わらび座『げんない』

charis2016-06-23

[ミュージカル] わらび座「げんない」 有楽町・国際フォーラムC


(写真右はポスター、下は、平賀源内が長崎のオランダ人から買ったと言われる軽気球、そして舞台より[右端が源内])


わらび座は、日本のオリジナルミュージカルを創作上演する劇団。私が見るのは「ブッダ」に次いでこれが二作目。実在する日本人を伝記的に演劇化したものとして、宮本研「美しきものの伝説」、井上ひさし「頭痛肩こり樋口一葉」、永井愛「書く女」「鴎外の怪談」等を見たことがあるが、どれも傑作だった。これらの主人公は何よりも創造者であり、彼らがたんに男や女としてではなく、創造する者としての苦悩と栄光が、人間関係を通してよく描かれていた。本作もまた、平賀源内というきわめて個性的な人物をミュージカルで表現しようという、なかなか野心的な構想だ。主に踊りと歌で表現するわけだが、とても楽しいミュージカルであると同時に、歴史の必然性と矛盾が源内や田沼意次のような人物を造形していることが見える優れた時代劇になっている。


源内は「本草学」から出発して、日本で最初の博覧会を開くなど、「博物学」の開祖であり、農学、植物学、薬学、医学、鉱物学、鉱山学などにも関わっている。彼は長崎に遊学し、杉田玄白などと親しく交流したが、彼の人生そのものが「知の開国」であり、それゆえ「鎖国」状態の徳川幕藩体制と衝突せざるを得なかった。田沼意次や各藩の藩主たちが源内を重用して、新しい産業を興すことに必死になるという資本主義興隆との関係が、このミュージカルからもちゃんと分かる。源内は「もうけ主義」「カネまみれ」と批判されたが、「資本主義の精神」を体現しているような男で、経済史的にみれば彼の行動は正しかったわけだ。彼の、脳天気だが明るい性格が、人々を惹きつけて勇気を与えたことが、歌と踊りでうまく表現されている。


油絵を通じて彼の弟子となった司馬江漢蘭学杉田玄白開明的な資本主義の精神を理解していた老中・田沼意次などとの友情が、ほぼ史実に沿って物語化されているが、さらにその上に、吉原に売られる娘・お千世と江漢との恋という(たぶん)創作を加えたのがよかった。というのも、お千世をめぐる状況は身分制社会の桎梏の象徴で、脱藩した旧武士である源内その人や、彼の周囲を巡る人たちの行動が、身分制社会との闘いになり、フーコーの言う「知の権力性」がよく描かれているからである。お千世の場面に浄瑠璃の様式を取り入れることによって、西洋音楽の軽やかな旋律の異物として封建制の葛藤が浮かび上がる。「知の権力性」の物語をミュージカルで表現するのは難しいように思われるが、源内の場合、油絵、エレキテルから羊を飼って羊毛を採るに至るまで、余りにも多彩な「雑学の天才」なので、その知はそれ自体が「見世物的」で、エピソードの羅列がミュージカルにうまく乗るのだと思う。ガリレオを巡る「知の権力性」の物語ならば、踊って歌ってのミュージカルにするのは難しいだろう。わらび座は、秋田の女性解放運動家であった和埼ハルを主人公とするミュージカルを今、上演しているそうだが、ミュージカルによる伝記的表現はなかなか面白い。「美しきものの伝説」は大杉栄を巡る人たちで、大杉も雑学的な創造者だからミュージカル化できるかもしれない。本作「げんない」は、横内謙介作・作詞・演出、深沢桂子作曲。


下記に3分間の動画があります。
https://www.youtube.com/watch?v=V7gXVvJC3F0