三谷幸喜『ベッジ・パードン』

charis2011-07-03

[演劇] 三谷幸喜作『ベッジ・パードン』 世田谷パブリックシアター


(写真は、前列左が、女中のベッジ(深津絵里)、右が漱石(野村萬斎))


ロンドンに留学した漱石は、英語もうまく通じずにノイローゼになりかけていた。下宿の女中はコックニー訛りが強く、彼女の「I beg your pardon?」は、漱石には「ベッジ・パードン」と聞こえた。漱石は、「僕の最も敬服し又最も辟易するベッヂ・パードンは遂に解雇されてしまった。僕はもう円満なる彼女の顔を見ることはできない。移転後になって初めてこの話を聞いた僕は憮然として彼女の未来を想像した」(「倫敦消息」1915)と書いている。


この実在の女性「ベッジ・パードン」によって、孤独な漱石は癒され、救われ、彼女と恋に陥ったというのが、三谷氏の創作劇『ベッジ・パードン』である。物語は「創作」だが、素晴らしくよく出来た劇で、感嘆した。漱石は下宿で、田中幸太郎というサミュエル商会社員の日本人と同宿だった。漱石の手紙には、「田中氏とハー・マジェスティ劇場で『十二夜』を見る。装飾の美、服装の華麗なこと目が眩むようだ」(1901.2.23)とある。この実在の田中幸太郎は、劇では、英語が得意なために、漱石に深い英語コンプレックスを与える「畑中惣太郎」(大泉洋)という人物に造形されている。英会話が得意な畑中が同じ下宿にいるので、漱石は、彼の前では萎縮してしまって、イギリス人に対して英語がうまくしゃべれない。イギリス人たちとの付き合いに疲れて、引き篭もりになってしまう漱石が、とてもうまく描かれている。


が、「物語」はデリケートな問題も孕んでいる。下層階級の女中「ベッジ・パードン」ことアニーに癒された漱石は、彼女に恋し、「僕と一緒に日本に行って結婚しよう」と言う。日本に妻がいるが、関係は冷えていると、離婚を仄めかす。「子供はいない」と嘘もつく。要するにこれは、鷗外の『舞姫』に擬した、漱石版『舞姫』物語なのである。『舞姫』のエリスのモデルになった女性エリーゼ・ヴィーゲルトは、彼女を捨てた鷗外を追って日本にやってきたが、森家によって体よく追い返された。日本のトップエリートの欧州留学と、現地娘との恋、そして彼女を捨てての帰国という「苦さ」が『舞姫』にはある。


しかし、漱石とアニーとの恋物語は、その「苦さ」をあまり感じさせない絶妙な物語構成になっている。漱石と深い関係になる直前、偶然から漱石の嘘を知ったアニーは、彼のもとを去ってゆく。安酒場で働き、さらに娼婦に売られたという、アニーのその後を聞いて懊悩する漱石。だが、それだけなら後味の悪い物語だが、「夢」というメタレベルの介入によって、ここで、現実と夢の境界線がなくなるのだ。最後に、アニーが漱石の部屋を訪れ、「あなたなら、書けるわよ」と彼を励ます。これは現実なのか。いや、漱石が見た夢である。だが、夢には伏線がある。アニーはもともと夢見がちの少女で、いつも自分の見た夢を漱石に語りまくって、彼を辟易させていたのだ。夢ばかり見るアニー。そして、夢を見ることのなかった漱石。その彼が、初めて夢を見た。夢の中でアニーに励まされた漱石は、作家として立つ決心をする。


ギリシア悲劇の「機械仕掛けの神」のような、出来すぎた物語(well-made play)ではないかという批判もありうるかもしれない。だが、たとえそうであっても、我々は、生き生きとした肉食系少女アニーと、どこまでも上品な草食系男子漱石とに深く共感しないわけにはいかない。萬斎は、そこに立って歩くだけで美しい。萬斎が漱石をやってこその、ウェル・メイド・プレイなのだ、これは。