[今日のうた3]
(写真は、小野茂樹。新感覚の相聞歌を詠んだ昭和歌人。今回挙げた「あの夏の数かぎりなき・・・」は、私のもっとも好きな歌の一つです。)
・ かすがのに おしてるつきの ほがらかに あきのゆふべと なりにけるかも
(会津八一『鹿鳴集』1940、「なりにけるかも」は万葉調。今夜は今年の中秋の名月なので、歌を追加) 9.12
・ 月天心(てんしん)貧しき町を通りけり
(蕪村、「天心」は空の真ん中、「通る」のは私、作者の代表作の一つでもある名句) 9.13
・ まつぶさに眺めてかなし月こそは全(また)き裸身と思ひいたりぬ
(水原紫苑『びあんか』1989、作者は仄かなエロスを幻想的かつ典雅に歌う) 9.14
・ あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ
(小野茂樹『羊雲離散』1968、美しい現代の相聞歌。「数限りなきそしてまたたつた一つの表情」をもつ彼女。作者は惜しくも34歳で交通事故死した河出書房編集者1936〜70) 9.15
・ なみだなみだ/不思議なるかな/それをもて洗へば心戯(おど)けたくなれり
(啄木『一握の砂』1910、とても啄木らしい歌、彼が一番詠んだのは「泣く」と「なみだ」、啄木の短歌は三行に分けて書かれている) 9.16
・ 淡海(あふみ)の海夕波千鳥汝(な)が鳴けば心もしぬにいにしへ思ほゆ
(柿本人麿『万葉集』巻3、「琵琶湖の千鳥よ、お前たちの声を聞くと、心がしおれるほど昔の都のことが偲ばれる」 格調と調べの美しさが人麿) 9.17
・ 白鳥(しらとり)は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
(若山牧水『海の声』1908、調べの美しさが牧水、「哀しからずや」によって叙情が調べに見事に溶け込む) 9.18
・ やはらかに人分(わ)けゆくや勝相撲(かちずまふ)
(高井几董、作者は蕪村の弟子、「勝ち力士は、やはらかに人を押し分けながら土俵から去ってゆく」) 9.19
・ 木(こ)のまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり
(よみ人しらず『古今集』秋上、「心づくしの」=移り変わりの速さに心がついていくのは消耗するけれど、でも、それが楽しくもある、「心づくしの」がこの歌の要) 9.20
・ 大いなるものが過ぎ行く野分かな (虚子1934、「野分」=台風) 9.21
・ 野分あとひとり歩きに日あまねし
(細見綾子、台風一過「ひとり歩き」の快さ) 9.22
・ 秋分の日の電車にて床(ゆか)にさす光もともに運ばれてゆく
(佐藤佐太郎『帰潮』1952、普通の言葉を自然に使う高度な技量、佐太郎は昭和短歌の第一人者) 9.23