ツィンマーマン『軍人たち』

charis2008-05-10

[オペラ] ツィンマーマン『軍人たち』 若杉弘指揮 新国立劇場

(舞台写真。右は、終幕、傾く舞台で向き合う娼婦のマリーと兵士たち。下は、マリーとラ・ロッシュ伯爵夫人。その下は、カフェで女給(ストリッパー?)を囲む兵士たち。ウィリー・デッカー演出のシンプルな舞台は、黒白をベースに色彩のコントラストが美しい。)


ベルント・アロイス・ツィンマーマン(1918〜1970ピストル自殺)は、ドイツの作曲家。1965年作のこのオペラは、彼の代表作といわれる傑作で、日本初演の快挙。金管とパーカッションが多い大編成のオケに、ジャズ・コンボ、電子音楽などを加えた大音響を特徴とする。原作は、18世紀の作家ヤーコプ・レンツの戯曲『軍人たち』(1776)。物語は、軍人の中でも特に貴族出身の将校たちは、町娘たちを誘惑しては弄び、階級が違うので結婚もせず捨ててしまうという、当時よくあった話を批判的に主題化したもの。裕福な商人の娘マリーが、何人もの貴族の将校にもて遊ばれたあと、救済しようとした伯爵夫人の援助にもかかわらず、娼婦に転落し、最後は乞食になるという悲劇。


ツィンマーマンは、前衛的なセリー音楽の手法に、伝統的な音楽様式を混合しようとした現代音楽家。1970年代以降にはその混合は現代音楽で普通のことになるが、60年代の作曲家たちはまだ、すぐ後輩のシュトックハウゼンなどにみられるように、前衛的手法にこだわっていたので、ツィンマーマンの「折衷」は裏切りとして批判され、それで彼は自殺したといわれる。このオペラの音楽も、無調の現代音楽だから、伝統オペラのような調性の”美しい旋律やアリア”はない。しかし聴いた感じでは、金管や打楽器を中心とした”音の塊”が次々に広がっては消えていく独特の時間・空間性を感じさせる。シュニトケなどニューロマンチシズムのような”美しさ”はないが、鋭く切り裂くような迫力に満ちている。


原作の物語は時代に即した社会派劇だが、それを200年後に現代音楽でオペラ化すると、脱時代的な抽象性を帯びた不条理劇になる。この作品は、第3幕から最後の第4幕にかけて劇的にも音楽的にも盛り上がり、第3幕のマリー、伯爵夫人を含む女性三重唱は、ものすごい迫力をもった絶唱だ。娘を弄んだあげく捨てる貴族たちの批判がテーマなので、第4幕では、「不正を身に受ける者はおののくばかりなのか! 不正を行う者だけが楽しく生きられるのか!」という告発の歌が大音響で繰り返される。ツィンマーマンはカトリック信仰の厚い人だったというが、この音楽にはどこか、”裁き”を求める宗教的ニュアンスのようなものが感じられた。第2幕末尾も『マタイ受難曲』がコラージュされているが、このような”宗教性”には、たんに前衛的手法と伝統様式の混合という技法の次元を超えて、作曲家の深く内面的な希求が表現されているのではないか。歌唱は、ラ・ロッシュ伯爵婦人を歌った森山京子が素晴らしかった。