[今日のうた7]
(写真は吉野秀雄1902〜67、群馬県高崎市の呉服商、吉野藤の創業者の孫。病身であったが、情の深い歌を詠んだ。今回挙げた妻の最期を詠んだ歌は代表作。)
・ まつすぐな道でさみしい
(種田山頭火1933、五・七・五に囚われない自由律俳句を作った漂泊の俳人、人の道は紆余曲折で折れ曲がっていてこそ「道」だ、もし「まつすぐ」だったら、そんな道は「さみしい」) 11.10
・ 秋の夜火だねのやうな女の目
(長谷川双魚1897〜1987、飯田蛇笏に師事、あるある「火だねのやうな女の目」) 11.11
・ 鳥わたるこきこきこきと罐切れば
(秋元不死男1945、「敗戦直後の秋、罐詰めをコキコキ開けていると、広い空に鳥が渡っていく」) 11.12
・ 我はもや安見児(やすみこ)得たり皆ひとの得がてにすとふ安見児得たり
(藤原鎌足『万葉集』巻二、「どうだい、誰もが憧れては諦めたという美女の安見児を、僕はとうとう手に入れたぞ!」、恋自慢の歌は珍しい、禁を破り臣下の采女を手に入れたのも大化改新第一の功臣だからか)11.13
・ 思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを
(小野小町『古今集』巻12、「いちずにあなたを恋い慕って寝たので、夢に現われたんでしょ、それが夢だと分かっていれば、もっと一緒にいられるように、目覚めなかったのに」) 11.14
・ 魂を拭えるごとく湯上りの湯気をまとえる乳をぬぐえり
(阿木津英『紫木蓮まで・風舌』1980、「魂」のような乳房、作者は、女性性を先鋭な感覚で詠う女性歌人) 11.15
・ をりとりてはらりとおもきすゝきかな
(飯田蛇笏、「すすきを折り取ってみた、見かけは軽そうだが意外と重いよ」、「はらりと」が句の要、普通は散る花など軽いものに使う語だから) 11.16
・ ぽんぽんだりあ/ぱんぱんがある/るんば・たんば
(高柳重信1950、戦後の光景、作者は前衛俳句の第一人者、「ぽんぽんだりあ」はダリアの一品種、「ぱんぱん」は米兵相手の娼婦、「がある」はgirl、「るんば」は舞曲、「たんば」はたぶんタンバリンか) 11.17
・ 征アラブ大将軍はいぼむしり
(夏石番矢1990、作者は前衛俳句の人、イラクのクエート侵攻、征夷大将軍ならぬ「征アラブ大将軍」はサダム・フセイン、「いぼ」はクエート) 11.18
・ 白菜が赤帯しめて店先にうっふんうっふん肩を並べる
(俵万智『サラダ記念日』1987、発刊時に読んだ時、私はこの歌が特に好きだった。自由で、生き生きとして、楽しい新感覚の歌。彼女は、啄木のように、日本短歌史に新生面を開いた。) 11.19
・ 山がひの空つたふ日よあるときは杉の根方まで光さしきぬ
(斉藤茂吉『ともしび』1925〜28、「奥深い山峡の底、陽光が、鬱蒼とした杉の森林の根元まで差し込む瞬間がある」、佐太郎や三四二もそうだが、茂吉のような大歌人は「光」を卓抜に歌う) 11.20
・ 街灯のひとつがながきはぢらひのまたたきをしてのち点(とも)りいづ
(上田三四二『照径』1985、蛍光灯が何度もまたたいてからやっと灯る、誰もが見たことのある光景、それをこのように表現できる短歌は素晴しい小詩形) 11.21
・ かの窓のかの夜長星ひかりいづ
(芝不器男1929、「夜長星」=秋の夜に見える星、26歳で早世した作者、死の前年、病室の同じ窓から同じ星が見える) 11.22
・ 遠山に日の当りたる枯野かな
(高浜虚子1937、何気ない光景をさりげなく、深く捉える、虚子らしい句) 11.23
・ よろこべばしきりに落つる木(こ)の実かな
(富安風生1933、虚子門下の俳人、木の実がしきりに落ちるのはまるで樹が「よろこんで」いるようだ、作者の代表句) 11.24
・ しづかなる象(かたち)とおもふ限りなき実のかくれゐる椎も公孫樹(いちやう)も
(佐藤佐太郎『地表』1956、無数のどんぐりや銀杏が「かくれゐる」椎や公孫樹を「しづかなる象(かたち)」と捉えた) 11.25
・ 明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし
(道浦母都子『無援の叙情』1980、60年代大学闘争、バリケード封鎖した建物の屋上に立つ作者、彼女の代表作) 11.26
・ これやこの一期のいのち炎立(ほむらだ)ちせよと迫りし吾妹(わぎも)よ吾妹
(吉野秀雄『寒蝉集』1947、ガンで死期迫る妻が病院のベッドで「お願い、私を抱いて」と懇願し、それに応えようとした作者、死を目前の「炎立ちせよ」が万感胸に迫る) 11.27
・ 菊うりや菊に詩人の質(かたぎ)を売る
(榎本其角、蕉門の俳人、「あの菊売りは、生活のために売っているわけだが、菊に超俗を託す詩人でもある」、「詩人」という語は江戸時代からあったのだ。漢詩を詠む李白のような「超俗の人」の意か。) 11.28
・ 時雨るるや隣の屋根のたのもしき
(永田耕衣1934、「寒々と時雨が降るなぁ、何だかいつもより隣家が大きく見えるよ」) 11.29
・ 世の中になほもふるかなしぐれつつ雲間の月のいでやと思へば
(和泉式部『新古今』第六冬、「生きにくい世の中はまだ冷たい時雨が降っている、時雨の雲間に出る月がぐずっているように、出家しようしようと思いながらぐずぐず年取ってゆくのね、この私も」、「ふる=降る=経る」) 11.30