A.ベルク『ルル』

[オペラ] 2.14   アルバン・ベルク『ルル』   D.パウントニー演出 新国立


直前に2幕版に変更になったが、3幕版に比べるとつまらない。そのせいか、客の入りが悪い。最前列中央の席で、オペラ鑑賞としては最適ではないが、演出や歌手の問題点がよく分かった。映像で見たグラハム・ヴィック演出の舞台があまりに素晴らしかったので、それと比べると今回の公演はずっと落ちる。まず演出がひどい。『ルル』は、1930年前後という両大戦間期、精神が異常に研ぎ澄まされたヨーロッパの産物だ。カフカ的な前衛性が際立っているのに、この舞台装置は何だ。とかげ、蛇などの動物のプラスチック製の像がたくさん置かれており、これは「グッズ」というか「ぬいぐるみ」だ。何か「説明的」で、とても甘い遊園地のよう。ヴィック演出が、巨大な円形の壁と梯子のような階段だけで、荒涼とした空間を表現したのと大違い。


ルルの肖像画を変なプラスチック彫刻に代えたのも失敗。ルルの肖像画は、それに同性愛の伯爵令嬢が体をこすりつけて身悶えする「倒錯」の象徴だ。写実的な絵が描かれた「二次元平面」を抱こうともがくから凄みがあるのに、ダッチワイフのようなお人形を抱くのでは、笑っちゃう。『ルル』は際立ってエロティックな作品なのに、中途半端にいちゃつかせる演出で興ざめ。男たちは、やたらルルのスカートをめくって頭を突っ込むが、可笑しいだけ。


「怖いエロス」がまったく欠落。その理由の一つは、日本人の顔立ちと肉体の限界にあるように思う。特に日本人男性はまったくダメ。中年の男の色気がまったく出せない。ルルを囲む男たちは、シェーン博士に典型的なように、むしろ老人に近い中年男だ。肩幅が広く、彫りの深い顔立ち、鋭い目つきのヨーロッパ男は、老いても壮絶な性を感じさせる。日本人の顔はのっぺりして童顔だから、どれも「可愛いおじさん」。尖がってゴツゴツした肉体がないと、中老年男性の性の魅力が出ないから、ファム・ファタールたるルルも生きない。ヴィック演出版のルルはクリスティーネ・シェーファーで、むしろボーイッシュ。ほとんどいちゃつかないのに、暗い壮絶なエロスを感じさせた。今回の佐藤しのぶのルルは、いかにも可愛い日本人の女だが、凄みがないのは彼女というより、取り囲む可愛いおじさんの責任だ。


歌手はよく歌ったと思う。だいたい十二音技法の音楽は歌の旋律もよく分らないし、歌うのは難しいだろうと思う。第二幕の最後、オケ版『ルル組曲』が使われたが、ベルクの暗く深い美しさが湛えられた見事な音楽に圧倒された。