今日のうた67(11月)

charis2016-11-30

[今日のうた]11月1日〜30日


(写真は藤原良経1169〜1206、感覚的にシャープな歌を詠んだ人で、『新古今集』の入選歌は79首、西行の94首、慈円の92首に次いで多い)


・ おしなべて思ひしことのかずかずになほ色まさる秋の夕暮
 (藤原良経『新古今』巻4、「それにしても、今日のこの夕暮れの美しさと寂しさは何だろう、これまで数えきれないほど寂しいもの思いをしたけれど、そのどれよりも悲しく美しい」、「なほ色まさる」が絶妙) 11.1


・ 思ふことさしてそれとはなきものを秋のゆふべを心にぞ問ふ
 (宮内卿『新古今』巻4、作者は20歳頃に夭折した女性歌人、「何か特定の理由があってもの思いをするわけではないのに、なぜ秋の夕暮はこんなに寂しいのだろう、と自問している私」) 11.2


・ さびしさはその色としもなかりけり真木(まき)たつ山の秋の夕暮
 (寂蓮法師『新古今』巻4、「この寂しさは樹木の色のせいではないな、眼前に並び立つ杉や檜などの真木は常緑樹だから深い緑のままで、紅葉も落葉もしていない、でもどうしてこんなに寂しいんだろう」、緑なのに寂しいという感覚が新しい) 11.3


鰯雲少女は浜を駆けてくる
 (高柳重信『前略十年』、1940〜42年、作者は早稲田大学学生、もっとも初期の17、8歳の頃の作、まだ後年の前衛俳句の片鱗はなく、いかにも素直な句だが、新鮮で美しい)  11.4


・ 落葉踏む足音いづこにもあらず
 (飯田龍太1965、山本健吉氏の註によれば、「十月二七日母死去、十句」の内の一句。生前、作者は、母が家の周囲の落葉を踏んで歩く音をよく聞いていたのだろう、音だけで母と分かる、その音がしない、母はもういない、深い悲しみが伝わる) 11.5


・ マンホールの底より声す秋の暮
 (加藤楸邨、夕方、たまたま歩いている道に、マンホールの蓋が空いている、ちょっと立ち止まると、奥深くから工事の人の声がぼそぼそと聞こえる、その声は小さくてどこか寂しい、こうして過ぎてゆく秋) 11.6


・ 土間口に夕枯野見ゆ桃色に
 (金子兜太『少年』、「夕方、貧しい家屋の土間口から外の枯野が見える、桃色に輝いて美しい」、1940~43年、作者の最初期の句の一つ) 11.7


・ 孤独だと呟くあなた 写真では両手で山羊を愛でてるじゃない
 (このみ・女・20歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、「「両手」がポイントなんですね。「孤独」って云ってるけど、この写真を撮った見えない誰かがいるじゃないか」と、穂村弘評) 11.8


・ 鬱という字をなんとなく書いてみる信じられないくらいはみ出す
 (女・42歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、「書いてみて初めてわかった「鬱」という字の恐ろしさ。画数がもの凄いから、命懸けで挑まないと「はみ出す」んだろう。「信じられないくらい」がいい」と、穂村弘評) 11.9


・ ひとり膝を抱けば秋風また秋風
 (山口誓子1940、「一人さびしく膝を抱いて、物思いにふける秋、秋風に寒さを感じる頃になった」) 11.10


・ ない袖を振つて見せたる尾花哉(かな)
 (森川許六、蕉門の俳人、「ススキの穂が揺れている、まるで、ない袖を振っているみたいで、なんかわびしいな」、かすかなユーモアも) 11.11


・ 紅葉(もみぢ)せり柿の葉鮓(ずし)の柿の葉も
 (長谷川櫂1992、「柿の葉でくるんだ鮓が美味いなぁ、おっ、そういえばこの葉は紅葉している」)  11.12


・ いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣(ころも)をかへしてぞ着る
 (小野小町古今集』、「真っ暗な闇夜、あなたが恋しくてたまらない、だから夜の衣を裏返しに着て眠るわ、そうすれば夢であなたに会えるから」) 11.13


・ 夢にだに見で明かしつる暁の恋こそ恋のかぎりなりけれ
 (和泉式部新勅撰和歌集』恋三、「貴方が来るかもしれないと思うと眠れないまま夜が明けてしまった、眠れば夢で会えたのに、ああ、それもできなかった、こうして明け方に一人で貴方を恋い焦がれるのが究極の恋よね」、恋人だった敦道親王への挽歌) 11.14


・ 恋ひ恋ひてよし見よ世にもあるべしと言ひしにあらず君も聞くらん
 (式子内親王『家集』、「好きで、好きで、好きなのよ貴方が、いいから、とにかくこの私を見て! このまま遂げられない恋を胸に抱いたまま死んじゃうかもしれない、ね、知ってるわよね、そういう私のこと」、句割れの第二句「よし見よ」の切なさが胸に迫る、「よし(縦し)」は「いいから、何はともあれ」の意) 11.15


・ ことごとくやさしくなりて枯れにけり
 (石田郷子『木の名前』2004、「秋も深まって草木が枯れてゆく、でも、どの草木も<やさしくなって>枯れてゆくのね」、作者1958〜は、静かな、さっぱりとした感じの句を作る人) 11.16


・ 日沈む方へ歩きて日短か
 (岸本尚毅2000、「日没の時刻がどんどん早くなってきた、夕陽に向かって歩くと、特にそれを感じる」、「ひしずむ/ひみじか」とそれぞれ4字だが、よいリズムだ、作者1961〜は波多野爽波に師事した人、俳誌「天為」ほか同人) 11.17


・ 嘘でない紅葉(もみじ)は二度と見に行(ゆか)
 (『誹風柳多留』第17篇、「紅葉見物」と称して実は遊里に行く男性も多かったらしい、この句は、妻にばれて言い訳をしているのだろう、「遊里には行かない」とは言っていないところが川柳) 11.18


・ どれなりとおつしやつてはと若い者
 (『誹風柳多留』第13篇、吉原で、どの女を選ぶか決めかねて、いつまでもぐずぐずしているオジサン客がいるのだろう、しびれをきらして店の男が「早く決めてね」と催促する、風俗店で働く男は老若にかかわらず「若い者」と呼ばれたのも面白い、「おねえさん」と一緒に仕事をするからか) 11.19


・ 下(さが)りとり銚子(ちょうし)へ行けとつき出され
 (『誹風柳多留』第10篇、「下りとり」とは、吉原の客の未払いの勘定を取り立てること、「催促しても本人がなかなか払わないので、取り立てに親の家に行ったら、息子はすでに勘当されて銚子にいると言われた」、勘当された行先がなぜか「銚子」とされた) 11.20


・ 帰りきて綺羅(きら)なすものをすべて脱ぐ らしく振るまう夜会は終了(おわり)
 (松平盟子『プラチナ・ブルース』1990、パーティーは疲れる、美しく装い、女性としての魅了を振りまかなければならないから) 11.21


・ 「観覧車の下で待ってるから」虹の彼方に運ばれゆくオスふたり
 (もりまりこ『ゼロゼロゼロ』1999、男子二人と遊園地に行ったのだろう、二人とも独りよがりで作者はあまり楽しくなかったのか、冷ややかな視線が鮮やか) 11.22


・ 焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き
 (俵万智『チョコレート革命』1997、妻子ある男性を愛してしまった作者、彼の娘に初めて会った時の歌、直前の歌は「まざまざと君のまなざし受け継げる娘という名の生き物に会う」、緊張して気まずかったのか) 11.23


・ 書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが讀みてゆく字の上にゐる
 (森鴎外「我百首」1909、鴎外は自宅で歌会を催すなど短歌も作っていた、「我百首」は雑誌『スバル』5号に発表、「書を読んでいると、小さな女性が現れて文字の上にいる」という、妄想を楽しんでいるのか、何を読んでいるのだろう)11.24


・ 其人(そのひと)の上(うへ)としいへばよそながら世にかたるさへ嬉しかりけり
 (樋口一葉、「半井桃水(なからいとうすい)さんがどういう人か色々しゃべったら、そんな関係じゃないのに、恋人だと疑われちゃった、でもしゃべるのはやっぱり楽しいわ」、一葉は師の桃水を好きだったのだろう) 11.25


・ 青空の光の奥にひらきゐるいと大いなるまなこあるらし
 (片山敏彦、作者1898〜1961は、一高教授としてドイツ語を教えた、フランス文学にも詳しく、リルケ、ロマン・ローランなどの翻訳で名高い人、詩人でもあり晩年は短歌も詠んだ、この歌は死去する前の癌で闘病中のものか) 11.26


・ 今だれしも俯(うつむ)くひとりひとりなれわれらがわれに変りゆく秋
 (道浦母都子『無援の抒情』、60年代末の大学闘争を戦った作者、多くの運動は敗北し挫折していった、仲間はバラバラになり一人一人になった、「われらがわれに変ってゆく」ことを、俯きながらかみしめる)  11.27


・ 独房に釦(ぼたん)おとして秋終る
 (秋元不死男1901〜77、1941年、作者は新興俳句事件に連座して逮捕され、二年間も留置された、事件は特高警察のでっちあげだが、その時を詠んだ句) 11.28


・ あたゝかな雨がふるなり枯葎(かれむぐら)
 (正岡子規1890、「枯れ葎」とは、つる性の雑草などが絡まりあったまま枯れていること、「初冬のある日、<あたたかな雨>が降っている、枯れ葎がとても生き生きして見える」、鋭い観察だ) 11.29


・ 霊長目ヒト科のわれの冬支度
 (岡崎るり子、われわれ人間は「霊長目ヒト科」である、類人猿を含めて哺乳類は全身が体毛で覆われているが、ヒトだけは裸体で、頭髪などを除いて体毛がない、だから衣服が必要だ、いや寒い冬には体毛すらほしくなる) 11.30