モスクワ室内歌劇場『魔笛』

[オペラ] 7.8  モスクワ室内歌劇場公演『魔笛』  新国立・中ホール


(1) ロシアの名演出家ボリス・ポクロフスキー(今年93才!)が昨年9月に初演したもの。オペラの演劇的側面を強調し、小劇場向けに作られた見事な舞台。歌手はオケ・ピット前の客席最前列通路にしばしば降りてくる。客席も舞台の一部なのだ。舞台装置は円と直線のみからなる前衛的で簡素なもの。全体にファンタジー感覚が溢れ、キャストは若くて美しい。タミーノは金髪の美青年、三童子は妖精風美少女、そしてパパゲーナは三角帽子の似合う少女で、「オズの魔法使い」のドロシーのようだ(老婆を背中+仮面で演じるから、正面は少女のまま)。


(2) 今回、発見があったのは、ザラストロ。彼には二人の僧侶とモノスタトスしか従者がいないから、王とは言えない(合唱団はオケピットにいて舞台には登場しない)。パミーナと手を取り合って客席で歌うザラストロは、王ではなく我々と等身大の「父」に見える。タミーノとパミーナの愛を媒介する父性の象徴なのだ。夜の女王は文字通りの「母」だが、母性はそのままでは偏狭な欠如態で、わが子の愛の成就のためには、父性に導かれなければならないという「古い物語」なのだと思う。


(3) 今回の演出では「踊り」が光っている。パミーナが自殺を思いとどまったシーン、三童子と手を取り合って踊る姿が美しい。そして、グロッケンシュピールの鳴る三箇所をすべて「踊り」にしたのは何と素晴らしいことだろう。第一幕17場ではもともと追っ手が踊り出す。だが、第二幕23場も、パパゲーノがワインに酔って「女の子ほしいよ〜〜ん」のアリア、歌うそばから体が動いていやでも踊ってしまう。それだけではない、最後の「パ、パ、パ」のシーンは、もうパパゲーナが駆け寄って、二人は戯れながら踊りだしている。全宇宙が二人を祝福しているかのように。『魔笛』のグロッケンシュピールは、本当に奇蹟を到来させるとしか言いようがない。「鈴」は旋律であるよりはリズムといえる。そのリズムによって我々の肉体そのものが音楽に変る。エロスを最高に浄化された姿で寿ぐこと以上に、我々の深い喜びがあるだろうか。『魔笛』の真のタイトルは『魔法の鈴』なのだ。(舞台写真は↓)
http://www.sara-artists.com/moscow-chamber/photos.htm