宮本亜門演出『フィガロの結婚』

[オペラ] 二期会フィガロの結婚』 宮本亜門演出、渋谷オーチャドホール

(写真は、2002年の初演の舞台。第三幕、中央右の"弾けるような"スザンナが素晴しい。今回の再演もほとんど同じ。)


今回は、院生・学生ら6人の人たちと一緒に観劇。宮本亜門の演出を堪能した。2004年の宮本『ドン・ジョバンニ』は、9.11直後の廃墟となった貿易センタービルに星条旗が翻るという舞台設定だったので、度肝を抜かれた。ジョバンニの愛が人類を荒廃から救うという解釈なのだろう。それに比べると、『フィガロ』は原作どおりの落ち着いた舞台だ。だが、「人の動き」に宮本演出の特徴がある。


ここ十数年、オペラは演出家優位で、歌手は演劇役者のように演技を要求されるようになった。『フィガロ』の場合は「エロス」の強調に傾きがちで、2003年の新国立劇場アンドレアス・ホモキ演出のように、第三幕の結婚式シーンをカットして、代りに隣室で伯爵がバルバリーナを陵辱するというトンデモ演出もあった。今回の宮本演出は、そういう奇を衒ったことはやらないが、ミュージカルの専門家だけあって、人が、軽やかに「跳ねるような」動きをする。かすかにではあるが、どこか「踊り」の要素が感じられるのだ(上記の写真を見てほしい)。これは見た目に快いだけでなく、「誰もが溌剌としている」という『フィガロ』の魅力をさらに増している。ただ、歌手には結構負担がかかるのではないだろうか。


プログラムノートで宮本は、舞台演出家のオペラ進出について、次のように語っている。「蜷川さんも野田さんもそうだったかもしれないけれど、よそ者という意識はありますよね。初めて僕が沖縄に言ったときヤマトンチュと言われたみたいな(笑)。・・・僕はミュージカルで訓練されているから大丈夫だけど、お芝居だけの演出家にとっては、オペラはすごい戦いだと思う。リズムもテンポも全部指揮者が決めてしまうし、総合芸術であるがゆえに、演出家が中心というわけではないですからね。・・・言い方は失礼だけど、宮本があの『ドン・ジョバンニ』をやった後に来るんだから、[キャストの方々は]ある程度は居直っていただかないと(笑)。」歌手に「覚悟せよ」と言っているのだから、舞台裏は結構大変なのだと思う。


今回、伯爵夫人(腰越満美)、スザンナ(半田美和子)、ケルビーノ(泉千加)は、それぞれに特徴があり、どれも良かった。とくにスザンナの軽やかな身のこなしが素晴しい。スザンナは本当に、全オペラ中でもっとも魅力的なキャラなのだと思う。伯爵(萩原潤)は、やや声量不足。ケルビーノを茶髪で宝塚の男役風にしたのは、とても楽しい。また、いつもはあまり印象に残らない音楽教師のバジリオ(上原正敏)が、今回は印象に残った。舞台上の動きや振る舞いに、新工夫があるのだと思う。あと気がついたのは、表示される訳詞が、やや散漫なこと。意訳し過ぎも困るけれど、最近は、「ツボを押さえた」冴えた訳詞が増えているのだから、もう一工夫あってもよいだろう。(今回の舞台写真が発表されたら、貼り付けたい。)