ホルヴァート『フィガロの離婚』

charis2006-07-15

[演劇] ホルヴァート『フィガロの離婚』 鵜山仁演出、地人会公演 紀伊国屋サザンシアター


ホルヴァート(1901〜38)は、クロアチア生まれのドイツの劇作家。ブレヒトに似た「民衆劇」の作家として知られ、『ウィーンの森の物語』『カシミールとカロリーネ』は今もよく上演される。『フィガロの離婚』は1936年の作品で、戯曲は未邦訳。


面白い「社会劇」だった。物語は、フィガロの結婚から6年後。フランス革命によって貴族制が打倒され、アルマヴィーア伯爵夫妻と、フィガロ、スザンナの4人は、国境を越えて隣国に亡命する。隣国(たぶんドイツ)ではまだ革命は起きていない。宝石を売って食いつなぐ伯爵夫妻は文無しになり、フィガロ夫婦も伯爵から離れて、小さな村で床屋を開業する。『セビリアの理髪師』以来の、フィガロの本業復帰だ。だが床屋はうまく行かず、苛立つフィガロに愛想をつかして、スザンナは離婚する。離婚の本当の理由は、子供が欲しかったスザンナに対して、フィガロは、混乱した社会では子供は行動の足手まといになるので、子供を持つこと自体に反対したからだ。伯爵夫人は当地で亡くなる。


一方、フランスでは、伯爵の城は革命政府によって接収され、孤児院になっている。昔伯爵家の馬丁だったペドリーロがその館長で、彼は特権階級打倒というフランス革命の理想に燃えた左派の闘士になっている。ぺドリーロは、妻であるバルバリーナがかつて伯爵にレイプされたことを重視し、伯爵は犯罪者だと確信している。


隣国では、ケルビーノが、若き日のプレスリーを思わせる青年になり、クラブを経営している。そこでスザンナもホステスとして働いているが、スザンナはプライドが高くて「男に媚を売る」のを嫌うので、ケルビーノとはよく衝突する。このクラブには、亡命者だけでなく、ゲシュタポを思わせる男たちも入り浸り、なじみの客になっている。ケルビーノがスザンナに捧げる新曲、「おおスザンナ」は客たちに大好評で、プレスリー風に熱唱するケルビーノと一緒に店内は大合唱。我々も拍手、拍手。このシーン、ブレヒトを思わせる猥雑な活気に満ちて、とてもすばらしい。演出家の才能を感じる。


床屋に失敗したフィガロはフランスに帰る。自分は革命に反対して出国したのではなく、仕方なく伯爵に従っただけという、巧みな弁舌で、フィガロは新政府の信頼を得る。おりしも、旧アルマヴィーア邸の孤児院では、館長ぺドリーロの孤児数水増しがばれて、館長を首になり、新館長としてフィガロが復帰する。そこへ、スザンナとアルマヴィーア伯爵も帰国し、一度別れたスザンナとフィガロはよりを戻し、伯爵も邸内に住むことを許される。この和解でハッピーエンド。


面白い構成の劇だが、フランス革命後のフィガロたちの物語といっても、実際は、第一次大戦後からナチスの政権掌握に至る社会的混乱と重ねられている。そこに"飛躍"があると言えばある。だが、伯爵夫人、スザンナ、バルバリーナともに、子供がいないというのは、現代的テーマでもあり、革命後は、自分の子供ではない孤児院の経営に関わるというのも、絶妙な設定だ。音楽の使い方がとてもうまい。しばしば『フィガロの結婚』のアリアなどが管楽器に編曲されて流されるが、バラバラになってしまった関係者がそれぞれ苦しむシーンに、BGMとして流されるのだ。主人公たちが言葉を失い、うつむき、明かりが消える。暗闇に流れるケルビーノの「恋とはどんなものかしら」が、こんなに悲しく聞こえるとは思わなかった。