[今日のうた] 6月
(写真は佐藤文香1985〜、早稲田大学俳句研究会出身、句集『君に目があり見開かれ』2014などがあり、若々しい感覚の句を詠む人)
・ 柚子の花君に目があり見開かれ
(佐藤文香『君に目があり見開かれ』2014、恋の句だろう、季語としてはユズの花は蜜柑の花と同じ、小さくて白い地味な花だが、恋人の顔のように「目があり見開かれ」ている、今、その柚子の花の季節) 6.1
・ 少女らは小鳥のごとし衣更(ころもがえ)
(大井戸辿「俳句」2002年6月号、夏服に切替わった女子高校生たちが楽しげにおしゃべりしながら登校しているのか、清水哲男氏の批評によれば、同世代の少年ならば彼女たちを「小鳥のごとし」とは見ないから、この句には作者の「老境」が滲み出ているとのこと) 6.2
・ 麦笛を吹けり少女に信ぜられ
(寺山修司「七曜」1953、作者は17歳、麦の茎を切って笛のように鳴らしてみせる、「わーっ、すごいんだ」と少女が感心する、ちょっと得意な作者) 6.3
・ 麦秋や軌道茜にいろづきて
(山口誓子『遠星』1945、「一面に広がる麦秋の波、手前の線路にもそれが映って、わずかに黄味を帯びた沈んだ赤色にいろづいている」、今、麦秋が美しい) 6.4
・ 麦秋(むぎあき)や子を負ひながらいわし売り
(一茶『おらが春』、「越後女、旅かけて商ひする哀れさを」と前書きに、一茶の故郷、柏原だろう、「一面の麦秋の中、近隣の越後の女性が背中に子どもを背負って、いわしを売りにきている」) 6.5
・ 時計の針Ⅰ(いち)とⅠとに来(きた)るときするどく君をおもひつめにき
(北原白秋『桐の花』、白秋1885〜1942は、1912年、夫と別居中の隣家の人妻、松本俊子と恋に落ちた、夫が姦通罪で告訴したので、白秋は二週間ほど留置場に収監された、その時の歌、午前1時5分だろうか) 6.6
・ 目瞑(めつむ)りてひたぶるにありきほひつつ憑(たの)みし汝(なれ)はすでに人の妻
(宮柊二『群鶏』1946、作者はその女性に片想いのまま、ついに告白できなかったのだろう、「今まで何度も、目を閉じて心を集中し、今度こそ貴女に言おうと自分を励ましたのですが、その貴女はもう人の妻なのですね」) 6.7
・ オリーブ咲けり古代円形劇場跡
(佐藤千支子、ギリシアで詠んだのだろう、地中海沿岸の山地では今オリーブの白い小さな花が咲いている、オリーブの樹は平和の象徴) 6.8
・ 杜若(かきつばた)似たりや似たり水の影
(芭蕉1666、23歳の作、芭蕉の俳句で最も若い時の一つ、カキツバタはアヤメ科で、池や湿原に鮮やかな紫色の花を咲かせる、「それが水面に瓜二つに映って非常に美しい」) 6.9
・ 睡蓮に水盛り上げる鯉の道
(伊丹三樹彦、「広い池に睡蓮の花がたくさん咲いている、その中に水が大きく盛り上がって道のような筋になってゆく、ああ、鯉が泳いでいるんだ」) 6.10
・ 心臓で封をしたので心臓がなくなってくるしいです、よんで
(一戸詩帆・女・21歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選とコメント「ハート型のシールでラブレターの封をしたってことかな。一般的な習慣になっているけど、それを本来の意味に戻したところが新鮮」) 6.11
・ 間違えて手を振ったらば返された だから君じゃない と気付きました
(國次ひかり・女・18歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、作者コメントに「あの人なら手を振り返してはくれないな、と」、作者は片想いなのか、それとも彼氏はそういう性格なのか) 6.12
・ ああ丸い料理食べたい丸い鍋丸いお皿に丸いお茶碗
(黒崎恵未・女・28歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、作者コメントに「スーパーのお弁当やお惣菜ばかり食べていて、久しぶりに家で作ったものを食べたら感じが違いました」、たしかにスーパーのは四角いトレイが多い) 6.13
・ 鍛冶の火を浴びて四葩(よひら)の静かなり
(富安風生、「四葩」は紫陽花のこと、がく片が四枚あるから付いた名、昼間ではなく夜の紫陽花の美しさを詠んだ句、鍛冶場から音とともに漏れてくる鋭い光、それを静かに受けている紫陽花の花、今、紫陽花が美しい時節に) 6.14
・ 紫陽花の色をさまらぬ夕べあり
(山上樹実雄、「夕暮れとととに光は乏しくなり、すべてのものは色を失ってゆく、しかしこの紫陽花だけは、その青さが深くなったように感じられる」) 6.15
・ たましひに着る服なくて醒めぎはに父は怯えぬ梅雨寒のいへ
(米川千嘉子『たましひに着る服なくて』1998、作者の第三歌集、子どもが育ち父が衰えて亡くなるときを詠んだ深みのある歌が多い、本歌は父にまだ意識があるときだろう、「魂には着る服がない」から寒いという、悲しみ) 6.16
・ 二重瞼にあくがれわれを責めやまぬ娘(こ)らよ眼は見るためにある
(小島ゆかり『希望』2000、作者の二人の娘は高校生くらいか、「パパは二重まぶたなのにママが一重だからいけないのよ、だから私たち一重で生まれたんだわ」と言われてしまった、可愛い娘たち) 6.17
・ 紫陽花の二叢(ふたむら)の色移りゆく
(正木ゆう子『水晶体』1986、紫陽花は色が毎日変化してゆく、「移りゆく」と捉えたのが卓抜) 6.18
・ 揚羽蝶また戻り来し葵かな
(井上洛山人、今、立葵がとても美しい、揚羽蝶でさえ「また戻ってきてしまう」) 6.19
・ みじか夜や枕に近き銀屏風
(蕪村1771、「この頃は夜明けが早いなあ、枕元にある銀屏風の反射で、今朝もこんなに早く目覚めちゃったよ」、「金屏風」でないところが俳諧の味、質素な生活を暗示する、明日は夏至) 6.20
・ 夏至の日の水平線のかなたかな
(陽美保子『遥かなる水』2011、土肥あき子氏は、この句はスウェーデンを思わせるという、北欧の夏至の頃、太陽はほとんど沈まず夜も水平線は明るいままなのだ、日本の昼間でも、夏至の頃の水平線は特別に明るく輝いているかもしれない、今日は夏至) 6.21
・ 女學院前にて揚羽見失ふ
(浅井一志「俳句」2009年4月号、「美しい揚羽蝶をずっと目で追っていたのに、「女学院の前」で見失ってしまった、女子高校生たちが気になって、そちらに気を取られちゃったな」) 6.22
・ プラカード持ちしほてりを残す手に汝に伝えん受話器をつかむ
(岸上大作『意思表示』1961、1960年安保闘争のときの歌、作者はデモから帰って彼女に電話したのだろう、そして同年12月に下宿で服毒自殺した、享年21歳、今日は安保条約自動延長の日) 6.23
・ 蝶低し葵の花の低ければ
(富安風生、「すっくと伸びる立葵、でも咲いた花の位置はまだ低いな、あっ、その花に合わせるように蝶々が低く飛んでいく」、どういうわけか蝶々は立葵によく似合う) 6.24
・ どっちみち梅雨の道へ出る地下道
(池田澄子『いつしか人に生まれて』1993、大都会の中心部にある駅だろう、駅を出て目的地に向かう時、雨を避けるために、わざわざデパートの地下売場を通ったりして、地下道を少しでも多く歩こうと工夫する、でも結局外に出なくちゃね、ああ、ついに出口に) 6.25
・ シャワー浴ぶ悪事の前とその後と
(櫂未知子『定本 貴族』1996、あっけらかんとした開放感と、(「貴族」にはほど遠い)ガラの悪さが、作者の持ち味で、人気俳人たるゆえん) 6.26
・ 前屈(まえかが)みになりて校正続ければぐいとおまえはかかとつっぱる
(俵万智『プーさんの鼻』2005、作者は2003年、40歳で初めて赤ちゃんを出産、その子がお腹にいる時のことだろう、「前かがみになって校正を続ける」のが赤ちゃんには不満なのか、そこが面白い) 6.27
・ 五月雨(さみだれ)にもの思ひをれば時鳥(ほととぎす)夜ふかく鳴きていづち行くらむ
(紀友則『古今集』夏、「うっとうしい梅雨の夜中、一人でもの思いに沈んでいると、静寂を打ち破るようにホトトギスの鋭い声がした、いったいどこへ行くのだろうか」、まだ梅雨ですねぇ) 6.28
・ ほととぎすまだうちとけぬ忍び音(ね)は来ぬ人を待つわれのみぞ聞く
(白河天皇『新古今』第3巻、「山から下りてきたばかりの不慣れな様子で忍び鳴くホトトギスの声がしたわ、来るって約束したのに来ない貴方を待つ私だから、そう聞こえてしまうのね」、女の立場で詠んだ歌) 6.29
・ 玉章(たまづさ)にただ一筆(ひとふで)とむかへども思ふ心をとどめかねつる
(永福門院『玉葉和歌集』、「貴方に<ほんの一言>と思って、手紙を書き始めたのよ、でもね、貴方のことを想像していると、次から次へと<好きっ>ていう思いが溢れてきて、長くなっちゃった」) 6.30