯖火(さばび)もゆ

 (松本たかし『火明』1957、「鯖火」とは、夜にサバ漁を行う漁船の灯のこと、たくさん漁船が集まって、灯がとても明るいのだろう、まるで「海の上に都がある」ような、「もゆ」という表現がいい) 5.26

 

  • 現(うつつ)にて思へば言はむ方(かた)もなし今宵のことを夢になさばや

 (和泉式部『日記』、「貴方が昨夜おっしゃったことが現実だと思うと、悲しくてとても耐えられない、昨夜のことは夢だったことにしたいわ」、恋人の敦道親王が出家を仄めかしたので式部はひたすら泣いた、その翌朝の歌) 5.27

 

  • 知りぬらむ往き来に慣らす塩津(しほつ)山世に経(ふ)る道はからきものぞと

 (紫式部『家集』、「あなたはもちろん知っているわよね、行き来に慣れているあの塩津山が塩辛くてつらい道であるように、私たちの生きていく道もまた辛くてつらいことを、人生ってほんとうに生きにくいのね」) 5.28

 

  • 辛(つら)からん人をもなにか恨むべきみづからだにもいとはしき身を

 (相模『風雅和歌集』、「貴方との関係はもう切れたと頭では分かっている、だからつれない貴方を恨んでもしょうがないと分っているのよ、でも、私にはどこかまだ貴方への未練があるのね、ああ、そんな私が嫌でたまらない」) 5.29

 

  • 逢ひにあひてもの思う頃の我が袖に宿る月さへ濡るる顔なる

 (伊勢『古今集』、「貴方とはあれほどよく逢ったのに、この頃は何だかすれ違ってきたみたいで辛いわ、私の涙で濡れた袖に、今夜の月が映っている、ああ月よ、私と一緒に泣いてくれているのね」) 5.30

 

  • わびぬれば身をうき草の根をたえて誘ふ水あらば去(い)なむとぞ思ふ

 (小野小町古今集』、「人生がわびしくて憂さ憂さしている私です、もし貴方が誘ってくださるならば、浮き草の根が切れて流れていくように、都を離れて田舎に行きたいわ」、文屋康秀の誘いに、恋歌を装って応えた挨拶歌) 5.31