[オペラ] ヴァン・ホーヴェ演出《ドン・ジョバンニ》

[オペラ] ヴァン・ホーヴェ演出 モーツァルトドン・ジョバンニ》 Metライブ Movixさいたま

(写真↓は舞台、全体は二幕だが、すべてがこの地下室のような場所で生起し、太陽の光は一度も出てこない)

2023年5月20日Met上演、さすがヴァン・ホーヴェ演出で、これまでの『ドン・ジョバンニ』とは違う。何よりもジョバンニを性犯罪者として造形し、ツェルリーナも一貫して被害者となっている。冒頭、モーツァルトの原作では、追ってきたドンナ・アンナの父の騎士長が「決闘せよ」と言い、たぶん二人は剣で戦うのだが、この上演では、ジョバンニがいきなり拳銃を抜いて騎士長を撃ち殺す。つまり、ジョバンニが完全な卑劣漢になっている。アンナとドン・オッターヴィオとの愛も深いものに描き、二人は一年後に結婚しそうな感じだ。おそらく原作のモーツァルトの意図とは少しずれていかもしれない(ベートーヴェンワーグナーも言っているように、モーツァルト自身はジョバンニを徹底的に否定的には捉えていないように見える、彼を地獄には落とすが)。でも、このヴァン・ホーヴェ版は未来の『ドン・ジョバンニ』上演に大きくする影響かもしれない。ジョバンニを性犯罪者として全否定する上演が増えるのだろうか。たしかアドルノによれば、農民のツェルリーナは、農村の都市化に伴い、支配階級を恐れなくなった新しいタイプの逞しい女だが、この上演では、ツェルリーナもマゼットも農民ではなく都市労働者になっているから、二人は貧しい労働者階級、ジョバンニは大富豪という対比だろう。階級という上下関係はたしかにあるが、しかし、ツェルリーナはジョバンニに口説かれて、自分から彼の館についていくのだから、彼女にも少しは「その気」があったというのが今まで解釈で、そこをヴァン・ホーヴェは変えている。(写真↓は、ジョバンニ[ぺーター・マッティ]とツェルリーナ[イン・ファン]、ドンナ・エルヴィラ[M.マルティネス]、ドンナ・アンナ[F.ロンバルディ])

ツェルリーナもエルヴィラもジョバンニといるときは一貫して不機嫌で、二人の間に真の愛がないことを示している。結婚パーティも含めてすべてのシーンが地下室のような暗い場所で演じられるのは、ジョバンニの「愛」はすべて性犯罪でしかないことを暗示しているのだろう。音楽と、歌詞はほぼ原作のままで、特に不自然さを感じないということは、ヴァン・ホーヴェの解釈が成り立つということだろう。ヴァン・ホーヴェの解釈を舞台で表現するためには、歌手が繊細な演技をしている。歌手は全員が深みのある十分な演技をしており、特にレポレロ[A.プラヘトカ]の繊細な表情はとてもよかった。(写真↓はレポレロと、騙されるエルヴィラ) 指揮は女性のナタリー・シュトゥッツマン。

2分間の動画が↓、ツェルリーナ誘惑のデュエット、通常の演出では彼女はうっとりとなるのだが、ここでは一貫して嫌そう、彼女は「同意していない」という解釈なのか

"Don Giovanni" | Met Opera: Live in HD 2022–23 | Là ci darem la mano - YouTube