今日のうた(100)

[今日のうた] 8月分

(写真(1948)は中村汀女1900~1988、虚子門下で活躍した、家庭生活や子どもを詠んだ優しい句が多い)

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  • 水脈(みお)の果(はて)炎天の墓碑を置きて去る

 (金子兜太1946、出征したトラック島からの引き揚げ船で詠んだ句、たくさんの同僚の兵士が死んだ、トラック島の現地には墓といってもごく簡素な「墓碑」があるだけ、それさえも「水脈の果てに置き去りにして」帰国の船中にいる) 8.1

 

  • 浴衣着て農夫に土の匂なし

 (寺山修司「山彦」1953、17歳の作、夏祭りの夜か、それとも普通の夜だろうか、知人の農民がさっぱりした「ゆかた」を粋に着こなしている、一瞬の違和感、でもすぐに、農民だからいつも「土の匂い」がなければならないわけではないと苦笑する) 8.2

 

  • 灯をともし潤子のやうな小さいランプ

 (富澤赤黄男『天の狼』、1938年頃だろうか、作者は動員され中国の華中を転戦中の句、すぐ前の句には「銃聲がある」とある、長女の潤子は小学校1年生くらい、句群の前書きに「潤子よお父さんは小さい支那のランプを拾つたよ」とある) 8.3

 

  • 隼人(はやひと)の名に負ふ夜声(よごゑ)のいちしろく我が名は告(の)りつ妻と頼ませ

 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「夜中に来て私の名を呼んだ貴方に対して、私は、宮廷警備の兵士の隼人が出すあの大声にも負けずに、はっきり自分の名を叫んだわ、この声は私よ! さあ私を妻にして!」) 8.4

 

  • 心がへするものにもが片恋はくるしきものと人に知らせむ

 (よみ人しらず『古今集』巻11、「僕の心を、貴女の心と、取り換えてください、ああ、そうすれば、片思いに僕がどんなに苦しんでいて、もうほとんど死んでしまいそうなのが、貴女に分かるでしょう」) 8.5

 

  • 白露の玉もて結へるませのうちに光さへ添ふ常夏の花

 (高倉院『新古今』巻3、「とこなつ」は今の「なでしこ」、「ませ」とは低い垣のこと、「白露の玉で結ったように、白露がたくさんついている低い垣に、なでしこの花が咲いている、白露の光も花に一緒に寄り添って、なんて美しいんだろう」) 8.6

 

  • 夜もすがら契(ちぎ)りしことを忘れずは恋ひん涙の色ぞゆかしき

 (中宮定子1001『後拾遺集』、23歳で亡くなった中宮定子が一条天皇に宛てた辞世の歌、「夜もすがら契しこと」とは、生前の定子が一条天皇と七夕の夜に交わした愛の誓い、道長が長女の彰子を強引に「中宮」にさせたため、追われた定子の最晩年は苦しかった、今日は七夕) 8.7

 

  • 白露のなさけ置きける言の葉やほのぼの見えし夕顔の花

 (藤原頼実『新古今』巻3、「白露[=男性]が愛の言葉をかけたのかな、ほんのりと白い夕顔の花[=女性]が見えたよ」、『源氏物語』の夕顔の歌を踏まえる、植村は今日から山籠もりするので、しばらく「今日のうた」は休みます) 8.8

 

・桃色の炭酸水を頭からかぶって死んだような初恋

 (田丸まひる『硝子のボレット』2014、作者1983~は、自分の高校生の頃の初恋を回想しているのだろうか、「胸キュン」なんてそんな小さなものじゃなかった、「桃色の炭酸水を頭からかぶって死んだようになった」な、私は、あの時) 8.16

 

  • ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挟んだままのノート硬くて

 (永田紅『日輪』2000年、作者1975~は生物学研究者、京大大学院修士の頃か、夜遅くまで実験室で実験をしているが、ふと、彼のことが気になって窓辺へ行く、実験ノートを手放さず硬く握りしめながら) 8.17

 

  • 沖あひの浮きのごとくに見えかくれしてゐるこころというけだものは

 (辰巳泰子『紅い花』1989、歌集の刊行時、作者は23歳、この歌は失恋の歌らしい、「見えかくれしてゐる沖あひの浮き」とは、失った彼氏なのか、それをまだ獲物として狙っている作者の「けだもののようなこころ」とも重なるのか) 8.18

 

  • 海を見てきましたといふ葉書など少女らに書きながき夏の日

 (永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』2000、作者1951~2000は孤独に生きた人、しかし、たくさんのもの、こと、人を、この人らしく愛した人、淡い恋を詠んだ彼女の歌は美しく悲しい、この歌も彼女らしい歌)  8.19

 

  • きみとの恋終りプールに泳ぎおり十メートル地点で悲しみがくる

 (小島なおサリンジャーは死んでしまった』2011、作者1986~の失恋直後の歌か、気持ちを鎮めようとプールでひたすら泳ぐ、深く潜ってプールの底を凝視しながら進む、十メートルの印が見え、突然突き上げる悲しみ) 8.20

 

  • 君は君のうつくしい胸にしまわれた機械で駆動する観覧車

 (堂園昌彦『やがて秋茄子へと至る』2013、作者1983~の彼女はバレーを踊っているのだろうか、彼女の体がゆっくりと滑らかに回転する、まるで「うつくしい胸にしまわれた機械で駆動」しているかのように) 8.21

 

  • 「ぼくネ」を「俺さ」とあわてて言いかえる <男の美学>は似合わないのに

 (林あまり『MARS ☆ANGEL』1986、作者1963~の学生時代の歌だろうか、彼氏はきっと可愛い男の子なのだろう、そんな彼氏を作者は大好きなのだ、[植村は山籠りで少し休みます]) 8.22

 

  • 冷蔵庫、お前のようにどっしりと構えていたい(精神の比喩として)

 (佐藤りえ『眠らない樹vol.2』2019、冷蔵庫が擬人化されているのが面白い、しかも「どっしりと構えている」というのがその美徳となっている、自分の家の冷蔵庫をそんな風に見る人はあまりいないだろう) 8.26

 

  • 邪魔ものを乗りこえるとき掃除機が子犬のような抵抗をする

 (杉埼恒夫『パン屋のパンセ』2010、「掃除機で床を掃除してるんだけど、床には大小さまざまなモノがあって、そういう<邪魔もの>のせいでなかなか進めない、掃除機本体も、子犬のようにまとわりついて、抵抗する」) 8.27

 

 (高濱虚子、アサガオは日没8~10時間後に咲くので、普通は早朝に咲く、「しらじらと夜が明け始め、空には星が一つ見えるだけになった、もう開いた紺色のアサガオが美しい」) 8.28

 

  • 朝顔や星のわかれをあちら向

 (加賀千代女1703~75、昨日の虚子の句「暁の紺朝顔星一つ」のように、アサガオは早朝に咲く、この句も「星のわかれ」とあるから早朝だろう、わずかに空に残っている星との別れのはずなのに、アサガオの花は「そっぽを向いている」) 8.29

 

  • 下り立ちて芙蓉の蜘蛛を拂ひけり

 (椎花、「あっ、庭に咲いている芙蓉の花に蜘蛛がいるぞ、いかんいかん、すぐ、庭に下りて蜘蛛を拂ったよ」、わざわざ「下り立ちて」と言ったのがいい、作者は、昭和の冒頭の頃、東大俳句会にいた虚子門の人か、今、我が家の近所の芙蓉が美しい) 8.30

 

  • 稲妻のゆたかなる夜も寝べきころ

 (中村汀女、子どもたちが「あっ、また光った」と言って、なかなか寝ないのだろう、「ゆたかなる」と詠んだのが、作者らしい優しさを感じる) 8.31