[今日のうた2]
(写真は、2010年8月に亡くなった河野(かわの)裕子の追悼文集。彼女は現代歌人の中でも、もっとも情感溢れる相聞歌を歌った人。「たとへば君・・・」は、やはり彼女の代表作。)
・ 蟻の国の事知らず掃く箒(はうき)哉(かな)
(高浜虚子、「蟻」は夏の季語、「蟻」の句はなぜか面白いものが多い、しばらく「蟻」の句を集めてみる) 8.31
・ 蟻よバラを登りつめても日が高い (篠原鳳作、蟻の立場に見立てる俳諧味) 9.1
・ 夜の蟻迷へるものは弧を描く (中村草田男、人間探究派) 9.2
・ 蟻の穴憂苦(いうく)ある者跼(かが)み合ふ
(石田波郷、蟻の穴の縁で蟻が体を曲げる、それをかがんで見ている私) 9.3
・ たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
(河野裕子『森のやうに獣のやうに』1972、「たとへば君」が絶妙、凛として見返す視線。昨年亡くなった作者のたぶん十代の歌) 9.4
・ 吾(あ)をさらいエンジンかけた八月の朝をあなたは覚えているか
(俵万智、『サラダ記念日』1987 サラッとした軽快さ、透明感が作者の持ち味、日本短歌史に新境地を開く)9.5
・ かきやりしその黒髪のすぢごとにうち臥すほどは面影ぞ立つ
(定家『新古今』恋五 「この手で掻きやった貴女の黒髪、その一筋一筋とともに貴女の顔を思い浮かべています、ひとり臥しながら」) 9.6
・ 黒髪の乱れもしらずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき
(和泉式部『後拾遺集』恋三、「黒髪をふり乱しながら泣き臥しています、こんなとき優しく黒髪をかきやってくれたあなたが恋しくてたまらない」) 9.7
・ ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく
(道浦母都子『無縁の叙情』1980 全共闘運動を戦った作者、『源氏』『新古今』などで歌われた「黒髪」の語が印象的) 9.8
・ 海わたる日は橙(だいだい)の上にあり
(水原秋櫻子1961、二つの黄色光と青い海、作者は色彩感のある句を作る人。虚子『ホトトギス』の四天王「4S」の一人) 9.9
・ 芋の露(つゆ)連山(れんざん)影を正しうす
(飯田蛇笏1949、「芋の露」という近景と、アルプスの連山という遠景、「影を正しうす」が卓抜。作者の若き日の傑作として名高く、代表作の一つ) 9.10
・ 梢(こずゑ)まで来て居る秋の暑さかな
(支考、「木の枝がそよぐから秋はたしかに来ているけれど、でも暑いな」、作者は芭蕉の弟子) 9.11
・ 蕎麦(そば)はまだ花でもてなす山路かな
(芭蕉、「山路はるばる訪ねてくれた友人よ、美味しい蕎麦でもてなしたいが、残念ながら今蕎麦は花の盛り、この美しい蕎麦の花をご覧ください」) 9.12