[今日のうた6]
(写真は橋本多佳子1899〜1963、山口誓子門下の俳人、師と同様、感覚的にシャープな句を詠む、今回挙げた「林檎」は何とも美しい句、多佳子その人も大変美しい人であったと言われる)
・ 幾万といふ蔦の葉がひとときに風にし動く楽しともなく
(佐藤佐太郎『歩道』1940、若き日の佐太郎の名を知らしめた名歌) 10.21
・ この椅子をわたしが立つとそのあとへゆっくり空がかぶさってくる
(沖ななも『衣装哲学』1982、作者は現代詩から出発した歌人) 10.22
・ われ男(を)の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子ああもだえの子
(与謝野鉄幹『紫』1901、鉄幹は与謝野晶子の夫、ジュニア短歌みたいに弾けるような元気印が、彼の持ち味) 10.23
・ 鶏頭に鶏頭ごつと触れゐたる
(川崎展宏1982、いかにも鶏頭の花の感じ、作者は花の名句が多い) 10.24
・ 燃えてゐる火のところより芒(すすき)折れ
(高野素十1952、作者は「ホトトギス」4Sの一人、焚火だろうか、客観写生に徹した名句) 10.25
・ 星空へ店より林檎あふれをり
(橋本多佳子1951、夜の果物屋の店先、昔の小売店は道に箱をせり出して並べていた、とても美しい句) 10.26
・ 東京の虚(うろ)をかかへて笑へるかわらへるか否 いンやわろたる
(池田はるみ『妣が国・大阪』1997、東京人への違和感を大阪弁を使って詠む作者は、大阪育ちの東京在住) 10.27
・ いとけなきものの磁石を持つときに北にこころをしづかならしむ
(河野愛子『魚文光』1972、幼児には磁石は不思議なもの、針がゆらゆらと揺れながら北に落ち着くのをじっと見詰める) 10.28
・ たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき
(近藤芳美『早春歌』1948、作者の若き日の相聞歌、詠われている女性は後の夫人) 10.29
・ しづかなる力満ちゆき螇蚸(はたはた)とぶ
(加藤楸邨1955、バッタが飛ぶ瞬間を捉えた) 10.30
・ 恋風(こひかぜ)はどこを吹いたぞ鹿の角
(蕪村、「やぁ鹿くん、君は草食系男子? 立派な角が泣いてるじゃん、シーズンなのにどうして萌えない?」) 10.31
・ 酒止(や)めようかどの本能と遊ぼうか
(金子兜太1986、酒をやめることも、別の本能と遊ぶ自在な境地の一つ) 11.1
・ 女(め)の舟と男(お)の舟の綱ほどけゆくのでなくわれが断ちきりてやる
(松平盟子『プラチナ・ブルース』1990、一刀両断に愛を終わらせる) 11.2
・ いかなる思慕も愛と呼びたることなくてわれの日記は克明なりき
(米川千嘉子『夏空の櫂』1988 恋が、あるいは見詰める自分が、どこか思索的) 11.3
・ われよりもしずかに眠るその胸にテニスボールをころがしてみる
(梅内美華子『横断歩道(ゼブラゾーン)』1994、作者は1070年生れ、俵万智よりやや内省的な感覚の相聞歌を詠む) 11.4
・ 菊の香や奈良には古き仏たち
(芭蕉、格調と調和の句、「香」としか言っていないのに、菊の花が一緒に見える) 11.5
・ 有る程の菊抛(な)げ入れよ棺の中
(漱石1910、彼が密かに恋していたと言われる教え子、大塚楠緒子の早世を悼んで) 11.6
・ 霜月や京の小蕪の美しさ
(角川春樹1989、人生に起伏の多い作者、くっきりとクリアーな句が多い) 11.7
・ 撃鉄(ひきがね)ひくかたちのゆびも吊革にならび市電のさむき混沌
(塚本邦雄『日本人霊歌』1958、市電の吊革をピストルの引金を引くように握る指が並ぶ、寒々とした都市光景、作者は前衛短歌の第一人者、批評性・思想性のある歌を詠む) 11.8
・ 原子炉の火ともしごろを魔女ひとり膝に抑へてたのしむわれは
(岡井隆『鵞卵亭』1975、危険な魔女をレイプするという巧みな比喩で原発を批判、作者は前衛短歌で名高い人、現在は歌会始選者もつとめる) 11.9