日本オペラ連盟「フィガロ」

[オペラ] 11.13 「フィガロの結婚」 日本オペラ連盟公演 新宿文化センター


イギリスの哲学者バーナード・ウィリアムズは、「フィガロならば、たとえどんな田舎芝居でも観たい」と言ったそうだ。その気持ち、よく分る。この公演は、二期会研修生や藤原歌劇段準団員クラスの若手の公募。皆、主役は初めてだという。少し力んでいる感じもあるが、水準は高い。年齢的からいうと、哲学専攻の大学院博士課程の院生が、学会でデビューするようなものか。そう思うと応援したくなる。オケも音が澄んで上出来。歌手の歌とオケの旋律の「噛み合い」がやや悪い箇所があり、双方に「合わせよう」という意識が働くと、かえって微妙に不安定になるような気がした。

新人公演といっても、色々と発見がある。第二幕、衣裳部屋から現れるスザンナの歌をこんな遅いテンポでたっぷり歌わせるのは初めてだ。この歌が素晴らしいからだろう。指揮者の思い入れのせいかな。それと、他の公演でも感じるのだが、マルチェリーナには年上の歌手を配するからだろうか、いつも声量が豊かで印象に残る。ケルちゃんは熱演だが、声の質にもう少しリリックな美しさがほしい。

毎年、東京で「フィガロ」を年に何回も観られる幸せ。たぶん日本人で初めて「フィガロ」を観た森鴎外から120年近くになる。1884年からのドイツ留学中に「フィガロ」を観た鴎外は、台本を買い、そこに「カヴァティーナとは、短い歌を繰り返すアリアのこと」と書き込んだ。カヴァティーナとアリアの違いを誰かに尋ねたのだろう。いかにも勉強家の鴎外らしい(滝井敬子『漱石が聴いたベートーヴェン中公新書)。「素晴らしい!」なんて無駄なことは書かなかった。でも、「フィガロ」を前にした鴎外その人の胸中はいかに? 120年後に想像するだけでもワクワクする。