今日のうた17(9月)

charis2012-09-30

[今日のうた17] (9月)


(写真は高浜虚子、20世紀の日本俳句の隆盛は、彼に負うところが大きい。さりげない、伸びやかな表現の中に深い写実を詠む虚子の句は、やはり近代俳句の最高峰)


・ 限りなき思ひのままに夜も来(こ)む夢路をさへに人はとがめじ
 (小野小町古今集』巻13恋、「現実には会えないあなたが恋しくてたまらない、せめて夜の夢であなたに会いにゆくわ、夢の道までとがめる人はいないから」、小町はたくさん夢の歌を詠んだ) 9.1


・ 下燃えに思ひ消えなむ煙(けぶり)だに跡なき雲のはてぞかなしき
 (俊成卿女『新古今』巻12恋、作者は藤原俊成の娘、「誰にも知られずあなたに恋い焦がれたまま、私は死んで、荼毘に付された煙さえも跡形もなく雲のように消えてしまうなんて、ああ何て悲しい恋でしょう」、定家はこの歌を「幽玄」と評した) 9.2


・ たえまなく激ち(たぎち)の越ゆる石ありて生(しやう)なきものをわれはかなしむ
 (斉藤茂吉1933、「川の水は、絶え間なく、激しく、石にぶつかり、踊るようにそれを越えて、流れてゆく、そこにじっと動かない生命のない石を見つめていると、なぜか悲しみが湧く」) 9.3


・ ゆく河の流れを何にたとえてもたとえきれない水底(みなそこ)の石
  (俵万智『サラダ記念日』1987、昨日の茂吉の歌「たえまなく激ち(たぎち)の越ゆる石ありて生(しやう)なきものをわれはかなしむ」と同様、水底の石を詠う、二つは違うようでもあり、似ているようでもある) 9.4


・ くろがねの秋の風鈴鳴りにけり
 (飯田蛇笏1933、作者の自註に、「往年市で非常に良い音の風鈴を見ながら購(もと)めてきた」とある、「くろがねの」風鈴であるだけでなく、「秋の」風鈴でもあるところに、深みが生まれている) 9.5


・ 艸(くさ)の葉を遊びありけよ露の玉
 (服部嵐雪、「玉のような露が、風に吹かれて草の葉の上をちょっと動いた、もっともっと自由に遊ぶように動いていいんだよ」、はかない露の玉(=我々の人生の喩えか)に向かって人のように呼びかける) 9.6


・ きみが手の触れしばかりにほどけたる髪のみならずかの夜よりは
 (今野寿美1981、「あのデートの晩、たまたまあなたの手が私の髪に触れたわね、そしたら、髪がほどけた、一緒に私の心も」) 9.7


・ 杳(とほ)い杳いかのゆふぐれのにほひしてもう似合はない菫色のスカーフ
 (小島ゆかり1987、「あなたとデートするとき、いつもしていたこの菫色のスカーフ、遠い昔の思い出が纏わりついて、今はもう、このスカーフは付けられない」) 9.8


・ 君待つと我が恋ひ居(を)れば我がやどの簾(すだれ)動かし秋の風吹く
 (額田王万葉集』巻4、「あなたを恋しく思いながら待っていると、その心のときめきのように、家の簾が秋風にさやさやと鳴る」、作者は天武天皇の子を産んだが、この「君」は、天武の兄の天智天皇) 9.9


・ 来(こ)むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを 来むとは待たじ 来じと言ふものを
  (大伴坂上郎女万葉集』巻4、「行くよと言っても、来ないですっぽかす貴方だもの、行かないよって言うのに、待ったりしないわよ、だって行かないよって言ってんじゃん」、と言いつつ待ちわびる作者) 9.10


・ うつむきてひとつの愛を告ぐるときそのレモンほどうすい気管支
 (永井陽子『なよたけ拾遺』1978、二十代半ばの作者、喫茶店だろうか、思い切って告白したが、胸が詰まってほとんど声が出なかった) 9.11


・ 青空より破片あつめてきしごとき愛語を言えりわれに抱かれて
 (寺山修司『空には本』1958、20歳頃の作者、可愛い恋人をみずみずしく詠う、上の句が素晴らしい) 9.12


・ 吾が為に薔薇(さうび)盗人せし君を少年のごとしと見上げていたり
 (河野裕子『森のやうに獣のやうに』1972、作者は17歳、「君」は高校の同学年だろうか、盗んだバラを私に渡す背の高い「君」を、子供みたいにかわいいのねと思いながら、じっと見上げる) 9.13


・ 律動するあたらしき表情きみは持つ美しければわれを隔てて
 (小野茂樹1968、「きみの顔には、ある表情が一定の周期で現われるんだね、それがとっても新鮮で、近づきがたいほど美しいんだよ」) 9.14


曼珠沙華蕊(しべ)のさきまで意志通す
 (鍵和田秞子1986、曼珠沙華(=ひがんばな)の花はまるで赤い針金細工のよう、ぐんと伸びる「蕊」は、その先端まで「意志を通す」ように見える) 9.15


・ 薔薇色の雲の峰より郵便夫
 (橋本多佳子1951、「夕陽に美しく輝く雲を眺めていたら、郵便屋さんが郵便を届けに」、電話器も稀でメールもない時代、郵便が来るのは嬉しい) 9.16


・ 蟋蟀(こほろぎ)が深き地中を覗き込む
 (山口誓子1940、「コオロギの動きが、穴の縁でふと止まった、深淵を覗き込んでいるかのように」、見事に捉えられたコオロギの一瞬の体勢、我々も一緒に深い地中を覗き込まされるような、不安な気分が漂う、誓子の代表作の一つ) 9.17


・ ただ広き水見しのみに河口まで来て帰路となるわれの歩みは
 (佐藤佐太郎『天眼』1979、「川が海にそそぐところにある「広い水」、それを見ただけで十分に満たされた気持になって、帰路につく」) 9.18


・ 幾山河越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく
 (若山牧水海の声』1908、「寂しさを紛らわすために出た旅が、かえって寂しさをつのらせる、でも行こう、また今日も旅に」) 9.19


・ 友がみなわれよりえらく見ゆる日よ/花を買ひ来て/妻としたしむ
 (石川啄木『一握の砂』1910、24歳のときの作、上の句と下の句の取り合わせがとてもいい) 9.20


・ 言の葉はつゆ掛くべくもなかりしを風に枝折(しを)ると花を聞くかな
 (清少納言、「言葉巧みに女を口説くなんてとてもできそうにない貴方が、じゃんじゃんラブレター書いて、[ラブレターがあまり来ない、もてない]女たちを一斉になびかせてるんだってね、花やかな噂を聞いちゃったわよ!」、実在のそういう男を茶化した辛口の歌) 9.21


・ いかにせむ葛(くず)のうら吹く秋風に下葉の露のかくれなき身を
 (相模『新古今』巻13、「私を捨てた貴方が、私の恋文を人に見せて吹聴したのね、風に吹かれて葛の裏葉の下の露が露わになるように、私たちの秘め事が知られてしまった、何て軽薄なの、とっても悔しい、どうしてくれるのよ」)  9.22


・ ともかくも言はばなべてになりぬべし音(ね)に泣きてこそ見せまほしけれ
 (和泉式部、「言葉で説明したんじゃ、ありきたりのことと思われてしまうわ、そんなんじゃないのよ、思いっきり声出して泣いている私の姿をよく見てよね!」) 9.23


・ 吹き消したやうに日暮るる花野かな
 (一茶、「花野」は秋の季語、さまざまな野草が咲き乱れて美しいが、どこか寂しくもある、夕方、急に日陰になったように暮れた花野の光景) 9.24


・ 草いろいろおのおの花の手柄かな
 (芭蕉、「秋の野草は、小さめで地味だけれど、よく見ればそれぞれに美しいよ」、「花の手柄」という語が素晴らしい) 9.25


・ がんばるわなんて言うなよ草の花
 (坪内稔典1987、秋の野草はやや弱々しく、はかなげ、「頑張って咲かなくてもいいんだよ」と優しく語りかける) 9.26


・ ふしぎな/四次元の世界を想描(さうべう)する。/しづかな/ひとりの書斎である。
(石原純『靉日』1922、作者は相対性理論を日本に紹介した物理学者にして、自由律短歌を作ったアララギ派歌人、当時は物理学者にも相対性理論は不思議なものだった) 9.27


・ 動物園その奥ふかく鏡あり「最悪の獣」ほほゑみてゐつ
 (坂井修一2002、「動物園で、いろいろな獣の怖く険しい顔をじっと見て歩いた後、鏡があったのでふと見ると、そこには自分の笑顔が、そう、これが「最悪の獣」の顔なのだ」) 9.28


・ ひらひらと月光降りぬ貝割菜(かひわりな)
  (川端茅舎1939、「貝割れ菜の双葉の新芽に、月の光がひらひらと降っている」、どこか夢のようなところのある繊細で美しい句)  9.29


・ 鳥羽殿(とばどの)へ五六騎急ぐ野分(のわき)かな
 (蕪村、「台風の吹く中、武装した五六騎の武者たちが、鳥羽殿(白河・鳥羽両上皇離宮)へ向かって駆けてゆく」、不穏な気配を詠む) 9.30