[オペラ] ワーグナー《ニュルンベルクのマイスタージンガー》 新国 11月28日
(写真は舞台、この作品は何といっても、民衆の喜びに溢れた祝祭的気分が素晴らしい)
第1幕(95分)はやや退屈で、もっと短くしてほしいと思ったが、第3幕(130分)は素晴らしい。ワーグナー唯一の「喜劇」だけあって、彼の他の作品とは違った面白さがある。(写真は↓、マイスタージンガーたちの保守性を厳しく批判する、よそ者の騎士ヴァルター(右)。似顔絵を用いるのは、ヘルツォーク演出の工夫で、原作にはない)
現代と16世紀の服装を混ぜているのが面白い。(写真↓は、歌合戦を鑑賞するマイスタージンガーたちと、一人セレナーデを歌うベックメッサー)
主人公のハンス・ザックス(1494~1576)は実在の人物で、靴屋でありニュルンベルクの指導的マイスタージンガーだった。この作品でも、きわめて魅力的な人物に造形されている。彼は妻子をなくし、いまはやもめ暮らしだが、友人の金細工師でマイスタージンガーであるポーグナーの娘エーファを自分の娘のように可愛がった関係で、互いに恋愛感情を持っている。これがとてもいい。《ワルキューレ》でもそうだが、ワーグナーには父娘の愛が描かれており、私はこれがとても好き(^^)。(写真↓、3枚目はポーグナーとエーファの父娘)
第3幕第2場に、音楽の形式を知らない素人のヴァルターが歌う歌を聴きながら、それをすぐれた歌詞となるように詩の形式に直してゆくシーンがあるが↓、ここはワーグナー自身のオペラ歌詞観が窺われて興味深い。実在したマイスタージンガー制度は、ギルドの職人たちを音楽家に仕立てるわけで、素人から芸術家への移行を含んでいる。歌合戦の審査に民衆を加えたこと等、芸術の担い手としての民衆にワーグナー自身が共感していたのだろう。
オペラとして最高に素晴らしい頂点は、第3幕の後半部、ザックスが、ヴァルターとエーファ、弟子のダーヴィットとマグダレーネ、という二組の結婚をうまくアレンジして(写真↓の右と左)、5人でとても美しい「愛の五重唱」を歌い(写真↓その下)、そして歌合戦本番の祝祭になって、隣村の娘たちやパン屋など多様な職人たちのダンスシーンからヴァルターの優勝(写真↓その下)になるところだ。民衆が芸術を担う喜びとはこういうことなのだろう。
とはいえ、《マイスタージンガー》には、ワーグナーの反ユダヤ主義(ベックメッサーは滑稽な負け犬にされる)や、ドイツ国粋主義という問題も残る。最後の幕切れ、ヴァルターとエーファが「(マイスタージンガー制度の象徴である)ダヴィデ王の似顔絵?」を叩き壊すのは、原作にないシーンで、演出ヘルツォークのワーグナー批判なのだろうか? 原作の幕切れは以下のようだ、「(ザックス)たとえ神聖ローマ帝国が儚く滅びても、神聖なドイツの技芸は残されるであろう!」そしてト書き「終結部に達したら、民衆は感動して帽子やハンケチを振る。徒弟たちは踊り、歓呼の声を上げながら手を叩く」(井形ちづる訳、『ワーグナー全対訳集』水曜社)
5分間の動画がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=Yebm105trtQ