今日のうた(98)

[今日のうた] 6月ぶん

 (写真↓は馬場あき子1928~、1952年に歌人の岩田弘と結婚し、歌誌「まひる野」に加わる、その後、歌誌「かりん」を牽引)

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  • 衣更(ころもがへ)前もうしろも風に満ち

 (橋本多佳子『海彦』1957、「風に満ち」がいい、夏服になると、それだけで涼しい感じがする、私が高校生の頃は、6月1日に一斉に制服が夏服に変ったが、今はどうなのだろうか)  6.1

 

  • 一斉に水の地球の雨蛙

 (佐藤たけを『鉱山神』2012、作者は地質学者、カエルはたくさんの種類があるが、春から夏にかけて、大きな池や水の入った田圃で鳴く、我が家の近所でも、広い湿地帯で、今カエルたちがたくさん鳴いている、声もかなり大きい) 6.2

 

  • 立葵咲き終りたる高さかな

 (高野素十、立葵は、下からだんだん花が付いて、一番上まで咲き終わったときが一番高いのだろう、今、我が家の近所で美しく咲いている立葵は、まだ咲き終っていない) 6.3

 

  • 紫陽花の毬(まり)現れし垣間かな

 (中里其昔、「毬現れし」がとてもいい、作者は歩いているのだろう、少し離れた垣の間から、紫陽花の大きく咲いた「毬」が「現れた」、その美しさがひときわ際立つ) 6.4

 

  • 芍薬の歯ざはりを知つてゐるやうな

 (正木ゆう子、なぜ「歯触り」なのか? 美女の譬えとして「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」と言う、芍薬の花びらが蕾のようにキュッと丸く閉じている状態なのか、可愛いくて、ちょっと嚙んでみたいほど美しい) 6.5

 

  • 眠ってるみたい以外に云う言葉みつからなくてくりかえす夜

 (穂村弘『角川・短歌』2019年4月号、眠りの浅い日が続くということがある、じっさいは眠っているのだけど、何だかそういう気がしない、「眠ってるみたい」としか言いようがない、というのが上手い) 6.6

 

・「大丈夫」は子供に言ひて母に言ひて夫に言ひて亀にも言ひぬ

 (米川千嘉子『角川・短歌』2019年6月号、作者は軽いカゼか何かなのか、家族が心配しているのだろう、それぞれに「大丈夫だから」と言って回る、亀くんにも一声かけておく) 6.7

 

  • 終りなき時に入らむに束(つか)の間の後先(あとさき)ありや有りてかなしむ

 (土屋文明『青南後集』1984、作者が92才のとき、94才の妻が亡くなった、静かな詠みぶりの中に深い悲しみがながれる、格調の高い歌) 6.10

 

  • 墓などに入れなくてよいといふであらう本質はさびしがりやだつたあなた

 (馬場あき子『あさげゆふげ』2018、作者の夫である歌人岩田正は、2017年11月に急逝した、作者にとっては夫であるだけでなく、歌誌「まひる野」「かりん」を牽引した同志でもあった) 6.11

 

  • をんなの香こき看護婦とおもふとき病む身いだかれ移されてをり

 (上田三四二『鎮守』1989、作者1923~89は医者であるが自分も癌で何度も入院、この歌は1986年の入院中のもの、闘病に苦しむ歌が並ぶなか、この歌にはユーモアもある、「をんなの香こき」がいい、香水の香る看護婦にさっと体を持ち上げられて移されていた、作者は痩せて体は軽いのだろう) 6.12

 

  • 突きあたり何かささやき蟻(あり)わかれ

 (『誹風柳多留』、なかなか観察がいい、たしかに蟻は、ぶつかりそうになって、ちょっと止まり、そして別々の方向に行くことがある、別に「何かささやいて」いるわけではないだろうが、そんなふうにも見える) 6.13

 

  • ふと思うことありて蟻(あり)引返す

(橋閒石、作者1903~92は俳誌「白燕」を主宰、前に進んでいたアリが、突然止まって引き返すことがある、その仕草が「ふと思うことありて」のように見えるところが俳諧の味、おそらく何か感覚的に感知はしたのだろう)6.14

 

  • 傾きて太し梅雨(ばいう)の手水鉢

 (高濱虚子、手や顔を洗う「手水鉢」が屋外にある、「傾きて太し」は降っている雨のことだろう、梅雨だから雨が細々と降るとは限らない、まるで豪雨のように、「太い」雨が「斜めに」降りしきることもある、それを受けている手水鉢) 6.15

 

  • 盃(さかづき)に泥な落しそ群燕(むらつばめ)

  (芭蕉1688、伊勢近くの茶屋で一休みして、少し酒を飲んでいる芭蕉、軒端には燕が巣を作って、さかんに行き来している、「この盃に泥を落さないでね」とやさしく燕に呼びかける) 6.16

 

  • ワイパーが攫(さら)っていった雨粒のずっと手前でぼやける視界

 (八重樫拓也『ねむらない樹Vol.2』2019、作者1986~は車を運転しているのだろう、ワイパーが一掃きすれば視界はくっきりするはずなのに、そうならない、「ずっと手前でぼやける」のは、眼に涙が滲んでいるからなのか) 6.17

 

  • 学生のころにはあなたを名で呼ばず 鴨川デルタの丸い先端

 (井村拓哉『ねむらない樹Vol.2』2019、作者1994~は京都市在住、恋をしているのだろう、後の歌からは彼女と一緒に住むようになったことが分る、デートのある時、「鴨川デルタの丸い先端」で彼女を初めて名で呼んだのか) 6.18

 

  • 虹ですと誰かが言ってパートごと順番に窓辺に寄って見た

 (土屋映里『ねむらない樹Vol.2』2019、作者1998~は、オーケストラの楽器のパートごとに練習をしているのだろう、誰かが「虹です」と言った、「パートごとに」違う内容の練習をしているから、「パートごと順番に」虹を見る) 6.19

 

  • 紫陽花(あぢさゐ)におもたき朝日夕日かな

 (中川乙由1675~1739、作者は蕉門で伊勢の人、画も能くした、この句もどこか絵画的なところがある、朝日や夕日の弱い光の方が、日中のまぶしい太陽光よりも、アジサイの藍色を際立たせる、それを「おもたき」と詠んだ) 6.20

 

  • 短夜やいつの間に出し隣船

 (大野きゆう1874~1947、作者は虚子の弟子で九州の五島市の人、漁村だろうか、やっと夜明けだが、一緒に出航する予定だった隣りの船はいつの間にか先に出てしまったようだ、夜が短い初夏ゆえのこと、明日は夏至) 6.21

 

  • 地下鉄にかすかな峠ありて夏至

 (正木ゆう子『静かな水』2002、地下鉄に乗っていて、かすかな上り坂を感じ、やがて平らに走って駅に着くのを感じたのだろう、「峠」と詠んだのが卓越、今日は夏至) 6.22

 

  • 人の喪にいそげるわれは出逢ひたる大いなる傘の流れに押されたり

 (葛原妙子、1960年6月15日、安保反対闘争で国会に突入したデモ隊にいた東大生、樺(かんば)美智子22歳は警官隊と衝突して死亡、彼女の追悼集会へ急ぐ著者、雨傘の大勢の人の流れに押されて前へ進めない、今日は安保闘争記念日) 6.23

 

  • 見つめれば 日本のかなしみが湧きあがる国会議事堂に射す初夏の光も

 (信夫澄子『風祭』1989、国会議事堂は、日本の民主主義を象徴し、憲法立憲主義を現実化する場所でなければならないが、安倍政権は予算委員会を開かず、公文書も報告書も隠蔽する、怒りと「悲しみが湧きあがる」) 6.24

 

  • プリンターに打出されしわが年金予想額今少し働けという数字なり

 (石井登喜夫『東窓集』1996、20年以上前の歌だが、年金額というのは、それで何とか生きていけるギリギリの額である、「2000万円不足」という金融庁報告書を「なかったことにする」安倍政権のウソの政治に怒り心頭!) 6.25

 

  • いもじまで先から出来る美しさ

 (『誹風柳多留』、いもじ[湯文字]とは腰巻のこと、器量の悪い娘は持参金を付けてようやく嫁に出せたが、美女は「持参金なんかいらない、腰巻一つで来てね」と引く手あまただった、この句は、腰巻さえも嫁ぎ先の夫の側で用意する言う、どんだけ美女なの?) 6.26

 

  • 心ではあいつをなあと見たばかり

 (『誹風柳多留』、吉原では、金がないので並ぶ遊女をただ眺めるだけの客を「素見(すけん)もの」という、眺めながら「あいつがいいな」と思った遊女はたいていすぐ客がついて、素見ものの前から消えてしまう) 6.27

 

  • 本ぶりになつて出ていく雨やどり

 (『誹風柳多留』、すこし小降りになるまでと思って雨宿りしていたら、ますますどしゃ降りに、でももう待てないから行かざるをえない、今もよくあること) 6.28

 

  • うべ子なは我(わ)ぬに恋ふなも立(た)と月のぬがなへ行けば恋しかるなも

 (よみ人しらず『万葉集』巻14、「今ごろ貴女は僕に恋い焦がれているんだろうね、もう新月になったよ、月日がどんどん流れるんだ、ほんと恋しいよね、僕もだよ」) 6.29

 

  • 篝火(かがりび)にあらぬわが身のなぞもかく涙の河に浮きて燃ゆらむ

 (よみ人しらず『古今集』巻11、「僕の体は魚を取るためのかがり火じゃないんだよ、でもなぜこんなに、涙の河に浮かんで燃えているんだろう、貴女を恋い焦がれるから燃えているんだよ」) 6.30