[今月の歌5]
(挿絵は、伊勢。三十六歌仙の一人で美女として名高い。勅撰集に採られた数多の歌には、今回挙げたような、初々しい官能の歌もある)
・ 彼一語我一語秋深みかも
(虚子1950、「かも」は断定でない詠嘆、虚子の句は簡潔にして余韻が深い) 10.6
・ 手向(たむ)くるやむしりたがりし赤い花
(一茶、「さあ、これを手向けてあげるよ、お前があんなにむしりたがった赤い花だよ」、最愛の小さな娘を亡くした一茶、江戸時代は花を採るのはよくないとされていたので、生前の娘には禁じていた) 10.7
・ つきぬけて天上の紺(こん)曼珠沙華(まんじゅしゃげ)
(山口誓子、「つきぬけて」という語によって、針のように「すっくと」立つ曼珠沙華の直線性と重なる) 10.8
・ 跡もなき庭の浅茅(あさぢ)に結ぼほれ露の底なる松虫の声
(式子内親王『新古今』巻5、「誰も来ないので荒れてしまった庭の浅茅には、露が氷のように固く結んで、そのずっと下の方で松虫が侘しく鳴いています、あなたを待つ私のように」、松虫=待つ虫) 10.9
・ 世の中は鏡に映る影にあれやあるにもあらずなきにもあらず
(源実朝『金塊和歌集』、「この世界は、鏡に映る像なのだろうか、存在しているのでもなく、存在していないのでもない」、こういう思索的な歌が実朝には幾つもある) 10.10
・ 吹く風の相手や空に月一つ
(野沢凡兆、蕉門の俳人、「やあ月くん、君はたった一人で風の相手になって、遊んでやっているんだね」) 10.11
・ 天心に合ふ二ながれ鰯雲
(皆吉爽雨1966、真上にある鰯雲、「天心」という語の快さ) 10.12
・ 黒潮のうねりて秋刀魚競(せ)る町に
(阿波野青畝、「黒潮のうねる港町、秋刀魚が水揚げされている」、「うねる」「競る」が卓抜、魚も人も躍動) 10.13
・ コスモスの花見えて駅現われし
(右城暮石1899〜1995、コスモスが似合う小さな駅舎) 10.14
・ (忍びたる人と二人ふして) 夢とても人に語るな知るといへば手枕ならぬ枕だにせず
(伊勢『新古今』恋三、「あなた、夢の中でも私たちのこのことは言っちゃだめ、枕は秘密を知っちゃうっていうから、もちろん枕なしね、手枕だけよ」、詞書付き) 10.15
・ 我が思ひを人に知るれか玉櫛笥(たまくしげ)開きあけつと夢にし見ゆる
(笠女郎 『万葉集』巻4 「大切な玉櫛笥の蓋を開けた夢を見ちゃった、まさか、秘めていたあなたへの思いが知られちゃったのかな」) 10.16
・ 夢のなかといへども髪をふりみだし人を追いゐきながく忘れず
(大西民子『不文の掟』1960、作者は孤独や葛藤を思索的に詠う人だが、これは激しい歌) 10.17
・ 眉根よせて眠れる妻を見おろせり夢にてはせめて楽しくあれよ
(上田三四二『雉』1967、三四二その人を髣髴とさせる歌) 10.18
・ 黒きまで紫深き葡萄かな
(正岡子規、葡萄の美しい色、美味しそう) 10.19
・ 里古(ふ)りて柿ノ木持たぬ家もなし
(芭蕉、「古びた農村だが、どこの家にも柿がたくさんなっているよ、いい村だなぁ」)10.20