今日のうた77(9月)

charis2017-09-30

[今日のうた] 9月ぶん


(写真は川端茅舎1897〜1941、はじめ画家を志したが、病のため断念、俳句を虚子に師事した、鋭く繊細な感覚の句を詠む人)


・ うつくしき巴里(パリイ)女の手判断(てはんだん)つつむ戀にも言ひ及ぶかな
 (九鬼周造「巴里心景」1925、パリで美しい女占い師に手相判断をしてもらった九鬼、隠していた恋についても言い当てられてしまった) 9.1


・ 月草の花にはなれてうてなかな
 (高濱虚子、「月草」はツユクサのこと、青い可憐な花がさくが、小さな白い「うてな」(=萼がく:花のもっとも外側に生じる器官)も付いている、作者には、青い花びらから白いちいさな「うてな」が少し離れているように見えたのだろう) 9.4


・ 赤のまゝそと林間の日を集め
 (川端茅舎、「赤のまま」は、赤まんま、あるいはイヌタデのこと、「そと」は、そっと、ひっそりと、イヌタデはとても小さな粒粒の地味なピンクの花が咲く、本当に地味な花、でも、だからこそ「林間の日を集め」ている姿は美しい) 9.5


・ 十歩入り憩ひし山の鳥かぶと
 (高野素十、作者が山道からほんの十歩ほど奥に入って休んだら、そこにトリカブトが咲いていた、トリカブトは秋の山野に花が見られ、花は小さな烏帽子のような形で、青紫色が美しい、根に猛毒があるが薬草にもなる) 9.6


・ 去年(こぞ)見てし秋の月夜は照らせども相(あひ)見し妹はいや年離(さか)る
 (柿本人麻呂万葉集』巻2、「去年見た秋の月は今年も同じように明るい、でも、一緒にこの月を見た妻よ、貴女はもういない、時間とともに私からどんどん遠くなってゆくのですね」、妻の死を悼む歌) 9.7


・ 世の中はかくこそありけれ吹く風の目に見ぬ人も恋ひしかりけり
 (紀貫之古今集』巻11、「男女の仲っていうのは、こういうものだったのですね、やっと分かりました、吹く風が見えないように、まだ会ったことのない貴女にこんなに恋い焦がれるなんて」、前回、歌を贈った相手の女性から、まだ色よい返事がないのだろう) 9.8


・ あぢきなくつらきあらしの声も憂(う)しなど夕暮に待ちならひけん
 (藤原定家『新古今』巻13、「砂を嚙むような、冷たい貴方を思わせる激しい風の音を聞くのは辛いわ、なぜ夕方になれば貴方がいらっしゃると思い込むようになってしまったのかしら、私は」、25歳の定家が女性の立場で詠んだ歌) 9.9


・ 秋涼し手毎(てごと)にむけや瓜茄子(うりなすび)
 (芭蕉1689『奥の細道』、「採れたばかりの瓜や茄子がみずみずしくて、おいしそう、さあみんな、それぞれ自分で皮をむいて、早くごちそうになろうよ」、草庵に招かれたときの句、親しみのこもる「手毎にむけや」がいい) 9.10


・ 飛入(とびいり)の力者(りきしや)あやしき角力(すまひ)かな
 (蕪村1770、村の相撲大会だろう、誰も知らない飛び入りの人物がどんどん勝っていく、「ありゃりゃりゃ、いったい誰なのよ、あれ」と、見物人たちがざわつく、「あやしき」がとても上手い) 9.11


・ よい秋や犬ころ草もころころと
 (一茶、「犬ころ草」は、えのこ草、ねこじゃらし、とも呼ばれる、こういう雑草に親近感をもつのが一茶らしいところ、むくむくした穂を「ころころと」と形容したのがいい) 9.12


・ コンビニで待ち合わせする事になった時何となく君は外で待ちそう
 (金井塚芽玖・女・24歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、「知り合いが炎天下なのにコンビニの外で待っていて、予想がはずれたことがある」と作者コメント、作者のやさしい彼氏は必ずや外で待っているだろう) 9.13


・ カーナビが「目的地です」というたびに僕らは笑った涙が出るほど
 (晴家渡・男・26歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、彼女と車でデートしたとき、古いカーナビが何度も間違って「目的地です」と言った? いやいや、目的地は二人だけが知る秘密の場所だからでしょう) 9.14


・ 制服の不思議な力に妹は気付かないままスカートを折る
 (上町葉日・女・20歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、女子高校生の制服には「不思議な力」がある、でも作者の妹は草食系女子なのだろう、その「不思議な力」に気付かないからそれを使おうともしない、すこし歯がゆい姉) 9.15


曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
 (金子兜太、1942年作、自註によれば、「これは郷里秩父の子どもたちに対する親しみから思わず、それこそ湧くように出来た句。これも休暇をとって秩父に帰ったとき、腹を丸出しにした子どもたちが曼珠沙華のいっぱいに咲く畑径を走ってゆくのに出会った」) 9.16


・ みな大き袋を負へり雁渡る
 (西東山鬼1946、敗戦から1年後だが、食糧難が続き、買い出しの人たちは「みな」大きな袋を背負っている、それが空を渡る雁と対照されて印象深い、まだまだつらい生活が続く秋) 9.17


・ 永遠が飛んで居るらし赤とんぼ
 (永田耕衣1975『殺佛』、いつまでも空中の同じ場所に居続けて、ほとんど動かない赤とんぼ、「永遠」と言ったのが耕衣らしい、飛ぶべきとんぼが同じ場所にいると、たかが十数秒程度でも「永遠」のよう感じる) 9.20


・ 五線紙にのりさうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声
 (小野茂樹『羊雲離散』、作者は15才の頃、同級の青山雅子(のちの妻)を好きになった、この歌は高校時代の1952年頃だろうか、当時の電話は時に声が遠くなったりするが、彼女の声は「五線紙に乗りそう」な弾みがある) 9.21


・ きりきりと吾の心を揉みながら竹トンボさあ水平に飛べ
 (吉沢あけみ『うさぎにしかなれない』1974、作者の大学生の頃の歌だろう、この前後の歌は、彼氏との恋が深まりながらも、喜びというよりは不安と緊張が増している) 9.22


・ とどろとどろと鳴る胸を持ち神田川ネオンサインの窪みを渡る
 (安藤美保『水の粒子』、作者はお茶大の修士二年で夭折、ドキドキしながら渡る神田川の橋のところでネオン街が切れているのだろう、「窪み」という表現が微妙、作者の恋の歌は、喜びというよりは不安と緊張が強い) 9.23


・ 夜を水のように君とは遊ぶ仲
 (佐藤文香『君に目があり見開かれ』2014、作者は1985年生まれの若い人、「遊ぶ仲」だから恋人でもないのだろうか、「水のように」が面白い、二人で闇夜を泳ぐように歩いているのか、それとも、夜になると水を得た魚のように生き生きするのか) 9.24


・ 雲に明けて月夜あとなし秋の風
 (渡辺水巴1882〜1946、「夜明けの東の空が明るんでくると、雲が一杯に拡がって秋風に流されている、昨晩はあんなに晴れ渡った空に月が美しかったのに、もうあとかたもない」、秋の天候は変りやすい、「雲に明けて」が見事な表現) 9.25


・ 夜霧とも木犀の香の行方とも
 (中村汀女、モクセイの開花は、視覚で気づくよりも先に、どこからともなく香りが流れてくるのでそれと分かる、夜霧のようにすっとやってきては、すっと消えていく、我が家の木犀はまだだが、近所で咲き出した) 9.26


・ あきかぜのふきぬけゆくや人の中
 (久保田万太郎、「都会の人混みの中を、秋風が吹き抜けていった」、普通ならばあまり「秋風」を感じることがない都会の雑踏、だがそこにも、確かに秋風が吹き抜けていった) 9.27


・ 上向くはうつむくよりも美しく秋陽の中に葡萄もぐ人
 (小島ゆかり『月光公園』1992、夫だろうか友人だろうか、それとも見知らぬ人か、いずれにせよ大人だ、葡萄園に行ったときの歌、作者1956〜の詠む歌はこのように、やさしく、あたたかく、美しい) 9.28


・ 陽の重さ瞳の重さはかりをりひそかにひとを想ふということ
 (今野寿美『花絆』1981、初めて彼を好きになったとき、まだ片想いなのだろう、この歌は『花絆』冒頭二つ目の歌、『花絆』は昭和に刊行された相聞歌集の中でも、際立って美しい、かすかにつぶやく声に籠る深い想い) 9.29


・ 大熊座沈めば君が言はざりし言葉にむきてふかく眠らむ
 (米川千嘉子『夏空の櫂』1988、言ってほしかった言葉を彼氏が言わなかったのだろう、そのことを夜に床に就いてからいろいろ考えている作者、舞い上がるところのないこういう思索的な恋の歌が作者の持ち味) 9.30