「出生率」はむずかしい

charis2006-08-09

(右挿絵は、フラ・アンジェリコの「受胎告知」、下の図版は2005年度国勢調査にもとづく未婚率。男女とも未婚率が大幅に上昇した。)


最近、日本の「出生率1.25」という数値が話題になったが、「出生率」という概念はなかなか奥行きが深い。インターネットで少し勉強してみたので、その「成果」を以下に書いてみる。「出生率」概念そのものが曖昧なのではなく、「出生率」というのは、こちらの関心に応じて客観的数値がポンと得られるようなものではないようだ。それを知ったのは、素人の私には新鮮な驚きであった。たとえば、「働く女性と専業主婦とでは、どちらが子供をたくさん産むか?」という問いを考えてみよう。調べれば簡単に分かりそうに思われるが、しかし、実はそうではない。そして、そのような統計自体が存在しない。


出生率1.25」というとき、それは正確には「合計特殊出生率」のことである。これは15才から49才までの各年齢の女性について、その年齢の全女性数を分母、その年齢の女性がこの1年間に産んだ子供の数を分子として、各年齢ごとに分数を割り出し、その分数をすべて「合計」したものである。これが何を意味するかというと、日本の女性全員(正確には15〜49才の全女性)を、あたかも1人の女性であるかのごとくみなして、その「彼女」が一生の間に(正確には15〜49才の間に)産む子供の数を出したものである。女性全員が分母になっているということは、当然、独身女性も含まれている。だから「合計特殊出生率」は、結婚した夫婦が実際に産んだ子供の数ではない。未婚の若い女性や、ずっと独身を通して子供を産まない女性、あるいは結婚しても子供を産まない女性など、15〜49才の日本人女性すべてをひっくるめて「一人の女性」とみなした場合、「彼女」が産む子供の数である。だからこそ、日本の人口を維持するには「出生率2以上が必要」という言い方ができるのだ。しかしまた、日本の独身女性全員を含めて「子供を産む一人の女」に仕立てるのだから、大いなる「虚構」でもあるわけだ、「合計特殊出生率」というのは。


だが、このような「合計特殊出生率」は、最初にあげた「働く女性と専業主婦とでは、どちらが子供をたくさん産むか?」という問いには使えない。なぜなら、「働く女性」とか「専業主婦」というのは、ある特定の時点での個々の女性の「状態」であるのに対して、「合計特殊出生率」はそのような個々の時点の「状態」ではなく、女性の人生の全体(正確には15〜49才)に関わる数値だからだ。実際、労働力率のM字カーブと言われるように、働いていた女性が出産と同時に退職し、子供が幼稚園や小学校に入った頃から、パートあるいはフルタイムで再び働き出すという例はよくある。つまり、人生の中で「働く女性」と「専業主婦」の両方の状態を経験する女性が非常に多いわけだから、「働く女性と専業主婦では、どちらが子供をたくさん産むか?」という問い自体が不適切ともいえる。そもそも、「産んだ子供の数」というのは、その女性が「生み終わった」時にならなければ分からない数なのだから、「働く女性」とか「専業主婦」とか、女性の特定の時点の状態を表す概念とはなじまないわけである。


では、「完結出生児数」なら、この問いにうまく答えられるかといえば、そうもいかない。「完結出生児数」とは、結婚後15〜19年後の女性が実際に産んだ子供の数である。1970年以降、この30年でほとんど変わっていない。データをあげると、2.20('72年)、2.19(77年)、2.23(82年)、2.19(87年)、2.21(92年)、2.21(97年)、2.23(02年)である。「完結出生児数」は、女性が産み終わるまで待って初めて言える数値だから、現在生じている出産の事態を直ちに反映するものではない。2002年の2.23人という数値は、2002年の時点で、すでに産み終わった年齢に達した女性についての話であり、2002年において、20代後半から30代前半の出産適齢期の女性は統計にカウントされていない。そして「完結出生児数」もまた、女性の結婚後15〜19年という長期の全体について言える概念であり、「働く女性」や「専業主婦」という特定の時点の状態について参照できる数値ではない。


このように見ると、「出生率」という概念は、女性が働くかどうかという状態とはクロスせずに、未婚か既婚かという違いしか数値に反映しないように思われる。「合計特殊出生率」と「完結出生児数」は、女性の婚姻率を媒介にすれば、数式として簡単に転換できるからだ。「合計特殊出生率」と「完結出生児数」は以下のような関係にある。


合計特殊出生率=生まれた子供の数/女性全体の数
完結出生児数=生まれた子供の数/結婚している女性の数


この式を良く見ると、「生まれた子供の数」はどちらも分子になっているが、分母の方は、一方が「女性全体の数」であり、他方が「結婚している女性の数」である。ということは、合計特殊出生率と完結出生児数との関係は、「生まれた子供の数」を相殺して消去すれば、結婚している女性の数/女性全体の数、つまり「婚姻率」に等しいことになる。すなわち、


合計特殊出生率
=生まれた子供の数/女性全体
=(生まれた子供の数/結婚している女性)×(結婚している女性/女性全体)
=完結出生児数×婚姻率


という式が得られる。さて、上に見たように、統計的に完結出生児数が変わらないにもかかわらず、合計特殊出生数が低下しているとすれば、理由は、婚姻率の低下しかない。結婚している女性の数が減っていること、つまり晩婚化が少子化の原因ということになる。最初にあげた統計表から分かるように、25〜34才の女性未婚率は驚異的に上昇している。25〜29才で59.9%、30〜34才では32.6%の女性が未婚である。これは全国平均であり、たとえば東京はこれより10ポイント以上数値が高いから、東京で少子化が起きるのは当然ともいえる。


出生率」については、下記の三井トラストホールディングスの報告から学んだ。↓
http://www.mitsuitrust-fg.co.jp/invest/pdf/repo0609_1.pdf