今日のうた53(9月)

charis2015-09-30

[今日のうた] 9月  (写真は野口あや子1987〜、第49回短歌研究新人賞を受賞、歌集に『くびすじの欠片(かけら)』2009年がある)


・ 「その時になにをしたの?」と言われたものその場で全部やってみせたわ
 (野口あや子『くびすじの欠片(かけら)』2009、作者の高校生の時の作、初恋のことを親しい友人に尋ねられ、さらにそれを彼氏に報告しているのだろうか、瑞々しくて、しかも大胆) 9.1


・ 育て来し草の匂ひに寄るときに二人の秘密たのしむごとし
 (近藤芳美『早春歌』1948、若い作者の初々しい恋の歌が並ぶ歌集、戦時中に詠まれたもの、これは「秋になりて」という小題の歌群の一つ、庭の隅にこっそり草花の種を蒔いたのだろうか、それを知っている彼女と私、二人でそれを楽しんでいる) 9.2


年代記に死ぬるほどの恋ひとつありその周辺はわづか明るし
 (上田三四二『黙契』1955、この歌集刊行時に作者は32歳、「甦る神々」と題された一連の歌だが、「年代記」とはおそらく自身のそれ、戦中の青春時代は暗かったのだろう) 9.3


・ やや遠き光となりて見ゆる湖(うみ)六十年のこころを照らせ
 (佐藤佐太郎『形影』1970、作者60歳のときの歌、「遠くに見える湖の光、それはとても小さな輝きだけれど、この私の心を照らしてくれる」) 9.4


・ やうやうに残る暑さも萩の露
 (高濱虚子1919、「残暑もだんだん減って、まだかろうじて残っているけれど、萩の花には露がたくさん付いている、もう秋が来たんだなぁ」) 9.5


・ いちじくに唇(くち)似て逃げる新妻よ
 (大屋達治、「新婚の妻のくちびるは、いちじくの実のように新鮮で美しい、思わずキスしようとしたら、恥ずかしいのだろうか、身をかわして逃げられてしまった」、めずらしい相聞の俳句) 9.6


・ いっさんにころげおちたし秋の恋
 (小沢信男、「恋人と散歩していて、坂道の上にさしかかった、この坂を、一緒に抱き合ってころげ落ちたいなぁ」、俳諧味にあふれる相聞俳句というべきか) 9.7


・ こほろぎの待ち喜ぶる秋の夜を寝(ぬ)る験(しるし)なし枕と我は
 (よみ人しらず『万葉集』巻10、「こおろぎが嬉しそうに鳴いている、待ったかいがあって、やっと彼氏が来たのね、それにひきかえ、なぜ貴方は来てくれないの、貴方がいなくちゃ、この枕も私も寂しくて眠れないわ」) 9.8


宇治川の瀬瀬(せせ)のしき波しくしくに妹(いも)は心に乗りにけるかも
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「宇治川の瀬に立つ波が、絶えることなくひっきりなしに寄せているように、君の面影は、ひっきりなしに現れて、僕の心の船に乗り込んでくるんだよ」) 9.9


・ 野分してまっすぐの川まっすぐに
 (清水哲男『打つや太鼓』2003、台風によって河川はまったく姿を変える、水流の少ない時は干上るように蛇行していた河も、台風が来れば、数十倍に増えた水は、流速も増して、川幅一杯に怒濤のように「まっすぐに」進む、私の勤務先近くの神流川も烏川も濁流が川幅一杯でした) 9.10


・ 蔓(つる)踏んで一山(いちざん)の露動きけり
 (原石鼎1886〜1951、「山道を歩いていたら、あっ、何かの蔓に足を引っ掛けた瞬間、蔓に繋がっていた茂み全体がバサーッと揺れて、露が散った、いや驚いたな、山が動いたかと思ったよ」) 9.11


・ 普段着で猫行く町の秋祭り
 (小西雅子『雀食堂』2009、「秋祭りなので町の人たちは大人も子供もどことなくウキウキしている、でも、あの猫だけは違うな、祭りなんかまったく無視して、いつものように、もっそり歩いていったよ」) 9.12


・ コンタクト?裸眼?待ってて当てるからあとすこし君のまっくろな
  (シラソ・女・26才、『ダヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、「近づきたい」と作者コメント、まだ片想いの彼氏なのか、何とか彼の体に近づきたいとチャンスを狙っていた作者、いい口実を見つけたね) 9.13


・ このオレの入浴シーンを謎として見る猫アリス牝7ヶ月
 (くどうよしお・男・32才、『ダヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、そんなことがあるのだろうか、裸になった作者を不思議そうに見つめる愛猫アリス、可愛がっているんだね、アリスを彼女のように)  9.14


・ 三千字超える七十年談話「私は」の主語なき不気味さよ
 (鬼形輝雄「朝日歌壇」2015.9.13、高野公彦選、安倍首相の談話は、「侵略」「お詫び」などの言葉を他人事のように引用するだけで、日本国の首相としての主体的発話になっていない、誤魔化しとレトリックに満ちた談話) 9.15


・ 丁寧に説明すると言ひながらいいぢやないそれくらゐとやじる
 (内野修「朝日歌壇」2015.9.13、高野公彦/永田和宏選、饒舌にしゃべるけれど内容は空疎、答弁は支離滅裂な安倍首相、質問する野党の女性議員には下品なヤジをとばす、こんな人物がなぜ首相になった) 9.16


・ インタビューされそうになりシールズの渦に逃げ戻る吾子のデモデビュー
 (関沢由紀子「朝日歌壇」2015.9.13、佐佐木幸綱選、反安保法案のデモに多数の無党派の大学生が参加していることは、大きな救いだ、それがあるから野党も国会で頑張っている、簡単に法案は通過させないが、たとえ法案が通っても、実際の戦争参加に反対する闘いはいくらでも可能、まだまだこれからだ、元気を出そう!) 9.17


・ 百八を医者おつことしぶつこわし
 (『誹風柳多留』、「百八」とは数珠のこと、吉原には僧侶もよく来るが、さすがに僧侶としては来にくいので、医者ということにする場合が多い、でもこの「医者」さん、袂から数珠を落としてしまった、あーぁ、せっかくの変装も台無しね) 9.18


・ 征かせしは母の罪よと責めし児も母となりいて何思いいる
 (近藤ささへ「朝日歌壇」1972年、近藤芳美選、この安保法案成立で、「戦争をしない国」が完全に不可能になったわけではありません、まだまだ闘いは可能です、私も64歳ですが努力したいと思います) 9.19


・ 戦いに果てたる君に幻の銀河をとおく一夜遭いにゆく
 (満田道子「朝日歌壇」1971年、近藤芳美選、日本という国の最高の美徳は「戦争をしない国」であることです、安保法案の成立を許したことは残念ですが、憲法第9条がまだ抑止の力を失ったわけではありません、今後は違憲立法訴訟もありうるし、第9条を変えさせない戦いは可能です) 9.20


・ もう逢わぬ距(へだた)りは花野にも似て
(澁谷道『縷紅集』1983、「花野」は秋の季語で、広い野原にあちこち草花が咲いていること、作者は女性、失恋なのかどうかは分からないが、相手と「心が離れてしまった」のだろう、それを「花野」に重ねた美しい句) 9.21


・ 十棹(とさを)とはあらぬ渡しや水の秋
 (松本たかし1906〜1956、これは20歳のときの作、「渡し舟に乗ったらあっという間に対岸に着いてしまった、もっと乗っていたかった、こんなに美しい川だもの」、「水の秋」という表現が素晴らしい) 9.22


・ ふいに来た彫像のように妹のからだの線は強くととのう
 (安藤美保『水の粒子』1992、歌集の冒頭近くなので、十代の作か、作者の4歳下の妹は中学生だろうか、少し遅れて妹が浴場に入ってきたのか、やや硬質で美しい妹の身体、妹の成長を鋭く捉えている姉の視線) 9.23


・ たわみつつきみを受けている瞬間の私はきみのそばにはいない
 (笹岡理絵『イミテイト』2002、作者1978〜は大学生か、性愛の歌だが、字義通りの内容が前半と後半で矛盾しているところが歌の核、エクスタシーなのか、それとも、心は「きみ」以外の何かを思っているのか) 9.24


・ 一先(ひとまづ)夢の覚める三十
 (『武玉川』、江戸時代の川柳は面白い、「遊郭で俺はもっとモテるはずだと思ってきたけど、でも、まぁ、あんまりモテないんだよな、30歳になったから、いやでも分かるよ」、30歳という年齢、現代の合コンや婚活ではもっと遅いか) 9.25


貸本屋何を見せたかどうづかれ
 (『誹風柳多留』、「どうづく」=激しく突っぱねる、貸本屋のオヤジが面白がって、若い女性客に「これはどう?」と春本を差し出したのだろう、女性は嫌がって激しく拒絶する、江戸時代の川柳にはセクハラの句がたくさんある) 9.26


・ 門(かど)の月暑(あつさ)がへれば友もへる
 (小林一茶1821、「暑い夜には夕涼みを兼ねて家の前に出ることが多い、近所の人と「いい月ですね」とか挨拶する、でも涼しくなると、皆あまり外に出てこなくなった、せっかくのいい月なのにね」、人が恋しい一茶らしい句、今日は中秋の名月) 9.27


・ 四五人に月落ちかゝるをどり哉
 (蕪村、祭りの夜だろうか、夜が更けてもまだ家に帰らずに何人も踊り続けている、まるで月が彼らの上に「落ちかかる」ように傾いて、もう深夜になった、今日は満月、昨日の「中秋の名月」は旧暦の8月15日で、必ずしも満月ではない) 9.28


・ 月下汗だくずつとおほきく手を振り合ふ
 (佐藤文香『君に目があり見開かれ』2014、月夜に彼氏とデートして別れるときか、互いに反対方向に歩き去りながら見えなくなるまで目を離さない、汗をかきながらいつまでも「大きく手を振り合って」、ラブラブの相聞俳句) 9.29


・ 運動会今金色の刻に入る
(堀内薫1903〜1996、9月10月は小学校の運動会の季節、午後を大きく回って夕方が近づく頃だろうか、日差しの輝きを受けて運動会全体が「金色の刻」になる、競技もその頃が一番盛り上がって、運動場に歓声が溢れる)  9.30